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第117話 「戦いが終わって」(ストーリー)

 シラとの戦いの後、サイガたちはワイトシェル最大の総合病院に搬送されていた。

 搬入と共に、回復魔法を得意とする魔道士が市内から多数召集され、代わる代わる戦士たちの常人離れした体力と魔力の回復と治療にあたった。

 

 そして翌日。

 夜の闇と朝の光が入れ替わり始めた早朝、総合病院の中庭で激しい攻防を行う二つの人影があった。昨晩運び込まれたサイガとタイラーだ。

 比較的外傷の少なかった二人は、病室で大人しくしていられず、朝と共に活動を始めていた。

 二人が行っていたのは、限りなく本気の組み手だった。攻撃、防御、回避、踏み込み、空振りと、あらゆる動作において激しい音と衝撃が生じる。

 気を纏ったタイラーの体は、攻撃をギリギリで躱そうとも気の余波で直後の隙を補い、攻撃を仕掛けても外殻のように硬化して防ぎ、攻守において万能の働きを見せる。

 一方のサイガも強烈な圧を誇るタイラーの一撃一撃を、見事な見切りと軽やかな身のこなしで回避し続けていた。

 一点に凝縮させた気の効果によって、巨大化した掌がサイガの顔面に向かって抜き手となって突き出される。

 重く固い巨大な手を、サイガは蹴り上げた。金鎚で鉱物を砕くような音がした。とても生身同士とは思えない音だった。


「うへぇ・・・あの二人、朝っぱらからなにやってんだい?昨日の今日で元気すぎだよ」

 組み手を続ける二人を遠目に、セナが眠い目を擦りながら呆れていた。セナも比較的怪我が浅く、早朝に目を覚ましていたのだ。

「もう三十分ぐらいあんな調子だよ。あんなに体力が続くなんて、あたしたちよりよっぽど化け物じゃない。そりゃシラも負ちゃうよね」

 声が聞こえた。セナが足元を見ると、巨大なダンゴ虫の背の上に寝転びながら、拾い上げた蟻を頬張るリシャクがいた。

「あんたも起きてたのかい?」

「あたしは人間達と違って長い睡眠は必要ないからね。夜は暇だから黒いおにいちゃんを観察してたんだよ」

 リシャクは蟻を口に運び続けながら語った。

「ふぅん。で、観察して何かわかったのかい?」

「んーん、なんにも。だっておにいちゃん隙がないんだもん。夜の間見てたけど、寝てるのに起きてるみたいに気を張ってて、逆にあたしが見張られてたからね」

 無害な子供の容姿と振る舞い、言動から、リシャクには思わず警戒心を解いてしまいそうだが、サイガにはそのような油断は微塵も見られなかった。緊張感張り詰めたままリシャクから目を離さなかったのだ。リシャクはそのことに感心していた。


