第114話 「最後の一手」(バトル)
全身を震わせながら、シラは傷の浅い右腕を地面につけて上体を起こした。
ゆっくりと振り向いてサイガを睨むが、その顔の下半分は失われ血が流れ落ちる。
「ぎ、ぎざぁまっ、っぜだ、そっだげの技っでっ、なっぜ、傍っ観、うぉっ」
下顎を失い、発声の機能を損なったため、わずかに残った魔力で声帯を補い、シラはなんとか声を発した。
音が乱れて聞き取りづらいが、かろうじて言わんとすることは理解できた。「それだけの技量がありながら、何故今まで傍観していた?」と問うているのだ。
「お前には理解できないだろうが、戦士には時として誇りを賭けた戦いに挑まなければならないことがある。それが正に今、友の命を汚した悪漢を自らの手で誅さねばならんときだ」
疑問に答えながらも、サイガは下顎を踏み、逆手の忍者刀の構えを崩さない。
「ほご、り。たがが、ぞんだぼの、のためじ・・・だじが、に、りがいでぎんな」
誇りを理解できない感覚だと、シラは笑った。下顎が無いため表情は無いが、明らかに嘲笑していた。
「面白いか?だが、理由はもう一つあるんだが、それは笑えんぞ」
「だ、だに?」
シラの態度に動じることなくサイガは言葉を続ける。
「見ての通りだが、おれはメイやナルたちのように魔法を使えない。肉体を使った戦いが専門だ。なので、お前があの巨大な樹に姿を変えたとき、おれははっきり言って戦力外だったんだ」
「・・・・・・」
サイガの告白に、シラは黙り顔が強張る。
「しかしお前は、戦いを続ける中で、姿を変え続けた。人型から巨大な樹木、木像、そしてリンを取り込んだ人型。徐々にその規模を小さくさせ、おれが戦いやすい形に収まってくれた」
「ま、まざか・・・」
「そうだ、お前の選択と血の盟約とやらの助力が、お前自身をこの状況に導いたんだ」
メイ達との戦いで、場当たり的に対応を繰り返した結果、シラは自らの手で最大戦力であるサイガを召喚していた。シラは愕然とした。
「お前の魔法は危険だ。死を司り、命を即座に奪う魔法を容易に扱えるお前が、無差別、広範囲に魔法を使用していれば一方的に決着を迎えただろう。だがそれをしなかった。与えられた力におぼれ、それを誇示しようとする性格が災いしたな」
神の魔力、それに対抗できるのは、神域に達したメイのみだった。それゆえに、サイガの言葉どおり、戦闘ではなく殺戮に徹した魔法を使用すればシラの勝利、ティエリアの本懐は達する。しかしそうしなかったのは、吸収したメイの魔力による高揚感が戦闘欲をかきたてたのだ。
シラの体が揺らいだ。膝から力が抜け、再び剣を杖代わりに体を支える。肉体よりも精神的なショックによるものだ。
「ば、ばが・・・な・・・われが、みず、がら・・・」
「そうだ、お前は選択を間違え続け、自ら勝利を手放したんだ」
冷淡にサイガは言い放つ。その言葉は、これまでの、どの攻撃よりも鋭くシラを貫いた。
「がぁあああああああ!ぐ、ぐずぅおおおおおお!」
憤怒に染まったシラの目がまたしても光を放った。解析魔法を介した神経への魔法攻撃だ。標的は対峙するサイガだが、窮地にあって御しきれない魔力は、その余波が周囲に及ぶ。
「きゃあああああ!」
「くっああ・・・あ!」
「ぐっ、がぁ!」
「ぬ・・・・・・!」
メイ、ナル、リンの三人が悲鳴を上げ、タイラーが黙して耐える。しかし、そんななか、サイガだけは無反応のままだった。
「ば、ばがな・・・」
平然と立ち続ける姿に動揺を見せたまま、シラはさらに数度、神経への攻撃を行った。それでもサイガは動じない。
静かに、黒衣の忍が一歩踏み出した。その顔は無表情だ。
「な、なじぇだぁ、なじぇづうぢなぁい!?」
