第105話 「血の盟約」(バトル)
シラをかたどった暗黒樹の木像が地面に落下して、轟音の地響きをたてる。
顔から地面に突っ込んだ木像は、うつぶせの姿勢で呻き声をあげてもがく。
「よし、一気に畳み掛けるぞ!」
暗黒樹の両断された姿を見て、好機と判断したナルが檄を飛ばした。攻撃に参加していた六姫聖とジョンブルジョン。出番の無かったサイガ、セナ、エィカもをそれに続いた。
「させませんよ」
前進する戦士達の前に、地獄の将達が飛び入り立ちふさがった。ニムリケが一歩前に出て口を開く。
「やらせるわけにいきませんな。われらには血の盟約がありますゆえ」
「血の盟約だと?まさか、それがお前たちがこれまで命を賭してでもシラを介助し続ける理由か?それだけで命を捨てているのか?」
「そのとおりですが、おや?納得がいきませんか?」
ナルの反応は当然のものだった。盟約の重要性は承知の上だが、それはあくまで命あってのものだ。死をもってしても遂行するという将達の思考と行動が理解できなかった。
「あなた方に納得、理解してもらう必要はありませんが、我々はあなた方とは命の軽重の感覚が違います。一度死ねばおしまいのあなた方とは違い、我らは数年で復活します。勿論、復活に際しては幾分その格を落としますがね」
ニムリケは淡々と言ってのける。
「なるほど。復活の機会があるから、こうも簡単に後ろを取らせるわけだな」
ニムリケの後ろにはサイガの姿があった。遠方から見れば一人と錯覚するほど密着し、首には忍者刀をあてがっていた。
「こ、こいつ、いつの間に?」
「全く見えなかったんだな。こんなやつ初めてだな」
蠱毒の主リシャクと暗がりの鬼子ビリムが反応するが、ニムリケに必殺の距離のサイガには対応できずに固まった。
「ふふ・・・確かに、我らの死への警戒心はあなた方に比べ、いささか軽薄でしょう。だが・・・」
ニムリケはわずかに笑いながら語った。そして、次の瞬間、サイガとニムリケの間に違和感が生じ、サイガを後方に弾き飛ばした。
弾かれ乱れた体勢を整え、サイガは着地する。
「なんだ、なにが起こった?」
違和感の発生した場所、ニムリケの背にサイガは目を凝らした。そこには空間をゆがめる円形の障壁があった。続いてニムリケの影から、ローブを目深に被り奥から目の光だけを見せるヨ・マーが浮き出るように現れた。
「助かりましたよ。あの男の、後一秒あれば私の首を切るつもりでしたからね。いやいやおそろしい、我々よりもよっぽど冷徹だ」
首をさすりながらニムリケはサイガを一瞥する。その心の内の暗い部分を見据えるようだった。
ヨ・マーがもがき続けるシラの木像の上に飛び乗った。両手を広げると、身をかがませ両手を木像に着けた。
「!?なんだ、なにをするつもりだ?」
目的は不明だが、サイガはその行為が看過出来ないものであることは理解した。すかさず、炸裂弾を着けたクナイを投じる。
サイガと同時に、ナルも行動を起こしていた。ハチカンの砲弾がクナイと並走してヨ・マーに迫る。
だが、標的のヨ・マーの遥か手前、木像にすら届かない位置で、クナイと砲弾は障壁によって阻まれた。
「ムダ、ダヨ」
片言の言葉でヨ・マーは告げた。
ヨ・マーの体が木像の中に沈んだ。その際にフードがめくれ、顔が露出された。そこにあったのは、人物の顔ではなく、黒いモヤと目の位置で光る小さな光だった。ヨ・マーは何かが人の形を模したものだったのだ。
「ま、まさか・・・あれは・・・」
一連の行動から、ナルはヨ・マーの正体とその目的を推理した。そして、叫んだ。
「いかん!あいつを止めろ!あれは地獄への門が擬人化したものだ。シラに地獄の魔力を供給する気だ!」
「その通り。ヨ・マーは地獄の魔力そのもの。しかし、我らの持てる手札はこれで最後です。盟約の執行、命をもって遂げさせてもらいますよ」
ニムリケの言葉に裏は無い。正真正銘、最後の一手となる。