「せやぁ!」

「どおおりゃあああ!」

 忍者刀と拳が正面からぶつかった。あまりの衝撃に接点からは多量の火花が生じた。

 共に攻撃の反動で数歩下がったところで動きを止めて数秒の後、構えを解いた。終了の合図だ。

「ありがとうございます、タイラー殿。良い修練になりました」

「うむ。ワシも充足した時間でしたぞ」

 軽く礼を交えると、サイガは一足先にセナとリシャクをつれて病室へと戻った。


「ふふ・・・良い修練か・・・」

 病棟の中に消えるサイガたちの背を見送りながら、タイラーは右手を見た。

 その拳は細かく震え、歪に膨らんでいた。骨には亀裂が入り、肉はいたるところが炎症になっていたのだ。

「そのわりには手痛い出費になったのう」

 最後の一撃は、サイガ自身、思いもよらない力が込められていた。タイラーの力につられ、最後に加減を忘れたのだ。

 サイガの体は度重なる激戦の中で、その内に眠る強大な力徐々に目覚めつつあった。



 汗を洗い流し、セナを傍らにリシャクを肩に乗せたサイガたちと、目を覚ましたばかりで寝癖をつけたままのエィカが見舞い客用の食堂前で落ち合った。

「おはようございます。みなさんもうお目覚めだった・・・ふふっ」

 挨拶の途中で、エィカはふきだした。三人の姿がまるで親子のようで思わず笑ってしまったとの事だった。

 指摘されて、サイガとセナはわずかに顔をそらして、わずかに距離をとった。

 リシャクは飛んでいる蝿をつかんで食べた。


 四人が朝食を済ませた頃、ふと窓の外に目をやると、病院前がにわかに騒がしくなった。食料を山積みした数台の馬車が止まり、大量の人間と大量の食料が運び込まれてきた。

「サイガさんあれって・・・」

「ああ、アレだろうな」

 一同はこれから行われることに心当たりがあった。それは、六姫聖による魔力補充のための食事の大量摂取だ。

 サイガが以前にそれを目にしたのは、クロストでリュウカンとの闘いの後に、回復のためにリンがフルコース料理を前菜だけで百皿を食した時だ。

 その際にリンは「魔力を食事で補う」と説明していた。それがこれから行われるのだ。


 魔力の回復という同一の目的ながら、六姫聖三人の食事の好みは全く違った。それは、本人の最も好む味や食材が魔力回復に最適なためだ。

 リンは育ちの良さを思わせるフルコース料理を好み、ナルはそのスレンダーな体の天敵なはずの甘味。そしてメイは見ただけで胃がもたれそうなほどの大量の揚げ物をほおばっていた。

「こ、これは、相変わらずすごいな・・・」

 六姫聖の食事の光景に、見舞いに訪れたサイガたちは言葉を失った。

 三人の食事のためだけに設けられた、多目的ホールを利用した食事の場では、多くの料理人と調理用の魔法を操る魔法使いが、忙しく動き回り三人のためだけに大量の食事を作り続けている。

 作られた料理は台車に載せられ間をおかずに次から次へと運び込まれ、ホールの大半を占めるテーブルを埋め尽くすほどの量で並べられていく。そこから給仕がそれぞれに料理を振り分ける。

 リンの前には前菜のサラダとスープが多種の味付けで並び、それを静かに飲み干し、口に運ぶ。

 ナルはシロップやハチミツをアルコールやジュースに混ぜたオリジナルのカクテルと、クリームが大量に載せられた柔らかいスイーツを、自身のその美しさを損なわないように上品に食する。

 メイに至っては、左手に牛肉に似た肉を幾つも刺した金串を握り、右手では魚介類のフライをフォークで突き刺す。それを人目をはばからず大口でほおばる。野獣のような姿だった。

 三者三様。性格がよく現れた食事風景だった。


「あら、サイガじゃありませんの。昨日はお疲れ様ですわ」

 気付いたリンが声をかけてきた。ナルとメイも手を止めて一同を迎えた。

「昨日の今日ですごい食欲だな」

 早朝から組み手をする自身を棚に上げて、サイガは感想を述べた。

 「あんたも似たようなもんじゃないか」とセナが後ろから小突く。

「食事は、私達の、生命線だからな。これを欠かせば、まともに、生きることすら、出来ないからな。戦闘の後ともなれば、なおさら、むぐむぐ、だな」

 ナルがチーズケーキを口に運びながら、その間で説明をする。最初こそ鮮やかに咀嚼と説明を分けていたが、最後に咀嚼が勝った。恥じたのか、一瞬、顔を赤らめる。


「うわ、むぐむぐだって。ダッサ」

 『美の化身』の失態に、『魔炎』は嘲笑で茶化す。

「う、うるさい。仕方ないだろう。本来なら黙って食事に集中しているところなんだからな!」

 ナルは『美の化身』という二つ名から、他者の目があるところではその完璧な美の姿勢を崩さない。それを知るからこそ、メイは生じたほころびを見逃さなかった。

 苦戦することのない敵を相手取る戦いの後なら、さほどの消耗もないため、一般的に言う大食いの量で回復には充分。なので、個室を借り、周りの目を気にすることなく貪るように食事をするのだが、さすがに神との激戦の後ともなればその量は尋常でないため、周囲に人のいない環境が作れない。ナルは食欲と二つ名の使命感の間にあったのだ。


「どうやら、今はいない方がよさそうだな。また後で伺わせてもらうよ」

「そうですわね。それしていただくのがよろしいですわね。誰かさんのお腹の虫も限界ですのでね」

 リンがちらりとナルを見た。わずかに口をとがらせて目をそらす。

 照れるナルを見て、一同が笑いに包まれた。

 笑いの中で、戦士達は都市に平和が訪れたことを実感していた。



 学園都市潜入編 完


 

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