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第99話 「指導の一撃」(バトル)

 中央斎場から離れた集合墓地の南の端で、枯れ枝のようなやせ細った体躯の死体細工師したいさいくしエンディンゲンは戦いのための素材を採集していた。

 墓石の上に腰掛け、手の指から魔力の糸を無数に墓の下に伸ばし、眠る死体を吊り上げる。

【おや?ずいぶん痛んだ素材しかないのう?ここは無縁墓地か?】

 掘り起こした死体を見て、エンディンゲンはぼやいた。

 かつて要塞であり戦場だったワイトシェルの地下には、保存状態の悪い亡骸が数多く眠っている。

 エンディンゲンの目的は死体を組み合わせてゴーレム兵を造り、戦力とすることだった。


【いかんな、こんな粗悪品だらけじゃあ、まともなゴーレムが造れんじゃないか。仕方ない、回収した『目卿』たちの死骸を使うかね。早々にやられたんだ。少しは役に立ってくれよ】

 エンディンゲンは仲間の将の死骸を魔法の糸で引き寄せると、パーツごとに切り分けて組み立てを始めた。将で足りない部分は、同じく回収したティエリアとシュミットで補った。

【グリオンとウェイシーは腕の筋肉が見事だね。パッティオは全身が綺麗に残ったから、どこでも使いたい放題だ。泥犬は牙と鼻ぐらいしか使えないね、将に成り上がったとはいえ所詮は犬か。それで、冥王の骸は・・・ふひひ・・・こいつを核に使えば、すごいのが出来上がるね。楽しみだね。ふひひ】

 薄気味の悪い笑い声を発しながら、エンディンゲンは死体を縫い合わせてゴーレムを形成する。


 両手の指の糸が舞い踊り、死体をつむいでいく。

 両断された冥王の骸を魔力の源とし、一方をティエリア、一方をシュミット主体でゴーレムを組み上げた。魔族を主体に使わないのは、死してなお我が存在し暴走する危険があるからだ。

 ほどなくして二体のゴーレムが完成した。人間の上半身に魔族の手足を繋いだ体、その歪さは不気味そのものだった。

【ふひひひひ、出来た出来た。人間を素体にするとまとまりがいいね。魔族だと、こうはいかんよ】

 空に顔を向け、エンディンゲンは上機嫌に笑った。その目に、一つの影が映った。危機を感じたエンディンゲンは墓石から飛びのき、ティエリアのゴーレムの肩によじ登る。


 影の正体、それは、飛び込みながら拳を打ち下ろしたレイセント学園の学園長タイラー・エッダランドだった。生徒達の救護を終えて、邪気の渦巻く地に舞い戻ったのだ。

 拳の勢いで、手首まで地面に突き刺さった右腕を引き抜き、エンディンゲンを向く。

「死体を弄んで武器とするか。さすが地獄の民じゃ、悪趣味じゃのう」

 肉体を繋ぎ合わせて作られたゴーレムは、二体揃ってタイラーに匹敵するほどの大きさを誇る。だが、体の形は整わず、ティエリアは顔が胸に埋まり、シュミットは逆さに縫い付けられている。まるで子供の工作のようだ。


