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第111話 「執念の神」(バトル)

 死を司る邪神の黒い剣の切っ先が、魔炎メイ・カルナックの左胸をえぐる。

 ぐじぐじと肉と血をかき回し、穴を広げる。

「い、いやぁ!がぁ、うあああああ!くっ、ひっひぃ」

 刃と切っ先が肉と骨を傷つける度にメイは悲痛な叫びを上げる。刃の傷みと神経への痛み、二重の激痛に襲われているのだ。それも当然の反応だった。


 メイをなぶるシラに、ナルは「悪趣味な真似をやめろ!」と、殺意のこもった視線を向ける。

 しかし、この行為はシラの本意ではなかった。

 本来なら、一突きで心臓を貫通し息の根を止めるはずだったが、消耗したシラには肋骨を突き抜けさせる力すら残っていなかった。

 その結果、メイの胸をえぐり続け、なぶることとなったのだ。

 シラはシラで、己の非力に怒りを覚えていた。

「なんという、なんということだ!我には、女の柔肉すら斬る力も残されていないというのか!?こんな華奢な骨すら断てんのか!?」

 現状を繰り返し呟くことで強く認識して、シラは絶望に沈んだ。

 次第にその絶望は怒りと解け合い、心を支配するとシラを凶行へと走らせる。

「ならば、せめてその顔を二目と見れぬよう刻んでくれる!醜悪な姿となって、死に様を語り継がれるがよい!」

 シラが剣をかざした。剣の自重に任せて、刃を顔に叩きつけ刻む目論見だ。



「さ、サイガ、まずいよ。このままじゃメイ様が・・・」

 窮地のメイを目の当たりにして、セナがすがるような目をサイガに向けた。

 しかし、サイガは微動だにせず、その一連の流れを見守っている。

「なぁ、どうしたんだよ。助けに行かないのかい?あんたなら止められるだろう?」

 動きを見せないサイガに業を煮やして、セナは声を張り上げる。

 怒りを露にするセナを、サイガは手を差し出して制した。思わずセナは黙る。

「セナ、これは誇りの戦いなんだ?」

「え?・・・誇り?どういうことだい?」

 サイガの発した誇りという言葉の真意をセナは問うた。

「あのシラがメイの細胞を素に造られたことを知ったとき、リンは壁を蹴り破って突入した。激しい怒りを見せたんだ」

 激怒したリンの様子と真意をサイガは語った。

「あの時、リンは短い時間とはいえ、我を失っていた。そしてそれは友を汚されたことから来たものだ」

 リンの心中を理解し、セナは静かに頷いた。サイガは続ける。

「その友を汚した存在との決着は、友である自分達でつけることをリンとナルは望んでいる。関係の薄いおれ達はできる限り手出しは控えるべきだ」

「で、でも流石にこのままじゃ・・・」

「大丈夫だ。見ろ」

 あわてるセナをサイガが促した。セナは再びメイたちを注視する。



「き、貴様。ふざけるな、やめろぉ!」

 ナルが、動けない体で声だけを振り絞って叫んだ。

「うるさいぞ。及ばぬことを悔やみながら見ているがいい」

 剣を握るシラの手が、剣の重みに耐えかねて力尽き、前方に向かって傾倒を始めた。角度が水平に近づくにつれ、速度を増す。

「メイーーーーーー!」

 ナルの叫びもむなしく、黒い剣がメイの顔に深い切創を刻む。と、思われた一瞬手前、紙一重のところで黒い剣が止まった。


 剣を止めたのは右から突き出された一本の手だった。手は剣を握るシラの手を掴み、その憎悪に満ちた攻撃を中止させたのだ。

 シラは腕の主を睨み、姿を目にすると、驚きのあまりその名を叫んだ。

「な、なんだと・・・なぜ貴様が、なぜ貴様が動ける!?リン・スノウ!?」

 腕の主はリンだった。左手でシラの右手を握っていた。


 戸惑うシラの問いに、ナルは笑いながら答えた。

「先ほど申しましたでしょう。解析魔法からの神経へ攻撃は、私は経験済み。と」

