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第103話 「集う戦士達」(バトル)

 地獄の皇太子シラが変貌を遂げて生まれた全高100メートルの『暗黒樹』は、その内にシラとしての意識を持つ。

 強い殺意のもとに、叫喚した顔が密集して作られた幹を揺らすと、悪魔の指のような枝に漆黒の腐った花を咲かせる。


「な、なんだあれは?」

 墓地の中央に出現した黒く禍々しい大樹に、サイガをはじめサルデス討伐作戦の面々の視線は釘付けになった。

 地の底から這い出した地獄の亡者が天に想い焦がれて手を伸ばしたような一本の樹は、魔力を持たないサイガにも、強い魔力を有していることを雄弁に語っていた。

「あの魔力の感じ、シラですわね。どんな目的かわかりませんけど、気味の悪い樹に変身したようですわ」

 返り血にまみれたまま隣に降り立ったリンが、サイガに大樹の正体を教えた。

「あれがシラ・・・サルデスか。骸骨から青年になってそして大樹になるとは・・・すごいな」

 人造とはいえ、まがりなりにも人の形だったものが樹木へと変貌する。サイガは、改めてここが異世界だと認識させられた。

「とにかく、敵であることは間違いありませんわ。参りましょう」

 リンに促されて二人は暗黒樹へ向かった。



「これはこれは、地獄の神樹を呼び出すのではなく、自ら成るとは。世界の境界を跨がない分、力の純度は増しますが、元の姿に戻れる補償なんてあるんですかね?」

 ギネーヴは、タイラーの戦闘跡地でシュミットの残骸をまさぐりながら、地獄の皇太子の覚悟とも無謀ともとれる行為に所見を述べていた。

 諜報員として膨大な情報と知識を有するギネーヴは、暗黒樹の出現がシラの奥の手であることを、空気を伝ってくる魔力で理解した。

「お、ありましたよ。研究室に無いのでどこかと思いましたが、まさか持ち歩いているとはね」

 シュミットの残骸から、ホムンクルスの胚が保管された試験管を取り出した。シラを誕生させるため、メイを精神的に追いつめる一手として用いた試験管だ。特殊な素材で作られ、タイラーの技の余波に耐えていた。

「まさか、六姫聖の卵細胞の複製が手に入るなんて大収穫ですよ。得体の知れない売込みにも応じてみるものですね。シュミット、あなたの研究成果、無駄にはしませんよ」

 心の無い感謝の言葉を述べると、ギネーヴはジョンブルジョンと合流するため、中央斎場の暗黒樹へ向けて隠行の道を開いた。



 邪教シアンの魔手により、メイをおびき出す囮として使われたレイセント学園の生徒と教徒達を救護馬車に乗せ終えると、タイラーは警備隊に搬送を任せ、中央斎場にそびえ立つ暗黒樹を見上げた。

「よもや、あんなものをこの都市で出現させるとは。不届きも者共め、思い通りにはさせんぞ!」

 教育者そして都市を生徒を預かる長としての責任感と怒りが、タイラーを突き動かす。

 わずかに腰を落とすと、地面を蹴って飛翔した。

 飛び上がると、後方の空間を蹴って直角に進路を変更し、暗黒樹へ向かって超加速で直進した。

「叩き割って薪にしてくれるわ!覚悟せい!」

 活人の怒声は空を振動させた。



  シラが変貌を遂げた大樹の枝は、絵画に描かれる悪魔の腕のように黒く、細く、先端は槍の穂先のように尖り、ところどころに黒い花を咲かせる。花には毒があり、香りは嗅覚を破壊し、触れるもの全てに死を与える。

 暗黒樹が揺れた。黒い大木の黒い枝から落ちた黒い花びらが地面へと降り注ぐ。

 花びらが地面に触れると同時に、接触部から黒い波紋が広がる。地が死ぬ。

 死んだ地からは瘴気が流れ出て、異臭を放つ黒い水が溢れ出し沼を作る。


 黒い水の中から、黒い影が這い出てきた。アンデッドの屍鬼グールだ。

 黒い花が作り出した黒い沼からは、アンデッドが次々に生成され続ける。

 次々と黒い沼から這い出してくるグールは、低いうめき声を上げて徘徊を始めた。その動きに目的意識は無く、生あるものを食するためだけに動く。足は自然と市街地へ向き始める。


