第104話 「共同戦線」(バトル)
降下する黒涙が地に迫る。
「これはいかん、今の私の手持ちでは、ロケット弾以上の火力は出せん!」
圧倒的な存在感と質量を誇る黒の雫を前に、ジョンブルジョンをなすすべをなくし、覚悟の一言を漏らした。
「ならば、黙って死と滅びを迎えるより、もてる力全てを出し尽くして、陛下の天下を守る!」
意を決した宣言の通り、ジョンブルジョンは右手で支えられる限界量の武装を展開した。無数の重火器の砲口が黒涙に向けられる。
「くらえ・・・」
無数の砲口から最大火力の砲撃が放たれようとしたその瞬間、黒涙とジョンブルジョンの間に膨大な量の炎が割り込み、その視界を遮った。
「な・・・この炎の壁、まさか・・・」
言葉を失うと同時にジョンブルジョンの頭には一人の人物の名前が浮かんだ。強力な炎を操る六姫聖の魔炎メイ・カルナックだ。
そして、それは的中した。炎が飛び込んできた方向には、炎の壁を制御するメイの姿があった。
「ジョンブルジョン。あんたの忠誠心や愛国心は立派だけどさ、一人でこれの相手するのは無駄死にするようなものよ!」
そういうと、メイは左手で制御する炎の壁『カカ・ウォール』に右手から発動させた、魔を払う『ブリギッドブレス』をあわせることにより、防御と払魔の合成魔法『ラクシュミーラグドル』を作り出した。
聖なる炎で形作られたラクシュミーラグドルが黒涙を包み込んだ。
赤子を抱きとめる両腕のように、決して漏らさず、決して落とさず、おおらかに全体を包むと、徐々に収縮を開始する。
「愛の炎で、燃やし尽くしてあげるわ。ラクシュミーピュリファイ!」
黒涙を包んだ炎が最小まで縮み上がると、軽い小さい音と共に爆ぜた。黒い殺意の雫は浄化され大気に還った。
黒涙を消滅させたメイがジョンブルジョンの隣に降り立った。
「ちょっと、あんたなんでここにいるのよ?地下牢にいるはずでしょ、どうやって脱走してきたの?」
「む、そ、それは・・・」
「大方、暗部の連中に手引きをされたんだろう。ちゃっかりと両手両脚も補っている様だからな」
ジョンブルジョンを挟む形でナルも降り立った。現在の姿からの見解を冷笑を含みつつ述べる。
「む・・・むぅ・・・」
メイに問い詰められ、ナルに図星をつかれ、ジョンブルジョンは返事を詰まらせる。
「まぁいいわ。目的は一緒みたいだし、ここは協力しましょう。まずは住民の平和を守るのが先」
「ああ、感謝するぞ。メイ・カルナック。・・・?貴様、何故服が緑に汚れて・・・」
感謝を述べつつ、ジョンブルジョンはメイを一瞬を見ると、その戦闘服の汚れに目を留めた。当然、疑問が口を衝いて出る。
「それは聞かないで!思い出したくも無い!」
疑問の言葉を断ち切って、メイは場を仕切りなおした。ナルは思わず吹き出した。
少し遅れて、空を飛ぶ手段の無いセナとエィカが合流してきた。
「メ、メイ・カルナック・・・ウゴ、ゴゴゴゴ」
頭上から声が響いた。暗黒樹と化したシラがメイの姿を見るや反応を示したのだ。
五人は一斉に上方を見上げた。
シラは見ていた。
暗黒樹の上部の幹に複数の枝を絡ませ人型を形作ると、木像でシラを再現していたのだ。その像の眼球がむき出しのまま激しく動き、メイ、ナル、ジョンブルジョンの三人を睨みつける。
「どうやら、姿は変わり果てても意識は残っているようだな」
怨嗟の呻きを発する暗黒樹を見上げながら、ナルがハチカンを構えた。警戒の波動が全身からほとばしる。
暗黒樹が揺れた。もたげた首を重々しく左右に振ると、漆黒の葉を撒き散らす。
「今度は葉っぱ?花びらといい、代わり映えのしない攻撃方法ね。ねぇナル、久しぶりにアレやってみる?」
「アレって、アレか?ふ、面白い。私は構わんぞ、ちゃんと制御しろよ」
「あんたこそ、ちゃんと真ん中狙いなさいよ」
メイの提案にナルが賛同した。共に高揚した笑顔を見せる。
「な、なんだ?なにをするつもりだ?」
二人の意図を理解できないジョンブルジョンはその顔を交互に見る。
