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第108話 「大・暴・風」(バトル)

「なんとまぁ、ほぼ無傷とは。彼女は本当に人間ですか?ビリムの歯は鉄すら軽々と噛み切るのですよ。大型の魔獣でも瞬く間に骨も残さず消えるというのに・・・」

 理解をこえるリンの頑丈さに、ニムリケは言葉を失い呆然としていた。

「相変わらず、耐久力は人外規模だな。あいつなら、例え地割れに巻き込まれてもこじ開けて出てくるだろうさ。・・・ん?」

 どこか誇らしくリンを見つめていたナルが、異変に気付いて言葉を止めた。

「どうした?ユリシーズ」

 ナルの変化に、ジョンブルジョンが顔を向けて尋ねた。

 

 美の化身と呼ばれるナル・ユリシーズの顔は常に美しく保たれている。

 それは、戦闘中であろうが、睡眠中だろうが、一切乱れることは無い。それだけ、ナルは己の美に誇りを持つ。

 だが、そんなナルの眼に、わずかに恐怖と動揺の色が見て取れた。その視線が捕らえるのは変わらずリン・スノウだった。

「ど、どうしたというのだ?スノウに何あるのか?」

 ジョンブルジョンはリンに視線を移した。

 金色の髪に整った顔立ち、高い身長、分厚い筋肉、湯気のように溢れ出る闘気。拘束を解いた直後の荒い息。そこには相変わらず大型の魔物と見まがわんばかりの雄々しい戦乙女の姿がある。

「全くわからんな。普段どおりリン・スノウだ」

 ぽつりと独り言をつぶやくと、ジョンブルジョンはナルの顔へと視線を戻す。その顔を見て驚愕した。美を保ち続けているはずのナルの顔に冷や汗が浮かんでいたのだ。


「ジョンブルジョン、こいつを連れて逃げろ!」

 ナルが声を張り上げた。ニムリケとともに避難することをジョンブルジョンに促した。

「どういうことだ?少しは説明しろ!」

 たまりかねて、ジョンブルジョンは強くナルを問いただす。その直後、背後から怒りにまみれたリンの絶叫が聞こえた。


「ああああああ、もうっ!なんなんですの!?つまらない雑魚ばっかりで、全然楽しくありませんわ!はぁっ、はぁっ、はぁっ!体の疼きが・・・苛立ちが・・・治まりませんわ!ぐぅううううう!」

 うめき声を上げながら、リンは頭を掻き毟る。歯を食いしばり、鬼神のごとき表情で怒りと苛立ちを露にする。

「強い敵!私を満たしてくれる敵はいませんの?ああもう、誰でもいいですわ、私と戦いなさい!」

 二つ名の如く暴風の叫びを上げて、リンは渇望を口にする。そこには普段の優美な物腰は微塵も見られない。闘争を好む一匹の獣の姿がそこにあった。


「まずいぞ、メイ!早く決着を付けろ!リンがキレた!」

 身を翻して、ナルは奮戦中のメイに大声で警告を発した。それをうけて、メイは攻撃を続けながら、返事をする。

「はぁ?キレたって、どういうことよ?あんた何かやったの?」

「私がそんなことするか!どうやら、雑魚を掴んだせいで、戦闘の欲求不満が限界を突破したようだ!」

「こっちは手が離せないんだから、そっちは、あんたがどうにかして!今、リンに暴れられたら、取り返しつかないわよ!」

 二人の間に、一気に緊張が走る。それは、この状況が事態の悪化を招きかねないことを語っていた。


「どういうことだ、ナル?リンがキレたらどうなるんだ?」

 強張る表情のナルに、サイガが尋ねた。二人のやり取りに、ただならぬ気配を察して、リシャクをセナに預けると説明を求めて隣に駆けつけたのだ。

「単純な話だ。キレたあいつは、その欲求が満たされるまで、好敵手を求めて暴れ続ける。まさに、暴風と化してな」

 ナルは重々しく語った。


 かつて学生の頃、高等部一年生だったリンは、接近戦において諸先輩を差し置いて、全校一位の成績を誇っていた。

 当然、上級生からしてみれば目の上のタンコブであり、特に戦闘科の男子生徒からは疎ましく思われていた。

 そんなある日、リンに戦闘科の上級生から決闘が申し込まれた。

 結果はリンの圧勝で、十人の挑戦者を軽くあしらった。が、これが良くなかった。実力の及ばなかったことに不満を覚えたリンは、今回同様、不満を募らせ怒りに任せて暴走をした。

