第116話 「安堵」(ストーリー)
地に向かい降下する中、シラは己に迫る熱を感知していた。
膨らみきった顔は目と耳を塞ぎ、外部からの情報を遮断した、ただの死の爆弾と化していたが、メイの細胞と魔力を基礎としてくみ上げられたその存在は、母となった者の魔力を敏感に受け取っていたのだ。
メイ、ナル、リンが同時に放った最弱の炎ファイアーボールが、待ち受けていたかのように、寸分の狂いもなく真芯を捕らえシラの頭に触れた。
空中に、シラを燃料とした火球が生じる。
炎の球は内側で燃焼を繰り返し、死を司る神に引導を渡すために熱を浴びせる。
「わ、我が、地獄の王となるべく新たなる肉体を、強大な魔力を手に入れた我が、こんな赤子の児戯にも劣るような魔法で・・・さ、最期を迎えるというのか・・・おおおおお・・・」
怨嗟の絶叫を発しようとするも、声帯ごと切断された頭部は無言のまま炎に焼かれ続ける。やがて頭部は火球の中央で小さな点と化し、遂には燃焼の果てに消失した。
ここに、死を司る神サルデスから生まれた地獄の皇太子を名乗るシラは最期を迎えた。
標的を燃やし尽くし、役目を終えた空中の火球が徐々にその規模を縮める。
「お、終わった・・・の?」
火球を見つめならがメイが呟いた。
「ああ、シラの魔力が完全に消えた。私達の勝ちだ」
魔力の繊細な操作から、索敵を三人の中でもっともこなすナルが魔力の動きから判断し、勝利を告げた。この言葉を聴き、戦いに臨んでいた全ての者達の肩から力が抜け、歓喜の声が上がった。
「うぁあ゛あ゛あ゛、やっだぁあああ、倒したぁ。リン、ごめ゛んね、ごめ゛んねぇぇ私のせいで肩がぁ・・・」
「平気よ。この程度なら、魔法で直せるわ。だから泣かないで」
「ナルもごめんね、体中泥だらけにしちゃったぁ・・・」
「私も平気だ。一番大変だったのはおまえなんだ、今は自分の身を案じろ」
一気に訪れた安心感から、メイの瞳から涙が滝のようにあふれだす。そして、最初に口にしたのは級友へのねぎらいの言葉だった。
何度も何度も「ごめんね」と繰り返しながら、二人に抱きついて涙を頬に塗りつけてくる。
涙と言葉を受けた二人はメイを慰めるように抱きとめると、同じように泣きながら互いをたたえあった。
互いに抱き合い、涙し、喜びを分かち合う六姫聖の三人を見ながら、サイガは地に降り立った。
大きな仕事をやり遂げた直後だが、サイガにはまだ解決していない疑問が残っていた。それは。
「貴様、一体どうやって脱獄してきた?」
一時は共闘したが、そもそもは敵であるジョンブルジョンの存在だ。
サイガは忍者刀を、レールガンの反動で両腕を失ったジョンブルジョンの首に当て、尋問に入った。
「き、貴様、なんの真似だ、この仕打ちは?私がいたおかげで奴を討てたのだろう。筋違いにも程があるぞ!」
「それについては感謝している。だが、本来はおれの生徒を人質にとり、命を脅かしたまごう事なき敵だ。そのまま野放しには出来ん。牢に戻ってもらうぞ」
「おのれ、恩知らずめ。ここは力を貸して貰った恩として、見て見ぬふりをするというのが人情だろう?」
「往生際が悪いぞ。貴様の望むように多少大目に見てやる故、大人しゅうせい」
「う・・・」
ごねるジョンブルジョンを封殺するようにタイラーが口を挟んだ。その威圧感は、興奮し荒ぶる口を閉じさせる。
「タイラー殿、もう動けるのですか?」
「うむ、ワシも痛みには多少の耐性があるのでな。と言うても、おぬしほど異常なものではないがな」
タイラーほどの巨躯と体力であっても、シラの解析魔法を介した攻撃は、シラ本人の死をもって初めて抗えるものだった。そんな強力な攻撃を、正面から無反応で覆すサイガを、タイラーは異常という言葉を使って表した。
「さて、観念したな。それでは、また地下牢に運ぶとするかの」
精神的にも虜囚となったジョンブルジョンを移送するため、タイラーが手を伸ばす。
「それは困りますね。彼は陛下の所有物ですよ」
「!!何者だ!?」
謎の声が聞こえた。それは、前後左右のどちらからでもない。ジョンブルジョンの影から発せられていた。
「ぬぅ!闇魔法の隠行か!」
「御名答」