「ふふ、面白いものが見れますわ。まばたき厳禁ですわよ」
「き、貴様、リン・スノウ!」
ジョンブルジョンの後方上部から、合流したリンが声をかけた。
国王直下の四凶であるジョンブルジョンは本来なら敵対する立場にあるが、最大の敵である暗黒樹に対峙するメイ、ナルと肩を並べているところから、事態を察して声をかけたのだ。その隣には一歩引いて状況を見守るサイガの姿もあった。二人揃って敵対の意思は示さない。
「それで、なにをするんだ?早くしないと葉が到達する。なにが起こるかわからんぞ!」
悠長に構える六姫聖の面々に対し、ジョンブルジョンは焦りの色を見せる。
無風の中、ゆらゆらと舞い降りる漆黒の葉は、その距離を全高の半分ほどに縮めていた。
「それじゃあいくわよ!『コンデンスフレア』!」
メイが右手をかざすと、手のひらの先に巨大な炎の球体が現れた。
巨大な炎の球体が徐々に縮み始めた。熱が凝縮、圧縮され、その密度を増していく。最終的に炎球は、そのあまりの高温にメイ同様に発光を始めた。
「随分と小さく圧縮したな、何センチだ?」
感心した表情でナルは尋ねる。
「二センチ。やるでしょ。この中に、都市一つ消し飛ばすくらいの火力が封じられているわ、私もあれから成長してるってこと。さぁやるわよ!後はあんた次第!」
メイが漆黒の落葉群に向けてコンデンスフレアを投じた。炎の球は真っ直ぐ急速に進み、葉を迎える形で急停止した。
「ナル、やっちゃって!あとみんな、耳塞いで目をつぶって、体も低くして!」
メイに従い、全員がこれから訪れるであろう事態に対して、防御の体勢をとる。
「あれから何年経ったと思ってるんだ。成長してない方がおかしいだろ!」
友の言葉に思わず言い返しながら、ナルは超精密狙撃用砲弾カバカ弾をハチカンに装填した。
「一ミリの狂いも無く中心に届けてやるぞ!カバカ弾、発射ぁ!」
ハチカンの砲口から超低温の魔力が発射された。
魔力は直線に突き進み、宣言どおり直径二センチのコンデンスフレアに狂い無く直撃した。直後、超高温と超低温の魔力が反発し合い、暗黒樹と落葉を全て巻き込んだ氷炎の大爆発が空を埋め尽くした。
爆発の規模は凄まじく、防御の姿勢をとる戦士達の体を激しく叩いて揺さぶった。
「くぅううううう、全身が痺れる衝撃。あの頃より、何倍も威力が増してますわね」
魔力の二重奏を全身で感じながら、リンは感想を述べる。
規格外の威力の炎の魔法と、精密に制御された氷の魔法による反発を利用した魔力の爆弾。
二人がこの魔法を初めて使用したのは、まだレイセント学園生の頃、実戦訓練授業の最中。戯れに二人の魔法をぶつけてみたところ、未熟な二人の魔法は暴走し、学園の半分を消し飛ばす結果を招いてしまった。
それ以来、二人は十年近くこの合体魔法を封じていた。十年弱ぶりでの、ぶっつけ本番だったが、二人は見事に成功させ、落葉を消し飛ばして暗黒樹に大打撃を与えた。
上方を覆っていた水蒸気が晴れた。そこには、爆発により半分以上体をえぐられ、かろうじて持ちこたえる暗黒樹、シラの姿があった。
「オオオオオオ・・・オノレェエエエエエ!」
痛みにもだえ苦しむように、シラの木像は悲痛な声を上げる。
絶好の好機を、ジョンブルジョンは見逃さなかった。
右手をナパーム弾に作り変えると、えぐれた患部に連投して射ち込んだ。
紅蓮の炎が傷口をさらに広げ、シラを追いつめる。大木は大部分を失い、木像部は、自らを支えきれずに爆発と反対の方向へ大きくたわんだ。
「これで終わりですわ。覚悟なさい!」
リンが続いた。木像部をわずかに飛び越すと、前方に体を一回転させ、全体重を乗せた踵を木像の頭部に叩き込んだ。
筋肉、重量、加速。攻撃に関する要素を最大まで詰め込んだ踵落としは、追いつめられた暗黒樹への止めの一撃となり、地獄の大樹を上下に分断した。
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