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第112話 「無念の涙」(バトル)

「く、ふふ、ふははははは・・・」

 リンとシラの間に沈黙が訪れて数秒の後、湧き上がるような笑い声が聞こえてきた。

 声の主はシラで、うずくまったまま肩を震わせて笑っていた。

 笑い声を発し続けながら地に手を着くと、シラは上体を起こして立ち上がる。その姿は数十秒前までのシラから大きく様変わりしていた。

 十代の若者のようだった細身の体から、鍛錬を積み上げたような成人の肉体へと変貌を遂げていた。明らかにリンの細胞が作用していたのだ。

「ふはははは、なんだ、この体は。全身に力が満たされて溢れ返らんばかりではないか!」

 高揚したシラの声が聞こえた。リンの細胞がもたらした効果は、肩の一片であっても神の肉体を新たな段階へ押し上げるには充分だったのだ。


「ふふ、さて・・・」

 愉悦の笑みを浮かべて、シラが指を鳴らした。黒い炎が全身を包む。

 炎が収まると、シラの体からは全身に纏っていた黒い鎧が消え去り、関節各所の機動性を重視した革鎧のようなものへと変わった。色は変わらず黒一色だった。

 装いを改めたシラがリンへと顔を向ける。リンはまだ乱れる世界に体を震わせていた。

 傍らまで歩み寄ると、シラはたゆたう意識のリンの髪を左手で掴み頭を持ち上げた。自らもわずかに体をかがめて顔を近づけると、笑いながら語りかけた。

「暴風よ貴様の体が、我に鋭気を取り戻させた。この全身に漲る力の迸り、さながら貴様の肉は凝縮されたエリクサーであるな。感謝しているぞ我の第二の母よ」

 悪態に満たされた言葉をリンに浴びせた。第一の母は母体となり、魔力を奪ったメイのことだ。

 掴まれた髪に引っ張られた顔で、リンはかろうじてシラを睨む。


「まだ世界が揺れているのだろう?当然だ、我が魔力によって貴様の三半規管は完全に機能を失っている。立つことすら出来んこの状態、貴様は最早、自慢の力を発揮することはかなわん。あとは我が手によって、なぶられて死ぬのみよ!」

 意趣返しといわんばかりに、シラの右拳がリンの顔面に打ち込まれた。

 大きく変貌を遂げた頑強な拳に打たれ、リンの巨体がのけぞって浮き上がった。その威力は正にリンのそれそのものだった。

 崩れ落ちる巨体に、追撃の拳が下方から腹部に刺さる。

「げぅっ!」

 押し出された肺の空気が、濁った音を立てて口から漏れた。


 自身の拳の威力にたまらず体が反応し、リンは両手で腹部を覆った。

 痛みに口を閉じることをを忘れ、唾液を垂らしながら両膝を着く。

「いい位置だ」

 がら空きの顔に、正面からシラの正拳が打ち込まれた。鼻骨の折れる音と共に、リンの巨体は数回地を後転してうつぶせに倒れた。

「ふははははは、いい姿だなリン・スノウ。泥の味は格別だろう。さて、止めを刺してやろうか。そしてその肉、全てくらい尽くして更なる我の力へと変えてくれよう」

 倒れたまま動かないリンへ、シラは悠然と歩を進める。


 距離を縮めるシラの背を、微弱な炎と氷が叩いた。足を止め後ろを見ると、伏したままシラに向かって手をかざすメイとナルの姿があった。解析魔法に侵された体で精一杯抗い、足止めの魔法を放ったのだ。

