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第100話 「サイガ、内に眠る闇」(バトル)

 霊騎士ハインスはあせっていた。

 ハインスは本来、地獄に名を連ねる三十の将の内の一将であり、今回のサルデス復活をシアン教団に持ちかけたのもハインスだった。

 教団との接触には己の影分身を送り、常に行動の管理と状況を把握していた。そのため、影を倒したサイガの実力も把握していたはずなのだが、その情報・経験をもってしても、本体のハインスの攻撃は、現在対するサイガにかすらせることすら出来なかったのだ。


「なぜだ、何故私の攻撃が当たらん?」

 ハインス本体の能力は影分身を遥かに上回る。

 かつてサイガの『律』のによって、達磨のようにされ動きを封じられるという、恥辱の姿にされたハインスにとって、本体の召喚は復讐の千載一遇のチャンスだったのだ。だが、その悲願が果たせないこの状況は、霊騎士に苛立ちを募らせていた。


「ええい、いい加減に死ねェ!」

「そんな攻撃をくらってやるわけにはいかんな」

 怒りに任せ、ハインスが長剣をサイガの喉に向けて突き出す。

 だが、サイガは蝿でも払うように忍者刀の柄で切っ先をパリングし、態勢を崩させると足を払って前に向かって転ばせた。


 ハインスは倒れきる前に、軽く地面に剣を走らせると勢いを利用して体勢を立て直した。距離をとってサイガと対峙する。

「いったい・・・どういうことだ・・・私の剣が・・・私の剣が!かすりもせんとは、どういうことだ!!」

「簡単な話だ。おれはお前と立ち会って、その剣を体験している。それだけだ」

「な・・・たった一度立ち会っただけで、私の剣を見切ったと言うのか?馬鹿な!?」

「馬鹿なもなにも、事実、お前の剣はおれどころか、服にすらかすっていないだろう。起こりから軌道まで、なにもかも丸見えだ」

 サイガから告げられた事実に、ハインスは体を震わせた。


「お前の力や斬撃の速さは、前に戦ったときより遥かに上回っている。だが、クセや型がそのままだ。おれは一度戦った相手の動きは全て覚えている。そのままでは何度やっても結果は同じだ」

 さらりと言ってのけるが、信じがたい事実をサイガは告げた。

「一度戦えば覚えるだと?それで私の剣を見切っているのか?地獄でも最高峰に位置する私の剣を・・・」

「この程度で最高峰とはな。これなら、今おれが地獄に乗り込めば一日で制圧できそうだな」

「き、貴様・・・馬鹿にするなよ!」

 ハインスは激怒した。サイガは煽るつもりではなく、開きすぎた実力差がそれを口走らせたのだが、わずかに残っていたプライドへの止めとなったのだ。


 これまでにない怒りを込めて、ハインスは斬りかかった。だが、冷静さを欠けば、その体はかえって習慣化された動きを繰り返す。

 踏み込みの位置、重心、腕の伸び。もたらされる情報をもとにサイガは剣の軌道を導き出し、半歩下がり紙一重で避ける。

 剣が空を斬った。


「おのれ、もう一度だ!」

 ハインスが剣を構えなおして再攻撃の準備をする。

「足首」

「なに!?」

 サイガの一言に、ハインスは急停止した。剣を引いて攻撃の構えを解く。

「な、なんのことだ?」

「なんのって、お前が狙っている場所だよ。足首を斬って動きを鈍らせて、闇魔法で追撃するつもりだろ?」


 指摘は図星だった。サイガはハインスの動きを全て見切り、狙いさえも読み切っていたのだ。

 予測どころではないサイガの読みに、ハインスは動けなくなった。

 全身が震え、剣を握る指からは力が逃げる。

 圧倒的な実力差は、地獄の将ですら絶望で呑み込んだ。

「ま、まさか・・・全部読めているのか?これからの動きが・・・」

 ハインスは声まで震えていた。


「これからだけじゃない。これまでも。だ。お前の動きは、最初から把握済みだ」

 そう言うと、サイガは刀を収めて腕を組んで空を見た。何かに悩む仕草だ。

「き、貴様、何だその態度は?どういうつもりだ?」

「いや、おれはこの日のために、色々準備をしてきたんだが、どうもお前相手だとそれが徒労に終わりそうでな。相手を間違えたかと、軽く後悔しているんだ」

 またしてもサイガは挑発的な言葉を吐いた。だが、これも馬鹿にする意図は無い。リンのように強敵の出現に期待を抱いていただけに、それを裏切られた失望から心中を余すことなく吐露したのだ。


