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第119話 「忠義ゆえの決断。四凶、苦渋の反逆」(ストーリー)



 電撃魔法により疲弊したジョンブルジョンを抱えたまま歩くこと約五分、アールケーワイルドはジョンブルジョンの部屋へと到着した。

 戸を開け中へ入ると、無造作にベッドの上に部屋の主人を投げ込み、向かいの椅子に腰を下ろす。

「きついのをもらっちまったな。ま、四凶のなかでも、わしの次に丈夫なお前さんなら、屁でもあるまい。だっはっは」

 豪快に笑い飛ばすアールケーワイルド。

 ジョンブルジョンは身を起こすと、ベッドに腰掛ける。

 その顔には苦痛の色が見えた。しかしそれは、身体的なものではなく精神的なものだった。敬愛する王からの仕打ちは忠臣の心に深い傷を刻んでいた。


「・・・・・・」

「・・・・・・」

 沈黙が続いた。共に意見は同じだが、表す言葉を探しているのだ。

「正気じゃあないな」

 態度の豪快さと同様に、アールケーワイルドは単刀直入だった。ジョンブルジョンは思わずむせる。

「意識が虚ろなら、言葉もまともに扱えんときている。ありゃあ、本当にわしらの知る陛下か?」

「お、俺に聞くな。陛下は、異界人に深入りされるようなってからは、異変の一途をたどっておられる。今日の様子もその一つだろう」


 国王テンペリオスは、かつては『人徳の王』と呼ばれるほど慈悲の心に満ちた人物だった。だが、異界人の存在を知り、その力に溺れるほどに、その心は荒み、部下への慈しみも薄らいでゆき、遂には先刻の仕打ちへと至った。

「陛下の深い考えあってのことだろう。我らにそこに踏み込む権利は無い」

 諦めたように呟くが、ジョンブルジョンの顔は荒む主を止められぬ己への憤りが隠せない。眉間の皺はより一層深さを増す。

「主が乱れるなら、それを歯止め、諌めるの忠臣の役目だぞ。このまま黙って見ているというのなら、わしらも陛下を蝕む毒と変わらん」

 苦言にジョンブルジョンは奥歯を食いしばり顎を力ませる。胸中では主張を違える二種類の忠義が争いを繰り広げているのだ。


「き、貴様は何か考えがあるというのか?」

 重々しく、ジョンブルジョンは口を開いて尋ねた。

「部下の言葉は軽んじられ、陛下の耳には届かんだろう。となれば、肉親を頼るしかないな」

「肉親?まさか、姫と内通するつもりか?バカな、この敵対している現状で・・・」

 アールケーワイルドの提案に、ジョンブルジョンは思わず声量が一段階はね上がった。それだけ、その案は思いがけないものだった。

 その驚嘆の声を遮り、戸が数度、軽く叩かれた。

 言葉は止まり、二人が同時に音の方を向く。そこには艶やかな雰囲気を纏った和服の麗人が戸に体をもたれていた。

「あんたら、戸ぉも閉めんと、物騒なこと言ぅてんやないよ。誰が聞ぃてるかもわからんのやで」

「す、すまん、シズクヴィオレッタ。あまりのことに抑えが利かなかったようだ」

 奇妙な訛りでずけずけとした物言いの麗人の名は、シズクヴィオレッタ。二人と同じ四凶の一人だ。清廉な和装、落ち着いた雰囲気、上品な物腰と、どこをとっても気品と風格を身につけているのだが、それに匹敵する妖艶さを醸し出している。それらが相成って、シズクヴィオレッタは不思議な存在感を放つ。


 音も無く戸を閉め、静かな歩みでシズクヴィオレッタは二人の間に立った。椅子が無いため、胸の前で手を組み二人を見下ろす。

「ほんで、あんたら何の話してんの?まさか、陛下を裏切るつもりやぁないやろね?自分らどんだけ陛下に世話んなったか、忘れたわけやないやろ?」

「そんなもん、言われんでもわかっとる。だが、シズクヴィオレッタよ、お前さんまで今の陛下を見て見ぬふりはできんだろ?いまこそ、わしらの忠義を示すときだとは思わんか?」

 アールケーワイルドが発した『忠義』の二文字はシズクヴィオレッタの心を揺るがす。国王テンペリオスの異変は不安の影を落としている。それはシズクヴィオレッタも同様なのだ。

「そやな・・・ウチらは佞臣とちゃう。幹部のジジイ共とおんなじことやっとっても国ぃ腐らすだけや。まぁ、そやからあんたの誘いに乗って来たったんやけどな。そんで、うちらはなにをしたらええの?」