 しかし、激痛に耐えながらの魔法は集中と精彩を欠き、子供の戯れ程度の役割しか果たさない。

「ふん、無力だな。貴様らはそこで見ているがいい、そして仲間の命一つ救えぬ自身を悔やみ続けろ。そのあとは、貴様らも順に喰らってやるぞ」

 メイ、ナルをそれぞれ一瞥すると、シラはリンに向き直る。そこには、痛みと擬似的な酩酊状態の中で、かろうじて立ち上がったリンの姿があった。

「ほぅ、その状態で立ち上がるか。やはり貴様だけは並外れているな」

「わ・・・わだ、くしの・・・せいで・・・なんて・・・そんな汚名・・・」

 安定を欠いた体を左右に大きく揺らしながら、リンはシラを睨みつける。

「なんだ、己の体が窮地を招いたことに対する責任でも感じているのか?ならば、その想いごと、我の剣で断ち斬ってくれよう」


 シラが右手を横に構えた。離れた位置で転がっていたシラの黒い長剣が吸い付くように手中に飛び込んでくる。

 微笑みながら切っ先をリンの首筋に当てると、刃を真横に走らせた。鮮血が飛ぶ。

「む、我の剣をで斬れぬとは。ふふ、素晴らしいな」

 首を切断したつもりだったが、密度の高いリンの筋肉は首という急所ですら刃の侵入を妨げた。傷は深くはあったが、致命傷には至らなかった。

「一度で断てぬなら、再び斬れば良い」

 シラが剣を内側に振りかぶった。外に払う形で首を切断するためだ。



「さ、サイガ。さすがにまずいよ。このままじゃあ、本当に殺されてしま・・・」

 リンの窮地に、狼狽したセナが救命の懇願のために背後のサイガに振り向いた。しかし、そこには既にサイガの姿は無かった。

「え?さ、サイガ?」

「セナさん。あ、あれ!」

 姿を消したサイガを探すセナを、エィカが呼ぶ。

 セナがエィカを見ると、エィカはリンの方向を指差していた。そこには既にシラに飛び掛るサイガの姿があった。


「死ねぃ!」

 シラの黒い剣が横薙ぎで放たれた。

 命の危機にあって、防御の動作すら出来ないリンの首に刃が触れる直前、その黒い殺意の刃を反対方向から黒い影が押し返した。

 黒い影の正体は勿論サイガだ。

 神速で参じたサイガは忍者刀でシラの剣を弾くと、シラの反応が追いつく前に体の上下を反転させる。

 片手を地に付け、片手逆立ちの姿勢となったサイガは、回転の力を利用した膝をシラの顔面に叩き込んだ。

 防具で固められた膝の一撃は、リンの肉で強化されたはずの鼻骨と頬骨を容易く砕いた。

 勢いと衝撃に押され、たまらずシラは数歩後退して左手を顔に当てた。顔からは大量の血が流れ落ちる。


「き、貴様!サイガ!いまさら何のつもりだ!?」

「これ以上はさすがに看過できんからな。邪魔をさせてもらうぞ」

 上下を戻したサイガは、そう言うと前進して、再び同じ膝蹴りを放った。次の標的は手の当てられていない胸。重い一撃が衝撃を走らせる。

 シラはさらに後退して痛みにもだえていた。そこに煙幕弾を放ち煙に包む。

 

 作り出した隙の合間に、サイガは振り返ってリンに向き直った。

 サイガの登場に安堵したのか、リンの体から力が抜けて前のめりに崩れだす。すかさずその体をサイガは抱きとめた。

 リンの肩は震えていた。落ち着かせるために手を添えたまま、サイガはゆっくりとリンをその場に座らせた。限界なのは明らかだったからだ

「ありがとう・・・でも・・・ごめ・・・な・・・さい。私では・・・勝てな・・・メイの・・・うっうう・・・」

「ああ、まかせろ。メイの恥辱はおれが雪いでやる。安心しろ」

 リンは泣いていた。自身の手で友のあだをうてないことへの無念が、涙となって目からあふれ出て、声と全身を震わせる。

 サイガは優しく肩を抱き、背をさすっていた。まるで子供をなぐさめるように。

「リン・・・泣かないでぇ。私は、平気だから・・・お願い・・・泣かないでよぉ」

 自分のために流される涙を見て、メイの目にも涙がにじみ、声を震わせる。


「なるほどな、こいつらの誇りをたてたというわけか。仲間想いな事だな」

 魔法で煙幕を払い、シラが姿を見せた。

 軽くリンの頭を撫でて落ち着かせると、サイガはシラに向き直る。その目からは光が消え、既に『無』の状態が発動していた。

「!?貴様、なんだその目・・・」

 光の消えたサイガの目にシラが気をとられた瞬間、サイガの姿が消えた。

 『無』の状態によって、サイガは経験基づいた最短の攻撃を仕掛ける。その場所はシラの死角の直上、わずかに残る煙幕に身を隠す二重の隠行で奇襲をかけた。


 左腕を上げ、シラはサイガの忍者刀を受け止めた。その対応に、サイガは即座に刀を引き距離をとる。

 強靭なリンの肉体は、並みの魔物程度なら両断するサイガの斬撃を筋肉で防いだのだ。しかしそれでも、その刃は切断はせずとも骨に達していた。

「この肉体に血を流させるとは・・・やはり貴様を真っ先に片付けねばならんようだな」

 魔力で傷を塞ぎつつ、シラは切っ先をサイガへと向けて宣言した。

読んでいただいてありがとうございます。

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