「経験済み?だからなんだと・・・ま、まさか・・・」

「ええ。その攻撃、もう慣れましてよ」

 リンの発言に、シラをはじめ全員が耳を疑った。神経という、抗いようの無い箇所への攻撃に耐性を得たというのだ。それも、たった二度の経験で。


「私の友の命を汚すだけでなく、顔までも刻もうなんて、いい加減になさい!」

 左腕に力を込めて、剣を掴んだ右手を持ち上げる。上方に流れるシラの体を引き寄せ、正面に向き直らせると、リンは右の拳をがら空きの腹部に下方から打ち込んだ。


「ぐばぁ!」

 口から吐瀉物を吐き出す音と共に、シラは宙を舞った。強制的にメイから引き離され、受身も取れずに地面に落下する。手放された剣が音を立てて落ちた。

 仰向けに倒れたシラに、リンが歩み寄る。

「女の顔を刻もうなんて、下劣にも程がありますわ。メイの体を、魔力を利用しておきながら、性格は陰湿ですの・・・ねっ!」

 頭を左手で鷲づかみにすると、強制的に立ち上がらせ、顔面に拳を叩き込む。さらにメイとの距離が開く。

 崩れ落ちて膝をつき、天を仰ぐような姿勢のシラに、リンは渾身の右拳を、低位置の顔面に向けて掬い上げるようなアッパーで放った。

「私達の怒り、しっかり味わいなさい!」

 怒りを握り込み、岩石のような強固な拳が血にまみれた顔面へと迫る。

 しかし、ここでシラは更なる足掻きを見せた。再び目から光を放つと、解析魔法を通じてリンの三半規管に魔力を送り込み、その平衡感覚を狂わせた。


「な・・・!?」

 突然、リンの視界が揺れて天地が反転した。拳は空を切り、空振りの勢いにつられて足は浮き、今度は自身が地を舐めることとなった。

 頭部をしたたかに叩きつけ、リンの脳は激しく揺れた。

 脳と三半規管に同時にダメージを受け、リンの世界、視界は上下左右がめまぐるしく回転し、入れ替わり続ける。

「な、なに、これは?う、ぐ・・・げぇ!」

 激しく歪み回転する視界は、極度の船酔いの症状に似ていた。リンの脳と体は処理が追いつかず、胃の内容物を一気に吐き出した。

 手と足が立ち上がるために地面を探すが、視界と脳の認識が逆転した状態では、瀕死の昆虫のように空を掻く。


「ふ、ふふふ・・・貴様の三半規管に我の魔力を流し込み損傷させた。こっちは未経験だったようだな」

 血にまみれ、瀕死の状態ながらも、シラは笑う。肉体は限界だが、魔力はヨ・マーの最後の供給によって、その体を支え、繊細な器官を攻撃するだけの量を残していたのだ。

「さあ、我が糧となるがいい」

 そう言うとシラは、脳の制御が働かず、脱力して痙攣するリンに覆いかぶさった。

「!?な、なにを・・・ぐっ!」

 その不可解な行動に戸惑う前に、リンの肩に激痛が走った。シラが肩口に歯を立てたのだ。


「か、噛みついた?なにをやってるんだいあれ?」

 セナを初めとして、シラ本人以外その意図を知る由も無い行動だったが、サイガは一つの推論を口にした。

「まさか、ティエリアのときのように、リンの力を摂取しているのか?」

「え?摂取って、そんなこと・・・」

 否定しかけて、セナは言葉を止めた。事実、シラはティエリアの心臓を食することで解析魔法を習得しているのだ。

「では、リン様の力を取り込むことに成功したら、シラは・・・」

「ああ、リンの強靭な肉体を手にするかもしれない」

 エィカが不安を口にし、サイガは絶望的な結論で答えた。


「ぐぅうううう、ぬぅ!」

 魔力で補強した咬合力を発揮し、シラはリンの肩を一口分噛み千切った。

 肩をえぐられたリンは、絶叫を上げながら傷口を押さえてシラを振り払う。

 腕に押された衝撃で、シラの体は数メートル横転した。

 満身創痍の二つの体が横たわったまま沈黙が訪れた。

読んでいただいてありがとうございます。

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