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第113話 「無慈悲なる刃」(バトル)

 黒い忍び衣と黒い軽革鎧の二者の間に緊張と沈黙の空気が漂う。

 サイガは研ぎ澄まされた暗殺技術と闘争本能を刀に。シラは漲る力と命を奪う暗黒魔法を黒い刃。それぞれに意を宿らせ、一瞬を永遠と思えるほどの緊張感の中、わずか、わずかと距離を詰める。

 忍者刀を逆手に腰を落とすサイガ、剣を上段に構え渾身の一撃を狙うシラ。

 まばたきの一瞬でさえ目を閉じることを許さない状況、シラの額には徐々に汗が滲み出す。だが、対するサイガは無表情のままだ。

『無』の状態のサイガは緊張を強いられる状況にあろうが影響を受けることは無い。ただ修得した技能を体の動くままに発揮するだけなのだ。


 距離を詰める二人の足が同時に止まった。

 サイガは踏み込みが、シラは魔力を乗せた斬撃が、それぞれ決着を狙える位置に達したのだ。

 静止したまま隙をうかがいあう数秒が過ぎた頃、シラはサイガの額に一粒の汗が浮かんでいることに気付いた。

 汗は額を伝い、瞼へと迫っていた。汗はそのまま瞼を越え、目へと侵入した。たまらずサイガは目を閉じる。

 シラは笑った。サイガから発生したはずの汗は、シラに僥倖を、サイガに阻害を与えたのだ。


「己の体機能も御せんとは、未熟者め!死ね!」

 勝ち誇りながら、シラは上段に構えた剣を、全力で振り下ろした。リンの筋力の宿った一撃は、空気すら切断するほどの勢いだ。

 そのあまりの剣圧に圧された空気は土煙を巻き上げる。土煙が降下する剣を呑み込んだ。

 金属音が鳴った。と、同時に、シラの黒い長剣は振り下ろされた軌道と同じ軌道で弾き返された。弾き返された衝撃で、シラは数瞬体が硬直し、数歩下がった。

「こ、この体が退くだと?なんだ、今の衝撃は?」

 退きながら土煙に目を向ける。

 衝撃の場を中心に、わずかに土煙が薄らぎ、そこに銀色の光が走った。それはサイガの放った斬撃だった。


 思考を巡らせることも、言葉を発する暇もなく、シラは弾かれ切っ先が天を指す剣を力尽くで引き戻した。

 しかし、シラの迎撃体制が完了するよりも速く、サイガの銀の斬撃はシラの胴に横一文字の傷を負わせた。

 『無』の状態のサイガが放った、常人ならば胴を両断されるほどの威力の斬撃。たまらずシラは傷を手で覆ってさらに数歩退いた。

「なんという速さ。なんという威力。見てからでは間に合わず、防ぐことすらままならんというのか・・・」

 深手により、シラの呼吸は一気に荒れた。傷口からは血が流れ続ける。


 土煙が収まると、そこには右手に逆手の忍者刀。左手に同じように逆手に忍者刀の鞘を持ったサイガの姿があった。シラの長剣を弾いた金属音の正体は、金属製の鞘だった。

 サイガは黒い剣を鞘で上方へ弾くと、間髪入れずに忍者刀で切り裂いたのだ。

 負わせた刀傷が深手であることを確信して、サイガは『無』の状態を解除した。目に光が戻る。

「どうやら、まんまと誘いに乗ってくれたようだな」

 他人事のようにサイガは感想を述べた。

 『無』の状態のサイガは意識を喪失させ、積み上げた修練と本能の赴くままに戦闘を行う。故に、『無』を解除して、初めてシラの状態を知ったのだ。


「誘いだと?どういうことだ?」

「お前はおれの目に汗が入った瞬間を好機と見て、攻撃に踏み切っただろう。あれがおれが仕掛けた誘いだ」

 サイガの指摘は図星だった。事実、シラはその瞬間にサイガの様を笑いながら斬りつけたのだ。

「め、目に入る汗を仕掛けただと?ということは、まさか貴様、発汗を操ったとでも言うつもりか?」

「つもりではない。実際に汗を一滴だけ額に発生させて、目に流し込んだ。おまえが焦れて我慢の限界に達した頃にな」

 掌の上で踊らされていたという事実を告げられて、シラは言葉を失う。と同時に、謀られたことに対する怒りが湧き上がり、剣を握る手に力が入る。


