第101話 「嫌なものは嫌なのよ!」(バトル)
「いやぁああああ!ムカデぇえええええ!」
耳を劈くほどのメイの絶叫が集合墓地を揺らした。
メイとナルが同時に相手取った蠱毒の王リシャクの操る無数の虫は、飛び回り、這い寄り、二人の嫌悪感をかき立てながら攻め寄せる。
体に纏いつく虫達に、虫嫌いのメイは、ほぼ正気を失っていた。目に付く虫の名を悲鳴と共に叫び続ける。
「いや!いや!ムカデ!ゴキブリ!カマドウマ!クモ!ぎゃああああ!ナルだぁあああ!」
「おい、虫のついでに私で驚くな!少しは落ち着け!たかが虫だ!」
「いやよ、私が虫嫌いなの知ってるでしょ?なんとかして、こいつら全部凍らせて!」
「なにを言っている。駆除するなら、お前の炎の方が適任だろう。いつもみたいに何も考えずに燃やし尽くせ!」
「それはさっきやったわよ。けどこいつら、燃やしたら、すっごい臭い汁出して破裂するのよ。あんなの浴びたら、私絶対死んじゃう。もういや!」
取り乱すメイに振り回されながらも、ナルは二丁拳銃型に変化させたハチカンで、視界を埋め尽くす虫の群れを迎撃している。
ショットガンのように散弾を撒き散らすニブダラ弾を装填し、近距離から小型の虫たちを撃ち落す。
「いやあ!こっちにこないで!」
冷静なナルと対照的に、メイはあまりの恐怖に目を閉じ、敵から目を離すという愚行を犯しながら魔法を放つ。
標的の定まらない魔法が四法八方に乱れ打ちされる。
火炎の波、炎の砲弾、炎の落石、炎の竜巻。様々な形の炎が相手を選ばずに暴れた。当然、味方のナルにもその被害が及ぶ。
「馬鹿!目をつぶって魔法を放つやつがあるか!お前の魔法はただでさえ常識外の威力なんだぞ!」
バトルドレスを焦がされたナルが虫を攻撃しつつメイを怒鳴る。
「だってしょうがないじゃない、嫌なものは嫌なのよ!って、きゃあ、髪の毛に絡まってる!ぴゃあああああ!」
さらに混乱を重ね、メイは炎を放出しながら宙を不規則に飛び回る。さらに被害は拡大していく。
「ええい、言ってわからんなら仕方ない。氷よ敵の動きを封じろ『氷牢柱』!」
空気中の水分が集結して、氷の柱を形成。メイの首以外を封じた。ようやく場が落ち着いた。
「ちょっと、アンタなにすんのよ?私じゃなくて敵を封じなさいよ!」
「うるさい!お前のせいで、どれだけ被害が出たと思ってるんだ?敵よりもお前のほうがよっぽど害悪だ!」
「ああもう、わかったわよ!我慢すればいいんでしょ?やってやるわよ!」
腹をくくったのか、メイの顔には落ち着きが戻った。呼吸を整えると、炎をほとばしらせ氷の柱を消滅させた。
「・・・ありがとね。おかげで頭が冷えたわ」
照れくさそうにメイは礼を述べた。冷静さを取り戻させるという、ナルの真意に気付いていたのだ。
「あらら・・・冷静になっちゃったね。お姉さん達、面白かったからもう少し見てたかったんだけど仕方ないか」
手を叩きながら、蠱毒の王リシャクはメイとリンに語りかけた。その言葉に二人は驚きを隠せない。
「こ、こいつ、私たちと同じ言葉を・・・」
ナルが言葉に反応した。
「当然でしょ。生物としては私たちのほうが格上よ。こんな単純な言語、とっくに習得済みよ」
リシャクの言葉の取得度もそうだが、二人はその声に驚いた。方目だけを出した覆面の下から聞こえてくる声は少女のものだったのだ。
リシャクが覆面に手をかけ引き剥がす。下から現れた顔は、声の通り少女だった。ツインテールの緑髪が幼さを強調する。
「ふぅ、小さい子達じゃ相手にならないね。それじゃあ、取って置きの子いっちゃおうか」
「・・・とっておき?」
リシャクの宣言に、メイの本能が反応した。寒気が背中をさする。
少女の小さい口の端が耳まで避け、上下に大きく開いた。
開いた口の中に手を突っ込むと、何かを掴んでずるりと引きずり出した。
「ぎ、ぎぃやあああああああ!」
口から出てきた物体を見て、メイはこれまで以上の悲鳴を上げた。
白い体に黒と茶のまだら模様。リシャクの口から現れたのは全長三メートルほどはある巨大なナメクジだった。これには、メイだけでなくナルも顔を青くする。
「な、ナメクジだと?あんなものが口の中から・・・うっ!」
思わず喉を通るナメクジを想像して、吐き気を覚えたナルは口を押さえた。
「ふふふ・・・これだけじゃないよぉ」
無邪気に笑うと、リシャクはさらに口に手を突っ込む。
新たな大型昆虫が飛び出してきた。長い体に無数の足を持つ甲冑のような体のヤスデだ。ナメクジに匹敵する巨体で、少女の体の何倍もの体積が時間をかけて口から流れ出る。