「おのれ、もう勘弁ならん!どんな手を使ってでも殺してやるぞ!」

「そうか。では受けてみるか。こい」

 プライドを完膚なきまでに切り裂かれたハインスは、剣を左手にも持ち替え右手で三本のナイフを取り出す。間を置かずに投擲した。

「遅いな」

 ナイフは難なくサイガの手で捕らえられた。さらに驚くことに、手がナイフを捕らえるのではなく、ナイフ自ら飛び込むように、サイガの掌に収まっていた。サイガは軌道を読み切って待ち構えていたのだ。

 サイガにかかっては、ナイフの投擲もキャッチボールと大差がなかった。

 捕らえたナイフは直ぐにハインスに返された。手裏剣を受けて返す『車返しの術』だ。反応できなかったハインスは胸甲を鳴らしてそれを受けた。


「・・・・・・」

 決して埋まらない力量差の現実。あまりの悔しさに、ハインスは言葉を失い奥歯を噛み締める。

「もう諦めて討たれたらどうだ?お前の技量の程は初見のときから理解している。その程度では決しておれには勝てん」

「初見だと?それはどういうことだ?」

「お前がおれ達の前に初めて現れたとき、メイを仕留めそこなっただろう。あの時に察していた。近接を得意としない女の首一つ切り落とせないようでは、たかが知れていると。な」

 仲間の命を物差しにした表現に、ハインスは一瞬ぎょっとした。その声は冷え切っていた。


 広場においてハインスがメイの首を切断したとき、メイはあらかじめ発動していたフェニックスヴェールに命を救われた。それを踏まえてサイガは語る。

「お前の剣は剣筋が鈍く、回復の魔法が発動する猶予があった。おれなら一瞬で首をとばしてその隙を与えん。さっきのお前たちの仲間のようにな」

 将の一人、パッティオのことだ。

 サイガがハインスに向けて掌を開いて見せた。

「な、なんだ?」

「五回だ」

「?」

「おれなら、あの時、メイを五回殺せていた。それだけ、おれとお前には、意識と技量に差がある」

 またしても仲間の命を物差しとした発言に、ハインスはサイガの中に形容しがたい闇を見た。


「そうか。私は勝てないんだな」

 ハインスは小さい声で自身に言い聞かせた。剣の技術に誇りを持ち、それをもってサルデスに仕えていた霊騎士にとって、それは屈辱の極みだった。

 ほぼ力を失われていた手で剣を握りなおすと、霊騎士は黒い忍びに向いた。

「及ばぬのは理解した。せめて最後に、騎士としての誇りを」

 全てを受け入れて、ハインスは覚悟を剣に宿して構えた。確定している敗北と消滅を前にして、その目は生命力に溢れていた。


「いざ!」

 サイガとハインスは異口同音で前に出た。

 ハインスの全てを乗せた渾身の斬撃をサイガは忍者刀で受けた。

 忍者刀は直刀だが、その切れ味はハインスの長剣を正面から両断するほどだった。

 逆手に構えた忍者刀が横向きに進む。剣を上下に断ち、腕を銀の手甲、鎧ごと豆腐のように切断。腕は上半分が切り離される。

 サイガはハインスの右を通り過ぎ、後ろに着地。ハインスがそれに対応する前に、身を翻し首をはねた。

 頭部を失ったことを知らぬ体が、振り向き左手を伸ばす。サイガは指先から、肘まで賽の目に刻んだ。

 振り返りきったところで、銀鎧の霊騎士の体は膝から崩れ落ちた。地面に座り込む姿勢で事切れる。

 跳ね上がっていた頭部が落下してきた。忍者刀が下から上に走り、銀鎧と頭部をまとめて両断した。

 これにより、邪神サルデスに仕えた忠臣の霊騎士ハインスは、日に二度敗れて消えていった。

読んでいただいてありがとうございます。

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