 サイガが一歩踏み出した。怒りによって不必要な力みが生じたシラは反応が遅れた。

 サイガの右上段蹴りのつま先が、シラの左顎関節へ突き刺さった。

 胴の傷を押さえるために腕が固定され、左半身の防御がおろそかになっていた。そのがら空きの顔に高速の蹴りが放たれたのだ。

「ぐぉっ!」

 口から短い呻きと血と歯が飛び出す。

 攻撃を受けてようやく、シラは左腕を傷口から離し、牽制のために前に出した。

 しかし、サイガはそれを狙っていた。武器、防具を持たずただ空に差し出された左腕は、生贄のようなものだった。


 右の蹴りの勢いのまま、体を一回転させると、再び正面を向き順手に持ち直した左手の鞘で肘を殴る。腕は逆方向に折れた。

「ぐぁああああ!」

 激痛にシラは絶叫を上げる。さらに、その叫びが納まる前に、サイガの右手の忍者刀がシラの折れた左腕を斬りつけた。

 斬撃の衝撃によりシラの腕が跳ね上がり踊った。

「馬鹿な、一瞬で三度も斬りつけるだと!?」

 腕に走る痛みの回数から、シラはサイガの攻撃を三と判断したが、実際の数は九だった。サイガのあまりにも速い攻撃は数を錯覚させる。


 右の斬撃と左の打撃。二種の攻撃の乱打がさらにシラの左腕を襲う。

 鞘で叩き上げ、刀で迎撃。落ちたところをまた鞘で打ち上げる。

 隙間なく矢継ぎ早に繰り出される攻撃は、標的を虜囚とし防御に転ずることを許さない。

 『空断』(からたち)。神速を用いて間をおかず攻め立てる。至近距離において無類の攻撃速度を誇る嵐のような技だ。


 攻撃の回数が三桁を超えた。

 斬りつける鮮やかな音と、殴打する鈍い音が交互に鳴り続ける死の演奏を終えた時、シラの左腕からは全ての肉がそぎ落とされ、肘から先は骨のみとなっていた。

「腕が、腕がぁあああ!」

 変わり果てた腕を目にして、シラはさらに絶叫を上げた。胴の痛みを忘れ、体を大きく動かして取り乱す。


 死を司るはずの神が一瞬にして恐怖に支配された。

「なんという技だ!?こ、このままでは、我は死ぬ!こうなれば、あれを・・・」

 動揺する目で何かを探し視界にそれを捕らえると、シラは剣を地面に突き立て土を礫にしてサイガに放つ。

 ほんのわずかの目くらまし。当然この程度で撒けるわけがないと理解するシラは、わずかの魔力を礫に宿してサイガに纏いつかせた。粘度のある糸のような魔力が、サイガの動きを鈍らせる。


 シラはサイガに背を見せて駆け出した。狙うのは、這いずる姿勢でメイに近づこうとしているリンだ。失った肉体を補うために、さらに捕食するつもりなのだ。

 今だ揺れる世界に抗い続けるリンに、その身を貪ろうとシラは大きく口を開けて駆け寄る。

「ふははは、二人一緒にいるか。ならば、肉体も魔力も同時に取り込んでくれる!」

 意識が朦朧としながらも、リンは迫り来る悪しき意を感じていた。メイを庇おうと必死に睨む。

「無駄なことを。さぁ糧となれ・・・」


 甘美な獲物まであとわずかというところで、大きく開かれたシラの口、下顎に何かが触れた。

 黒く堅固な塊。それはサイガの靴底だった。

 シラの思惑を読みきったサイガは、体に纏いつく闇の魔力を光の魔法珠で払うと、シラを追撃した。

 サイガはシラに追いつくと同時に攻撃を敢行した。前に出るのではなく、上方から飛来して顎に足をかけ、体重と降下の乗算で開かれた顎を一気に踏み抜いたのだ。


 下顎を強制的に乖離させるほどの強烈な踏み抜きは、リンの肉により強化されたはずのシラの足をもつれさせ、地面に頭から突っ込ませた。顎関節の部分は肉と骨が露出し、血が流れる。

「あまり無様な姿をさらすな。神ならもう少し堂々としたらどうだ?」

 下顎を踏みにじりながら、サイガはシラに神としての心構えを説く。

 一方のシラは、敵とはいえ同じ人型をした者の下顎を躊躇無く踏み抜くというサイガの行動に、さらなる恐怖を抱いていた。

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