地獄の魔力の供給を受けた木像はその巨体を腕だけで這わせ、地に残されていた株に噛みつく形で取り付いた。
反応して巨株の根が地表をはがして躍り出ると、木像に絡みつき捕らえる。分断された巨木は再び一つになろうとしていた。
「やらせませんわ!」
リンが飛び出した。鎖を巻きつけた拳を握り締め、道を阻む将達の頭上を一直線に通過する。
【ビリム、あの女は任せますよ】
【わかったんだな】
ニムリケの指示に従い、百センチほどの小柄な体のビリムはリンに取り付いた。振りかぶる右腕にしがみつくと、歯を立てて噛みついた。
「な、なんですのこいつ?鬱陶しい!」
左手でビリムの頭部を掴むと、リンは力を込めて握りつぶした。肉と骨と血が飛び散り、リンの顔を染める。
頭部を失ったビリムの体は脱力して落下した。
「この程度で将が、死ぬ?・・・!?」
ビリムのあまりの脆さに違和感を覚えたリン。その直後、両の太腿に激痛が走った。
見ると、そこには右腕同様に左右の足にしがみつき、太腿に噛みつく二体のビリムの姿があった。
「こ、こいつら、増殖した?」
戸惑いながらもリンは左右の手で一体ずつ頭部を掴むと、またしても握りつぶした。二体が落下する。
リンは前進を止めた。不意打ちを警戒して辺りを見回す。
だが、そんな対策をあざ笑うように、ビリムは攻撃をしてきた。その手段は、さきほどリンが推察したとおり、増殖だった。
頭に、体に、四肢に、無数のビリムが飛びついてきた。小柄とは言えども、その数が数十体に及べば総重量は千キロを超える。
リンは魔力による飛行状態を維持できずに降下した。その間もビリムの鋭い牙と爪はリンの鋼の体に突き立てられ続けていた。
「く、こいつら・・・数が多すぎる。手足が動かせない・・・」
リンの怪力であれば、一撃で葬ることが出来るのは既に証明されているが、その動きすら許さないほど、ビリムはリンの巨体の取り付きその自由を奪っていた。
ビリムによって構成された球が地面に落ちる。底部の何体かが潰されたが、リンに直に取り付く個体は、その体をむさぼり続けている。
多数の敵を相手することを得意としないリンにとって、ビリムとの相性は最悪だった。
「くそっなんだあいつは!リン、すぐに助けるぞ!」
友の窮地に、ナルはハチカンを構え、散弾を放つためにニブダラ弾を装填した。
しかし、発射の直前、蠱毒の主リシャクが口から吐き出した巨大なクモが、ナルに糸を吐きかけて攻撃を封じた。
メイもナルに続いて、リン救出のためにスザクビーツを発動しようと魔力を高めていた。が、リシャクの姿を見るや、おぞましさが勝り、体を硬直させた。
「ふふふ、炎のおねぇちゃん、虫苦手だよね。じゃあ、私がいるなら、おっきいおねぇちゃん助けられないね。役に立たないならさ、虫たちの餌にしてあげる」
リシャクの口から、さらに巨大な虫が吐き出された。球体のように丸まった体の甲殻が地面に転がる。
丸まった体が展開した。節足を広げ地面を踏みしめると、上体を持ち上げ両手を大きく広げた。吐き出されたのは巨大な四本腕のカマキリだった。
四本腕のカマキリ、外側の主腕は鋭い刃を備え、内側の副腕は捕獲のための鉤爪を備える。
メイの正面に立つと、カマキリは副腕でメイを捕らえた。鋭い鉤がメイの柔肌に食い込んで血を垂れさせる。
カマキリは主腕を大きく振り上げた。餌の首をはねるために狙いを定める。
巨大な鎌が振り下ろされた。
次の瞬間、サイガの刃が両の主腕を切り落とし、セナの戦鎚が胴を潰し、エィカの矢が頭部を貫通した。
一切の可能性も無くカマキリは絶命した。
「あ、ありがとう。助かったわ」
体を失い、脱力した副腕がメイを解放して落ちた。
「雑魚は引き受けてやる。メイ、お前はシラと決着をつけて来い」
リシャクに武器を向けながら、三人は応戦の体勢をとる。
メイは三人に送られ、シラの木像へと向かった。
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