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第11話 「怒り」(ストーリー)

 中央広場の中心、セナの手を掴み薄ら笑いを浮かべる小太りの男と、それに抵抗し嫌悪に眉をしかめるセナの間に、割って入るように村長が身をはさんだ。

「これは領主様、村の方にお越しとは御足労おそれいります。一体どうなさいました?」

「おうロルフか。なに、おれがここの領主になって一月ほどたつからな、そろそろ領民共の顔でも見てやろうかと思って、村を巡視しておるのだ。そうしたら、ほれ」

 領主と呼ばれた男は横柄な物言いで、見下すような視線を周囲を囲う村人達を見回すと、次に顎でセナを指した。

「こんな村には似つかわしくない上玉の女がいるじゃないか。せっかくだから、連れ帰って夜の相手をさせてやろうと思ってな」

 いやらしく歪んだ笑顔で、セナの顔から下へと嘗め回すように全身を凝視する。その視線を受けて、繊細さとは縁遠いセナですら嫌悪感を抱き身をすくませる。

「ふ、ふざけんじゃないよ。ここに来てから一ヶ月、私達に顔すら見せたことないくせに、急に現れて好き勝手言いやがって!この村の皆はあんたが領主だなんて思ってないよ!」

 セナが腕をつかまれたまま啖呵を切る。セナの加護の力があれば、その手を断ち切らせることは簡単だろうが、それをやらないあたり冷静さを保っているのだろう。

「思っていようがなかろうが、この地の領主はおれだ!そしてお前たちはおれの所有物なんだよ。所有物が逆らうな!」

 耳を疑うような暴言を領主は放った。瞬く間に村人達に怒気が満ちる。しかしそんな村人達に領主は目もくれない。正に物に対する扱いだ。


「おい、おまえら!この女を縛り上げて、おれの館まで運んでおけ!傷をつけるなよ、楽しみがなくなるからな」

 悪趣味な領主の命を受けて、後ろに控えていた男六人の護衛のうち、同じ軽鎧、同じ剣を差した五人が動き出した。

「おら、おとなしくしろ」

 乱暴な言葉と仕草で男達がセナを拘束にかかる。数人の男達が一人の女を取り囲むその光景は理不尽さの極みだった。

「女、いいかげんに・・・うわぁっ!」

 抵抗を続けるセナを強引に押さえつけようとした護衛たちが、情けない声とともに宙を舞った。我慢の限界を迎えたセナが、力の加護を行使して力任せに護衛たちを領主とともに振り払ったのだ。

 数秒の空中遊泳を終えて男達が地面に叩きつけられた。あたりに土埃が巻き上がる。

「この怪力、お前、加護をうけているな。ええい、こうなったら力ずくでも・・・ああ!」

 背中からしたたかに打ち付けられ、今度は苦しみに顔を歪ませながら、領主が護衛とともに立ち上がる。そして自身の姿を見て大きく声を張り上げた。

「ふ、服が汚れている!宰相殿に賜った服に土がついてやがる。女、やってくれたな!もういい、お前ら、この女の手足を切り落とせ!動けんようにして、一生おれの慰みものにしてやる!」

 領主の怒りに任せた命令だったが、流石に護衛の男達もそれには躊躇いの顔を見せた。抵抗をしたとはいえ、服に土をつけたことへの報復としては、あまりにも度を越していたからだ。

 護衛たちが、おまえがやれと言わんばかりに互いに顔を見合わせる。

 数秒の沈黙の後、業を煮やした領主が護衛の一人の腰から剣を抜き、奪った。その動作の滑らかさは、腐っても元警備隊長を思わせる。

 これまでの押し合いとは違い、刃物の登場に一瞬にして緊張感が場を支配した。気丈なセナも、その鈍い銀色の光に及び腰となった。

「女、その邪魔な両腕を切り落としてやる!」

 憤怒にまみれた顔をさらに醜く歪ませ、領主がセナににじり寄る。その迫力に、当初、仲裁に入っていたはずの村長も身を硬直させている。


 闘争とは無縁の生活を送る村人に、この光景はあまりに非日常すぎた。

 普段力仕事を担当する豪胆な男衆ですら身をすくませる。女にいたってはその場でしゃがみこんで泣き出す者も出る始末だった。

 だが、そんな緊張した空気を裂くように一つの人影が二人の間に飛び込んできた。セナの母、サーラだ。

「領主様、娘の非礼お詫びいたします。ですから、どうかご容赦ください。夫をなくした私にとって、この子は唯一の家族なのです。この子がいなくては私は・・・うっ」

 領主の体にすがり許しを請うサーラだったが、立て続けに起こる緊張の連続に加え、大声を出したため、サーラの闘病中の体は限界を迎えたのだろう。激しく咳き込むと領主側に体をたわませ激しく咳を繰り返した。

「母さん、大丈夫かい?落ち着いて、息を整えて」

 サーラの両肩をセナが抱く。背中をさすりながら声をかけるがサーラの発作は治まる様子を見せない。そして、とうとう最悪の結末を迎えた。

 大きく爆ぜるような咳とともに、口から黒い血を吐き出したのだ。勢いよく吐き出されたその血は、領主自慢の服をその色に染めた。

 その事態に一瞬反応の追いつかなかった領主だったが、一瞬で先ほどよりもさらに顔が赤く染まり、言葉にならない怒号を張り上げた。

「おまえら!親子そろっておれを馬鹿にしやがって!もう勘弁ならん、そんなに大事なら二人そろって殺してやる。死ね!」

 やはり腐っても鯛、元国境警備隊長の剣さばきは鮮やかだった。最短距離で切っ先を突き出すと、的確にサーラの心臓を貫いたのだ。

 空気が凍った。時間が停止した。その場にいるほぼ全員が状況の理解を拒んだ。

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