第118話 「湧き上がる国王の悪意。サイガ抹殺指令!」(ストーリー)
「ふむ・・・一瞬だな。何が起こったかまるでわからん。もう少しゆっくり見せよ」
暗い室内、広く大きな室内の宙に投影魔法によって映し出されるのは、ワイトシェルでの戦いでサイガがシラの首をはねた瞬間の映像だった。
撮影者はジョンブルジョン。彼の義手義足には数多くの記録用の装置が埋め込まれている。目的は、開発者であるドクターウィルの情報収集のためだ。
ここルゼリオ王国、王都フォレス、王の間では、その記録装置によってもたらされた情報を国王をはじめ側近の一同が凝視していた。しかし、
国王テンペリオス。
軍事統括局長ハンニバル。
技術研究開発局長ドクターウィル。
異界人管理局長オーリン。
記録者である、四凶、とどまることを知らないジョンブルジョン。
諜報機関員ギネーヴ。
そして王の側に仕える兵士が数名。
映像を見る全ての人物がその内容を理解できずにいた。サイガの動きは人間が動体視力では捉えることが出来なかったのだ。
記録装置を操作する兵士が映像を戻し、再び再生した。
今度は視認可能な速度まで低下させた。ここでようやく、レールガンの弾を跳躍するサイガの姿を全員が捉えることが出来た。その倍率は一万分の一だった。
「なるほどぉ、これは見えんなぁ。一万分の一秒とはなぁ。ふぁふぁふぁ」
国王テンペリオスは笑っていた。現実離れした動きを実現できるサイガの身体能力を目の当たりにして、高揚しているのだろうか、上下に肩を揺らせていた。
「クロストでの心臓削りといい、此度のレールガン跳躍といい、身体能力が異常すぎるぞ。こいつは本当に人間か?いくら異界人とはいえ、限度があるだろうが!」
受け入れがたい映像に、血の気の多いハンニバルは声を荒げた。
「異界人はこっちの世界に来た際に、身体能力の向上やスキルといった特殊能力の確認されとるが、ここまで強力なの初めてだな。なんせ、音速の弾丸を足場にするなぞ、うちで管理する異界人達とは比べ物にならん身体能力だ」
異界人管理局長のオーリンは眉をしかめた。
ルゼリオ王国は国王テンペリオスの指揮の下、これまでの異界人狩りで多くの異界人をその管理下においている。しかし、それらの人材を上回る能力者がよりにもよって対立する王女シフォンの部下である六姫聖と共闘している。オーリンは天に嘲笑われた気分だった。
「・・・・・・」
生気の無い濁った目で映像を睨んだまま、テンペリオスは沈黙を続ける。
配下の一同も、様子を伺って同じく黙る。
「・・・ならんかぁ」
思考が口から漏れたのか、テンペリオスが何かの語尾を呟いた。
「は?」
三人の局長のなかで最も歴の永いハンニバルが聞き返した。王が幼少の頃より王家に仕える忠臣ハンニバルだけに許される態度だ。
「わしにぃ降らんかぁ・・・ならば、殺すかぁ」
興味を失ったオモチャを捨てるような感覚で、テンペリオスは吐き捨てた。
「ですな。降るならよし、そうでなければ廃するのがよろしいでしょう」
ハンニバルが即座に賛同した。王家に忠誠を誓う老将は王命とあれば我を捨てる。
「ですがいかがなさいますか、陛下?正規の軍を動かせば民の不安を煽りますぞ」
「そうじゃな。しかも、あやつの強さ、並みの戦力では返り討ちどころではすまんだろう」
ハンニバルの意見に、ドクターウィルが付け足した。相手は神を一方的に斬り倒す実力者、立ち向かえば被害甚大は必定。無為に国力を消耗させる結果になりかねないのだ。
「冒険者共にぃやらせよ。懸賞金をぉはずんでやればぁ、彼奴らはぁ喜んで死地にとびこむぅ・・・ふぁふぁふぁ」
無慈悲な眼差しで王は命じた。名案といわんばかりに、肩を震わせて笑う。