言い当てたタイラーをあざ笑うように謎の声は答えた。直後、影から伸びた数本の黒い手がジョンブルジョンを掴むと、影の中に引きずり込む。
「おい、もっと優しくや・・・うぷっ!」
微塵の配慮を見せることなく、闇魔法はジョンブルジョンを呑み込んだ。瞬時に反応したサイガの蹴りとタイラーの拳が同時に空を切る。
数十メートル離れた位置の影から、ジョンブルジョンが浮上するように現れた。その隣には、闇魔法の術者ギネーヴの姿がある。
『シャドートランスポート』。近、中距離間の影と影を繋ぎ運搬する中位の闇魔法。ギネーヴは戦いの間、身を潜めジョンブルジョンを救出する機会をうかがっていたのだ。
「学園長殿、四凶であるコレの生殺与奪権は国王陛下にあります。手を出すことはまかりなりませんよ」
「ぬぅ、貴様、ギネーヴ!国の影が何用だ!?」
「何って、お仕事に決まっているじゃないですか。私は仕事熱心なんですよ。ホッホッホ」
そう言うと、静かに笑いながら、ギネーヴはジョンブルジョンと共に影に消えた。
「おのれ、何処に消えた!?」
喪失したギネーヴを捜索するため、サイガは高場へ移動した。
「無駄じゃ、サイガ殿」
「どういうことですか?」
「あやつは王国諜報部所属の諜報員ギネーヴ。非常に高度な隠遁と幻惑の術を操る奇怪な男じゃ」
「なるほど、おれと同業か。どおりで気配を消すのが上手いわけだ」
サイガは妙に納得した。
「あやつが隠遁の術を用いた時点で、ワシらに追跡することは不可能じゃ。魔力が劣るのならばなおさら、その身は既にはるか彼方。あきらめるしかない」
深いため息をついて、タイラーは張り詰めた気を緩める。この場において、警戒の必要がなくなったからだ。
サイガは高所から降り立つと、セナ、エィカの元に歩み寄った。
「終わったぞ。さあ、宿に戻ろう。・・・ん?どうしたセナ」
座り込んだセナの後姿に声をかけて、サイガは人影が一つ多いことに気付いた。
セナとその正面にエィカ。そして二人の間、セナの膝枕で眠る子供の姿があったのだ。
「!!ま、まさかそいつは・・・」
「サイガ、どうしよう。この子、ずっといるんだけど」
真下、膝枕で眠る子供を困惑した表情のセナが指差す。そこにいたのは、地獄の将の唯一の生き残り『蠱毒の主リシャク』だった。
「う~~~~ん・・・むにゃ、むにゃ、ふぁああああ・・・あれ?シラの魔力が消えてる?あれ?死んじゃった?」
目を覚ますと共に、大きなアクビに寝ぼけ眼で、リシャクは暢気な一言を発した。
「な、なぜ、お前がまだここにいる?」
「え~?だって私、帰る方法知らないんだもん。帰り方知ってるニムリケまで死んじゃったから、私もうこっちの世界にいるしかないんだよ。どうしてくれんの?」
どうしてくれんの?と問われ、サイガは回答に詰まった。シラと地獄の将たちは、ニムリケの言葉どおりなら血の盟約によってその関係性を保っていた。そしてシラの消滅した今、その盟約が終了したとなれば、戦う理由も命を奪う理由も存在しない。だからといって、野放しにするわけにいかないのだ。
「むぅ・・・無闇に命を奪う真似は出来んし・・・だからといって、放置するのも・・・」
処遇を思案し、逡巡で顔を曇らせていると、業を煮やしたリシャクが先に口を開いた
「じゃあさ、私も一緒に連れてってよ。行く場所もないし、あんたたちと一緒の方が面白そうだもん」
「一緒にだと?」
「サイガさん、私もそれがいいと思います。この子、虫を操る力は普通の環境の人たちには手に余ります。私達と一緒の方が大人しくしてくれるでしょう」
エィカの口添えに、リシャクは「そーだ、そーだ」と首に抱きながら訴える。
気付くと、リシャクの少女の外見にセナも情が移ったのか、懇願するような瞳でサイガを見上げていた。
「わかったよ、好きにしろ。ただし、虫は無闇やたらに出すなよ」
「はーい」
リシャクは元気に返事をした。
ほどなくして、集合墓地に警備隊とギルドから派遣された救護隊と処理班が到着し、傷ついた戦士達を病院へ搬送し、清掃活動を開始した。
これをもって、死を司る神サルデスとの長きに渡る戦いが終結した。
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