 心中を見透かされたといわんばかりの、諦めにも似た顔でシズクヴィオレッタはため息とともに同意した。

「感謝しているぞ。いまこそわしらが陛下に受けた恩を返すときだ。だが覚悟しておけシズクヴィオレッタ。敵は強いぞ」

「そうや、それも聞きにきたんやった。敵さん、忍者なんやってね」

「ああ、それについては、コテンパンにやられたこいつが説明してくれる」

 そういうと、アールケーワイルドは親指でジョンブルジョンを指した。

「貴様、コテンパンは余計だ」

 苦々しい顔のまま、ジョンブルジョンはワイトシェルで対峙したサイガとの戦いの記憶を語りだした。


 ◆


 王国首都フォレスにおいてサイガの抹殺計画と反逆が画策されたときより数時間後、中央都市グランドルに凶報がもたらされた。内容は勿論、王より発せられた「異界人サイガを抹殺せよ」という指令の知らせだった。

 対立する王と姫の二派は、互いに諜報員を各機関に潜入させている。今回の凶報は、冒険者ギルドに潜入している諜報員から速報として届けられたものだった。

「姫、大変です。王命によりサイガ殿に懸賞金が出されました。既に各冒険者ギルドには手配書が発布されているようです」

 ルゼリオ王国王妃シフォンのもとに、諜報員より知らせを受けた六姫聖の一人、チェイス・ハーディンが歩み寄り手配書を差し出す。

 手配書を受け取ると、シフォンは目を通しその額に驚愕した。


「な・・・懸賞金が十億?これを、父上が?」

「はい、これほどの額、先日のワイトシェルでの戦いを受けてのものだとすれば、決定の速度から陛下級の権限が無ければ不可能です。王命と考えて間違いないでしょう」

「チェイス。この懸賞金の額、これを見てあなたはどうなると予測する?」

 チェイスはシフォンの参謀として、常に側に仕えている。膨大な記憶力と正確な演算、処理能力。敵を出し抜く神算鬼謀。六姫聖一の頭脳を誇るのがチェイスなのだ。

 赤いふちの眼鏡を「くいっ」と上げながら、チェイスは考えられる展開を述べる。


「この額からして、王は後先を考えない冒険者達を使った、人海戦術を用いるつもりでしょう。メイの報告によれば、四凶での捕獲作戦に失敗しております。ですので「降らないというのであれば処する」という結論に至ったと考えられます」

「四凶は父上の有する最高戦力。その結論も頷けるわね」

「はい。冒険者には、その四凶を上回ると噂される戦闘力の者も何人かは確認されております。その者達は実力は特級冒険者に匹敵しますが、素行や貢献の度合いが規定の値に達していないため、中級程度にとどまっています。そんな連中を引き寄せるための餌がこの額。羽虫における月の光といったところでしょう」

 昆虫は夜間に月の光を頼りに飛行する。人を虫に例えるあたり、チェイスは言葉に遠慮が無い。


 『中級止まりが十年続く冒険者は知能の高い魔物と思え』と冒険者達の中ではささやかれている。長い間、上級以上になれない冒険者は何かしらの問題を抱えているため注意する必要があることを伝える言葉だ。

「そのような、素行に問題はあるが実力はある連中が、懸賞金につられて大挙して押し寄せてくれば、四凶を退けたサイガ殿といえど、さすがに不覚をとる恐れもございます。考えられる最悪の流れです」

 述べられるシナリオをシフォンは無言で受け取る。

「さらに、手段を選ばないような連中が出てくれば、民への被害もかまわず市中で暴れる恐れもあります。最悪、巻き添えや人質として利用される恐れも・・・」

 まだ想像の範囲だが、人の悪意に歯止めは聞かない。問題を抱える中級冒険者の存在は悪い想像を掻き立てる。


「これは、悠長に座して待っている場合ではないわ。私が自らサイガ殿を迎えに行きましょう!」

 事態を重くとらえ、シフォンはたまらず立ち上がった。あわてて、チェイスが肩を押さえ玉座に封じる。

「な、なりません、姫。姫ともあろう方がおいそれと城を出るなどと・・・」

「何を言うの、さすがに冒険者達でも、私の前で矢鱈と戦闘行為には至らないでしょう。それが一番の抑止力よ!」

「だからといって、王族が異界人を迎えに城を空けるなど前代未聞です。六姫聖として絶対に阻止させていただきます!」

 しばらく続いた悶着の後、シフォンを落ち着かせ、チェイスは話を続ける。

「はぁはぁ、ご、ご安心ください、姫。民を巻き込まぬよう、秘密裏に冒険者達を撃退するのに適したのがいるではありませんか」

「はぁはぁ・・・適したの?・・・あの・・・ね」

 二人の息は荒い。とても姫と臣下の会話とは思えない光景だ。

 

「はい、あいつです。ですので、姫様にはあいつへの任務の許可を頂きたく存じます」

「わかったわ、許可を出します」

「は、では早速向かわせましょう」

「ちょっと待って。あの娘だけでは不安ね」

「ご安心を。そうおっしゃると思い、すでに保護者にも話はつけてございます」

 チェイスは余裕の笑みを見せる。

「ふふ、ここまで全て想定済みってことね。やっぱりあなたは頼りになるわ」

 主であるシフォンからの賛辞に、チェイスはまた眼鏡をくいっと上げて、にやりと微笑んだ。

読んでいただいてありがとうございます。

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