「行かせるわけにはいかんな」

 言葉と共に散弾が打ち出された。

 命中したグールの群れが肉片と化して飛び散る。

「市街地に出て市民を襲おうとしているのだろうが、民一人一人が陛下のものである。お前らのような愚劣な魔物には手出しさせんぞ」

 散弾でグールを砕いたのは、王に対し絶対の忠誠を誓うジョンブルジョンだ。構築魔法で右手の義手を大口径の散弾銃に作り変え、砲弾規模の散弾を発射したのだ。

「それにしてもこの義手は素晴らしいな。収納魔法と構築魔法の組み合わせで、作成できる武器の幅は無限大じゃないか。王都に帰還の際は、ドクターウィルに礼を言わねばならないな」

 惚れ惚れした表情で義手を撫でながら、ジョンブルジョンは悦に入る。


 更なる花びらが上空から舞い降りてきた。地に落ちると、先ほど以上の規模の沼を作り出した。沼からはすでに大柄なグールが数体顔を覗かせる。

 ジョンブルジョンはすかさず、花びらが作り出した沼に向かって右手を構えると、左腕の収納魔法の魔法珠に収められている素材を取り出し、右腕の構築魔法の魔法珠で右手を作り変える。

 複数の複雑な工程を経て、右手が形を変えた。手首から先が楕円形のナパーム弾となる。

「巣穴ごと焼き尽くしてやるぞ!」

 ナパーム弾が撃ち出された。黒い沼に消えると、直後に炎の柱が立ち上がり、グールと黒い沼は共に消滅した。

 間をおかずに再び右腕にナパームが構築、装填される。

 連続してナパームが沼に投じられ、全ての沼を焼き尽くして暗黒樹からの攻撃第一波は退けられた。


「花びらを落とすだけでグールを召喚する陣を生み出すとは、さすが神だけはあるな。しかし、この規模の攻撃を気軽に連発されてはたまらんぞ」

 弾頭を失った右手を手の形に戻し、ジョンブルジョンは恐るべき攻撃手段をもつ敵を見上げた。

 シラの面影を残す幹は、表皮を蠢かせて表情を作る。

 雑兵の使役が失敗に終わったことを知った暗黒樹が、次の手段に打って出た。

 悪魔の腕のごとき枝を伸ばすと、遥か下方のジョンブルジョンへと向ける。

「次か来るか?まあいい、どんな攻撃だろうが、この構築魔法で迎撃してくれる・・・ん?」


 右腕を構えたジョンブルジョンの目に謎の物体が映った。暗黒樹の差し出した手のような枝の先に、黒い球体が発生していたのだ。

「なんだ・・・あれは?」

 先ほど発生した黒い沼を宙に形成したと、魔力を殆ど持たないジョンブルジョンは予想した。

 そして先ほどと同じく右手を迎撃用の火器、小型ロケット弾に作り変えると、黒い球体に向けて発射態勢に入る。

「なにを呼び出す気かは知らんが、完成する前にこれで撃ち落す!いけぇ!」

 ロケット弾が黒い球体へ向けて発射された。激しい炎の尾を引きながら撃墜に向かう。


 ロケット弾に対抗するように、暗黒樹の黒い手の枝から黒い球体が落下を始めた。

 黒い球体と砲弾の距離が縮まり、触れた。その瞬間、ロケット弾は爆発することなく、無音のまま球体に呑まれた。

 球体は、シラが誕生の際、メイに向けてはなった魔法『黒涙こくるい』だった。

 今回の黒涙は、規模は比較にならないほど大きく、圧倒的質量でロケット弾を呑み込んだのだ。

「あ、あの規模はいかん、落ちれば飛沫だけで集合墓地を闇で死の地に作り変えるぞ!」

 球体がもたらすであろう絶望的な事態に、ジョンブルジョンは狼狽し抵抗のための次弾の装填を忘れ、声を上げる。

 死を内包した恐るべき黒球は、神域の脅威を発揮するために急速に地との距離を縮め、その時を迎えようとしていた。

読んでいただいてありがとうございます。

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