【お、驚かせやがって。ちょうどいい、出来たばかりの作品の性能を味わわせてやるぞ】

 エンディンゲンが指の糸を駆使し、二体のゴーレムを操った。

 ゆっくりと、ゴーレムはタイラーの前に立ち並ぶ。

 タイラーは死してなお醜態を曝す二人の元教師に哀れみの目を向けた。

 そして、静かにその目を閉じると、首を前にかしげ両の掌を合わせた。タイラーは二人を哀悼の意を込めて拝んだのだ。

「哀れなものよ、邪教に身を落とした末路がこれか。ワシに出来るのは、せめて冥福を祈って手を合わせることだけじゃ」

 その行動にエンディンゲンは戸惑った。敵を前にして祈りを捧げるなど、並の思考回路ではない。その真意を測りかねていた。

 合掌を離し、閉じていた目を開け、タイラーは顔を上げた。弄ばれる元教師の二人を見据えると、息を吸う。

「だが、あの世に行く前に、おぬし等は償わなければならぬ罪がある。それは・・・」

 言葉を切って、タイラーが勢いをつけて掌を合わせた。乾いた「パン」という拍手かしわでの音と衝撃波が二体のゴーレムの体を揺らす。


「はっ!?こ、ここは?なんで?私はシラ様に心臓を捧げて死んだはず・・・?」

「が、学園長?なぜ、ここに?それにこの体は一体?」

 ティエリア、シュミットが揃って意識を取り戻した。常識では考えられない状況に、当の二人とエンディンゲンは戸惑う。

 『振起命活響』(しんきめいかつきょう)。気の加護を漲らせた拍手により、死した者すら一時、強制的に呼び覚ます。究極の気付けの技だ。

「目が覚めたか?愚か者共。それでは、ここからは償いの時だ!覚悟せい!」

 戸惑う二人に対し、タイラーは睨みを効かせて一喝した。その気迫に、ティエリア、シュミットは体が硬直して動けない。エンディンゲンも死体を操ることを忘れてタイラーを凝視し続ける。


 償い。

 タイラーのその言葉には二つの意味がある。

 一つは、教職でありながら、生徒を利用し危険に曝した二人の罪への償い。

 もう一つは学園内に邪教をはびこらせた自身の失態の償い。

「償いの意を込め、お主らはワシ自身の手で始末をつけよう。そのために、今一時いまひととき、黄泉路より呼び戻したのじゃ。お主らの罪、ワシが抱えて生きて行く。安心して地獄に落ちるが良い」


 深い深呼吸の後、大きく分厚いタイラーの拳に、まばゆい気が満ちる。

 生命力に溢れるその気には、慈しみの心が宿っていた。これは、せめてもの手向けだった。

「い、いや、やめて!こんな醜い姿のまま死ぬなんて、私の最後を汚さないで!せっかくシラ様のために死ねたのに!これじゃあただのアンデッドと同じじゃない!いやぁ!」

「ああああ、あわあああああ!」

 迫るタイラーの浄化の掌に、ティエリアは見苦しくわめき散らし、シュミットは狼狽し言葉を失う。


 神々しい光を放つ拳が二人の体に触れた。途端に気の奔流が発生し、業火と爆発と雷雨が一つになったような音と勢いで、二人の歪に縫い合わされた冒涜の産物を一瞬で弾き飛ばした。

 『極光万聖拳』(きょっこうばんせいけん)。力や勢いではなく、気のみで邪を討つ払魔の極みの拳だ。

 深い後悔と恐怖の中で、最後に己の罪をその心に刻んで邪教の二人はうつつに別れを告げた。


 気の加護からもたらされた圧倒的な光景に、エンディンゲンは腰を抜かし地面の上で震えていた。

 タイラーが仁王像のような睨みの視線を向けると、腰を抜かしたままの姿勢で後ずさる。

「わかっておろうな?」

【ひ、ひぃいいいい!な、なにがですか?】

 突然の問いかけに、エンディンゲンは裏返った声で質問で返した。もちろん、タイラーに言葉は通じない。

「命を弄んだ罪、次はお主が償う番じゃ!」

 返された質問の意味もわからぬまま、タイラーは一喝した。言葉は解せずとも、意図は通じる。


 輝くタイラーの拳から、光が消えた。代わって筋肉が張り詰め、血管が浮き上がる。漲らせていた気の加護を解き、純粋な力が込められる。これは、エンディンゲンに対する無慈悲な制裁の宣言を意味していた。

【そ、そんなぁ、あんまりだぁあああああああ!】

「問答無用じゃ!悪鬼よ、砕けて散れぇい!」

 巨体が、速く前に出て、深く踏み込んで、低く体重を落として、全身を使って、ひたすらに握り固めた拳を突き出した。

 『全力の拳骨』(ぜんりょくのげんこつ)。全身の全ての力を拳の一撃に乗せて叩きつける最も単純にして強力な攻撃。その威力は山を殴れば山を動かすとさえ言われている。


 突き出された拳は、容赦なくエンディンゲンを絶命させた。直撃の瞬間にはその体は砕け散っていた。

 死体細工師エンディンゲンは、その持ち得る技術を発揮することなく地上の世界の塵となった。

読んでいただいてありがとうございます。

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