「ぺっぺっ・・・ふぅ・・・すごいでしょ、スラリンとやっちゃんだよ。この子達は、私がお腹の中で飼ってる特別な子、いままでの子達とは全然違って強暴だからね」
リシャクは危険性を語るが、メイとナルにとってそこは問題ではない。嫌悪感を煽る登場の一連の流れが、二人から戦闘意欲をそぎ落としていた。
「こ、これは流石に私でも嫌だな。鳥肌が止まらん」
「いまさら?私はさっきからずっとそれなんだけど。ていうか・・・ごめん、私、さっきのでもう限界みたい・・・口から虫出すって、あんなの見ちゃったら、体、動かなくなっちゃった」
ナルが見ると、メイは青ざめた顔で体も言葉も震わせている。宣言どおり、既に限界だった。
「ば、馬鹿、お前、こんな時に限界だなんて、気をしっかり持て!」
声を張り上げて叱咤するが、メイの体は硬直して動かない。その顔は既に死を覚悟していた。
「ふざけるな!こんなところで死ねるか!徹底的にやってやるぞ!」
ナルが敵に振り向き、ハチカンを構える。
粘液にまみれたナメクジの巨体と、ヤスデの節足が音を鳴らしながらにじり寄る。
ナルはハチカンに最高威力の砲弾、マッハド弾を装填し、迫る敵に向けた。
マッハド弾の発射まで数秒を迎えたところで、ナルの頭上を一本の矢が通過した。
矢はナメクジの眉間に当たる部分に命中し貫通した。続いて、数本の矢が同じ箇所に射ち込まれ、遂にはナメクジは絶命した。
ナルとメイは矢の発射元に二人同時振り向いた。そこにあったのは墓石に足をかけ戦鎚を担ぐセナと、弓を構えるエィカの姿だった。
「ちょっと、セナさん、お墓に足を乗せるなんて行儀悪いですよ」
「ごめんごめん、ちょっとかっこつけちゃった」
矢に倒れるナメクジを尻目に、巨大ヤスデがさらに前進する。その体でメイに覆いかぶさらんと上体を持ち上げた。
「ちょっと、来てる来てる!いやぁ腹グロい!腹グロい!」
「メイ様、安心してくれていいよ。こいつは私にまかせてくれ!」
悲鳴を上げるメイをなだめ、セナが巨大ヤスデに向かって走り出した。メイの横で跳びあがると、戦鎚を頭部に全力で叩きつけた。
農村であるハーヴェの村出身のセナは、昆虫への耐性が人一倍強いのだ。巨大なヤスデにも一切臆することは無かった。
セナの渾身の一撃は、頑強なヤスデの外皮をへしゃげさせ、頭部を地面にめり込ませ絶命させた。濁った緑の体液があたりに飛び散った。
「いよっし、一丁上がり。メイ様、もう安心だよ・・・って、ああっ!」
戦鎚を形を変えたヤスデの頭から引き抜き、メイに向かって振り返ったセナの目に入ったのは、飛び散ったヤスデの体液を正面から浴びたメイの姿だった。
「あ・・・あ・・・あ・・・」
「メイ、だ、大丈夫か?ええ・・・と・・・」
絶句するメイにナルは言葉を選んで声をかけた。
が、ここでメイの精神は完全に限界を向かえた。白目をむくと「きゅう」と一言鳴いて地面に仰向けに倒れた。
「ご、ごめん、メイ様」
セナは倒れるメイに向かって手を合わせた。
「すごいすごーい。私のペット、あっという間にやっつけちゃったー」
「虫なんか慣れたもんさ。さぁ次はあんただよ、覚悟しな!」
手を叩いてはしゃぐリシャクに戦鎚を向け、セナが大見得をきって見せた。ナルとエィカがそれぞれの武器を構え左右に立つ。少し後ろではメイが倒れている。
【うーん、分が悪いな。これはちょっとピンチかも・・・ふふふ、どうしよっかなぁ】
リシャクは言葉を魔族のものに変えて呟いた。
【リシャク、聞こえてますか?】
次の一手を考えるリシャクの脳に、直接声が届いた。地獄の判事ニムリケの声だ。
【なに、ニムリケ?私、今楽しんでるんだけど?】
まだまだ手を隠し持っているリシャクにとって、割ってはいる声は邪魔以外の何も出もない。露骨に不機嫌を声に出した。
【遊んでいる場合ではありません。サルデス、いえ、シラの準備が整いました。今すぐ私の下へ集合なさい】
【ちぇっ、わかったよ】
ニムリケからの召集を受け、リシャクは手を止めて攻撃を中断させた。
「もうちょっと遊びたいんだけど、呼ばれちゃったから、私行くね。じゃあねお姉さん達、楽しかったわ」
「待て、逃げるな!」
ナルの静止も聞かず、リシャクは宙に姿を消した。気付けば無数の虫たちも何処かへと消え去っていた。
読んでいただいてありがとうございます。
よろしければ、ブックマーク、感想、評価等、どんな声でもよろしくお願いいたします。
皆さんの言葉が力になります。