冒険者は一攫千金を狙う輩がその大半を占める。この案は単純で、効率的に人員を投じることの出来る方法なのだ。
「ですな。して、いくらになさるのですか?」
ハンニバルが問う。
問いに対し、王は右手の人差し指を立てた。
「百万・・・ですか?」
確認するハンニバルに対し、テンペリオスは黙って上を突いた。「桁を上げろ」という仕草だ。
「一千万?」
王は黙って首を振り、また上を突く。
「一・・・億?」
指の動きは止まらない。
「まさか、十億ですか?ばかな・・・」
「ふぁふぁふぁ、それぐらいあればぁ、何も考えずに動くだろう?」
テンペリオスの言うことはもっともだが、十億ジェムという懸賞金(日本円換算十億円)は過去懸けられたことが無いほどの高額な懸賞金となる。ルゼリオ王国においての懸賞金は『大盗賊バンザ』の一億ジェムが過去最高額であり、今回のサイガへの額はそれを大きく上回るのだ。ハンニバルが驚くのも無理は無かった。
「して、生死は・・・」
「問わん。首だけでもぉ十億をくれてやる」
「はっ。では直ぐに手配書を作成し、冒険者ギルド本部に通達いたします」
正面の三幹部からテンペリオスは視線を右に移した。そこにいるのはジョンブルジョンだ。
「四凶。貴様等もぉ出よ」
「は、はっ!」
王命を受けたとして、ジョンブルジョンが背を正した。が、次の瞬間、全身に電撃が走り絶叫を発して崩れ落ちた。テンペリオスの指先から発された電撃魔法がその体を撃ちぬいたのだ。
「陛下・・・な、なぜ・・・?」
這いつくばる姿勢で視線だけを王に向け、ジョンブルジョンは疑問を口にする。
「手ぶらで帰った者が、なにをしゃあしゃあと。と、陛下はおっしゃってんだよ」
ジョンブルジョンの疑問に、王ではなく一人の三十代の男が隣にしゃがみこんで答えた。そのまま、肩を貸して担ぎ上げる。
男の名は『アールケーワイルド』。『人情一路』の二つ名で知られる四凶の一人だ。
「陛下、此度の任務、ジョンブルジョンにはちと荷が重うございます。ここは、ワシが行かせてもらいましょう」
歯を見せながらにやりと笑い、アールケーワイルドは名乗りを上げた。テンペリオスの表情に不満の色は無い、信頼に値する実力があるのだろう。
「よかろう、行くがよい」
「ありがとうございます、陛下。ただ、万全を期すため、シズクヴィオレッタの同行をお許しください」
シズクヴィオレッタとは同じく四凶の一人だ。
「シズクヴィオレッタか・・・よかろう。四凶がぁ二人でるのだぁ。必ずしとめて来いぃ」
「はっ、吉報をお待ちください」
そういうと、一礼してジョンブルジョンを肩を貸したまま王の間を退室した。
四凶の二人の姿が扉の向こうに消えたのを見届け、テンペリオスは三人の幹部に視線を送る。
「オーリンよ、子飼いのぉ異界人を出せぇ。歯止めのきかんやつらを特になぁ」
やせ細り色の悪い指でオーリンを指す。
「かしこまりました。かねてより研究中でありました、異界人で『スキル』と呼ばれる特殊能力を持つ者たちの中で、特に戦闘に秀でた者たちを向かわせましょう」
「ふふぅ、期待しておるぞぉ」
「は。おまかせください」
深く頭を下げた裏で、オーリンは誰にも悟られぬように、不敵に笑っていた。
「では、各々動くとしましょうかの。陛下、解散でよろしいでしょうか?」
ドクターウィルが切り出すと、テンペリオスは満足そうに頷いた。それを受け、各人は王の間を後にする。
ハンニバルはこれまでに無い事態に心躍らせ、ドクターウィルは新たな研究に思考を巡らせ、オーリンはよからぬ思いを抱いていた。
王国は少しずつ、内側からほころび始めていた。
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