 暴走は長時間に及び、その怒りを解消するためにとられた方法が、この状況を引き起こした上級生達のけじめの組み手だった。

 挑んだ総人数は四百人。計十二時間にわたる長丁場となり、現在でも伝説の一夜として語り継がれている。

 それほど、リンの怒りは激しく強く、持続するのだ。メイとナルはそれを恐れていた。


「貴殿のその様子から察するに、放っておくとかなりの惨事を招きそうだな」

 ニムリケの拘束に注意を払いながら、ジョンブルジョンはリンとナルを観察して状況を呑み込んだ。

「ならばおれが行こう。リンを大人しくさせればいいんだろう?少々手荒くなるが、リン相手に加減する余裕は無いからな。そこは目をつぶってもらうぞ」

「ああ、頼む。それに多少の怪我は、あいつは逆に喜ぶだろうな。援護はさせてもらうぞ」

 対処を申し出たサイガに、ナルは全てを託した。サイガの実力であれば、リンの負傷を出来る限り押さえられると踏んだのだ。


「どうやら、その必要はなさそうですよ。あれを御覧なさい」

「なに?」

 意気込む二人に、ニムリケが水を差した。指し示す方向に目をやると、そこには再び増殖し、リンを取り囲むビリムの群れがいた。そろって、恨めしそうに牙をむいている。

【雑魚だと?言ってくれやがって、クソ女!こうなったら、限界数まで増やした分身で、一斉に噛み切ってやるんだな!】

 理解できない金属音のような言葉で、ビリムはリンに怒鳴る。その数は怒りに比例してか、百を超える大軍勢になっていた。


「な、なんだ、あの数は?あれが上限というヤツなのか?」

「ええそうです。ビリムは一体でも残っている限り、百以上の分身を同時に生むことが可能なのです。そして、先ほども言ったようにその量は無限です。いくらあの女が化け物じみた体力でも、消耗戦となれば分は圧倒的にビリムにありますよ。キレようがキレまいが、おしまいでしょう」

 ナルの問いかけに、ニムリケはほくそ笑んで答えた。

「だといいがな」

 呆れたようにナルは呟いた。そこには友に対する信頼も含まれていた。


「なめるんじゃないわよ!雑魚がいくら増えたところで、数の多い雑魚になっただけですわ!」

 落胆と怒りを含んだ怒号が、雷鳴のようにビリムの鼓膜を劈く。その声は遠い位置のサイガたちの体をも震わせた。

 リンが両手を広げ前方に伸ばし、掌を下に向けた。その手には、片方三本ずつ、計六本の鎖が垂れ下がる。

 鎖を鞭のように振り回してビリムを駆逐するつもりか。と、サイガはかつての試合の対戦の経験から、リンの行動を予測したが、それは外れた。リンは腰を落として地面を踏みしめると、体を安定させて両手の鎖をその場で振り回し始めたのだ。

 高速回転する鎖は、次第にサイガの動体視力を持ってしても捕らえることの出来ないほどの速度に到達した。

 怒声に代わって、異質な金属音が鳴り響き始めた。


「ナル、一体、リンはなにをするつもりだ?」

 そう言いながら振り向いたサイガが目にしたナルの顔は、すっかり青ざめていた。

「おまえたち、全員何かにつかまれ!いや、今すぐ離れろ!巻き込まれるぞ!」

 その美しい作りの顔が崩れることをいとわないほど、ナルは大きく口を開けて叫んだ。

 鎖の音と勢いは、さらに激しさを増していっていた。


【な、なんだ?体が引き寄せられるんだな!】

【ひ、ひぃぃぃいいいいいい!!】

【か、風がぁあああ!風がぁあああ!】

 ひしめくほどに増殖していたビリムの絶叫が、重奏のように墓地に響く。

 リンが振り回す鎖は、加速と共に巨大な風の渦を作り出した。

 渦は次第に規模を威力を増し、強い吸引力を生み、周囲にある、あらゆるものをその内に喰らい始めた。その第一の犠牲者はビリムだった。

 暴風の渦はミキサーと化し、吸引したビリムを鎖で粉砕した。しかもその威力は、徐々にではなく鎖に触れた瞬間に肉も骨も粉になるほどだった。

【いかん、このままでは一網打尽で全滅する!全滅したら復活できない!まずい!】


 暴風に逆らい、ビリムは必死にその数を増やし続けた。だが、復活したそばから吸引され粉砕される。

 無限の増殖はその風の勢いに抗うかと思われたが、引力は徐々に復活の位置をリンに近づけていた。

 距離が近づくにつれ、次第に復活と粉砕のサイクルはその期間を縮め、先ほどまでは満たしていた分身の上限数に達することなく、数を減らしていく。

【た、たすけ・・・ぎぴっ!】

 最後の一体の抵抗もむなしく、ビリムは残らずその身を渦に飲み込まれ粉砕された。

 リンの怒りの暴力が、無限増殖を上回ったのだ。

 

 だが、ビリムを駆逐し終えても、その風は止まることを知らなかった。

 リンは鎖を振り回し続けながら、重く一歩を踏み出した。

「こんな羽虫のような雑魚では足りませんわ!メイ、その大きいのを私によこしなさい!」

 腹をすかした餓鬼の如く、糧を求めて暴風は歩み寄る。

「じょ、冗談じゃないわよ!そんな状態で近いづいてくるな、バカ!」

 暴風の吸引の影響力は炎にまで及び、リンに向かって揺らぎ始めた。

 事態は思わぬ方向に崩れ始めた。

読んでいただいてありがとうございます。

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