距離を詰める歩みに対し、動揺と怯えの表情を見せ声を上げるシラ。「何故攻撃が通じない」という疑問に、サイガは答える。
「通じていないわけではない。お前が魔法を放つたびに、おれの全神経には激痛が走っている」
「な・・・!」
サイガの答えは意外なものだった。シラの魔法は効果を発揮していたのだ。
しかし、その様子をサイガはおくびにも出さない。
「リンと同じだよ」
「な、に?」
「おれは幼少の頃より、常人では想像すらしえない過酷な、厳しい訓練に身を置いていた。その中には、神経に神経を鍛えるものも当然含まれている。つまり、お前の神経攻撃程度の痛みなら、経験済みというわけだ」
「ばがな・・・」
「ちなみに、死以外は大概経験済みだから、他の搦め手を労しても無駄だぞ」
「ぐ・・・」
一体どのような人生を歩めば、死以外の殆どを経験できるのか。シラは、歩み寄るサイガの姿に己が司るよりも強大な死の影を見た。
緩やかな歩みから、サイガは左足を深く踏み込ませた。踏み込みから生じた反動を利用して、一気にシラに迫る。
恐怖以上の感覚を味わっていたシラは、その一撃をモロに浴びた。
忍者刀の神速の一撃。右から左への横一閃はその両目をほぼ同時に上下に両断した。
シラは暗闇の世界に落ち、音にならない悲鳴を発した。
「ぎぎぃ、がっがあああああ、ひっひゃは・・・は」
痛みにもだえる地獄の皇太子を、闇を与えた張本人は冷ややかな目で見る。
「これで、あの厄介な魔法はもう使えないだろう。後は死ぬのみだ」
その言葉どおり、解析魔法で攻撃を受けた面々はその痛が消え始めていた。
「ご、ごうなれば・・・」
痛みにもだえながら、シラは右手の剣を逆手に持ち替えた。間をおかずにその切っ先を腹右脇腹へとつきたてる。
「!?どういうつもりだ?」
その真意をサイガが理解する前に、シラから強い魔力の風が一瞬だけ生じ、土ぼこりを巻き上げた。
たまらずサイガは手で顔を守る。そして数秒の後、手で周囲を払い確保した視界の中に、シラの姿は無かった。
「しまった、見失ったか!」
すぐさまサイガは意識を索的に切り替えた。
「さ、サイガ・・・上だ!」
いち早くシラの所在を見抜いたのはナルだった。サイガへと位置を知らせる。
全員の視線が上方に注がれた。そこには、満身創痍のまま見下ろすシラがいた。
その距離は五十メートル以上。飛行魔法を用いなければ到達しえない距離だ。
「ふふふ・・・失念していたようだな。この剣でメイ・カルナックの身を斬っていたということを。奥の手として付着した血肉を残していた甲斐があるというものだ。おかげで、ここまで避難することが出来たぞ」
メイの血肉。シラと最も親和性の高い、シラにとってのこれ以上ない回復剤。
シラはそれを直接体内に取り込んだのだ。その効果で下顎が再生し、わずかに魔力が回復したのだ。だが。
「ぐ・・・あの程度の血肉では一時的な回復にしかならんか・・・体の崩壊が止まらん・・・」
シラは目を閉じた。深く息を吸い、大きく音を立て吐き出すとゆっくりと目を開く。
「もはや、我の命もあとわずか、か。ならばせてめ、貴様らだけは道連れだ!この場の全てを死で包んでくれるわ!」
宣言の直後、リンを喰らい屈強と化していたシラの肉体は、急激に細った。
筋肉が萎み、骨と皮だけとなる。さらにそれだけに納まらず、手足も胴体も縮み、八頭身あった体は四頭身ほどへと変わり果てた。
しかし、縮む体に反して頭部だけは水風船のように肥大し、蛸や球根のようなバランスとなっていた。
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