第98話 「暴風乱打」(バトル)
召喚された地獄の将達の中で最大の巨体を誇るのは、無差別処刑人の二つ名を持つオンゴールだ。赤褐色の皮膚に人間の顔の皮で編まれたマスクを被り、二本の短い金棒を持つ。その巨大な腕で一振りする度に、金棒は並び立つ墓石を粉砕し地面に溝を刻む。一撃一撃がさながら暴走する重機のような殺意を放っていた。
対峙する六姫聖のリン・スノウは距離を測りつつ攻撃を回避して、その威力の程を測っていた。
攻撃を回避し続けること数度、オンゴールの攻撃後の隙を見極め、リンは接近した。豪腕のラリアットをオンゴールの首に叩きつける。
大型トラックのような質量と衝撃に、オンゴールはこらえきれずに後方へ吹き飛ぶ。いくつかの墓石が巻き添えになった。
リンはオンゴールに違和感を覚えつつ喜びに顔をほころばせた。オンゴールの体は非常に硬く、その肉質はまるで密度の高いゴムのような弾力があった。
「さあ、お立ちなさい!あなたの体、この程度で参りませんでしょう?」
砕けた墓石に埋もれたオンゴールにリンは呼びかけた。少し間をおいて、何事も無かったように、立ち上がる。
【おお、痛ぇ。こいつ、本当に人間の女か?女装したキングオーガじゃねぇのか?】
体中の土埃を払いながら、オンゴールはリンの剛力をいぶかしむ。痛いと言いながらも、その体は無傷だ。
「なんと言っているかはわかりませんが、褒め言葉と受け取っておきますわ。それでは、さらに行きますわ・・・よ!」
態勢を立て直す前のオンゴールに、リンは駆け寄ってドロップキックを放つ。
加速をつけた一撃は、当てるのではなく破壊するための攻撃になる。
リンの全体重と加速が一つとなった両脚蹴りは、破城槌の威力を上回る。それにより、オンゴールの上半身は破壊される。と、リンは予想していたが、オンゴールの頑強さは見事にその想いを裏切った。
ゴムのような弾力の筋肉はリンの渾身の一撃を受け止めきり、一歩も下がることは無かった。
完全なる予想外の展開。しかし、リンは笑った。強敵の出現は、戦闘に興じる戦乙女にとって、福音となったのだ。
着地しつつも悦びが溢れるリンの顔に、オンゴールの右の金棒が叩き込まれた。着地の際を狙った攻撃は、予想の範囲とはいえ、リンの巨体をのけぞらせる。
攻撃のために伸びたオンゴールの右手を、リンの左手が掴んだ。すぐさま手前に引き寄せると、頭を突き出して頭突きをお見舞いした。
即座のカウンターに虚を突かれ、オンゴールはバランスを崩してよろけ、膝を着いた。地面には鼻血が数滴垂れる。依然、右腕は掴まれたままだ。
【てめぇ・・・やるじゃねぇか・・・よっ!!】
一気に立ち上がると同時に、その勢いを利用した左の金棒が横殴りに腹部を叩く。
攻撃の余韻を味わう前に、オンゴールの顎にはリンの右肘が叩き込まれた。
肉体派同士の戦いはいつの間にか、渾身の一撃を交互に撃ち合う、プロレスのような状態に突入していた。
顔を殴れば顔に返し、腹を蹴られれば腹を蹴る。オンゴールの金棒に対抗しリンも拳を鎖で固め、金属が肉をえぐる音が交互に響く。
「うふ、うふぶふふふぶ・・・」
何度目かの殴打の往復の後、リンが不敵に笑った。口内の血で音が濁り、口の端から赤い泡が出る。
「ん・・・ぷっ!」
邪魔な血を吐き捨て、オンゴールに向き直る。その顔は赤くはれ上がっている。
「あなた、いいですわね。素敵ですわ。この口の中に広がる血の臭い・・・最っっっ高!私、昂ぶってましてよ」
溢れる高揚感を押さえきれず、血の飛沫を撒きながらリンは思いのたけを吐き出す。
【けっ、ネジが外れた嬢ちゃんだな。てめぇ本当は魔族じゃねぇのか?】
対戦者のおもいがけない耐久力の高さに、オンゴールは地獄の将でありながら恐怖の感情が芽生えていた。その感情が勝負を急がせる。
【このまんま殴り合ってても、消耗しちまうだけだな。しゃあねぇ、本気出して速攻で終わらせるぜ】
オンゴールの雰囲気が変わった。言葉は理解できないが、本気になったことが握った腕を通してリンに伝わってきた。
「この感じ・・・わかりますわ。第二形態ですわね。もっと楽しくなるんですのね」
予感する狂喜の時間の到来を、リンは細胞の一つ一つ、全身を躍らせ待ちわびる。
左手に違和感が生じた。捕らえているオンゴールの腕が膨張を始めたのだ。
その膨張力にリンの手は押し広げられた。掌を開きオンゴールを解放する。
変貌の結果を見届けるために、リンは距離をとった。
オンゴールの巨体は、見る間に更なる巨体へと変化した。金棒もそれに伴い、巨大化する。
身長は十メートルに達し、上半身、下半身共に筋肉はもはや塊と形容していいほどの質感を誇る。
正に巨人と化したオンゴールは、重く響く声で笑った。
【覚悟しな嬢ちゃん。これが俺の真の姿だ!戦いにくいから体を圧縮していたが、この姿に戻っちまったら、てめぇはひき肉にされて終わりだ!俺に本気を出させたことを後悔しな!】
高揚するオンゴール。だが、それを見るリンの目は冷ややかだった。顔からは先ほどまでの悦びと興奮が消え、口を半開かせる。
「はぁ?なんですの、それ?」
リンの口から出た言葉は意外な一言だった。
予想に反した感想に、オンゴールは笑いを止めてリンを見る。
リンは言葉を続けた。
「せっかく未体験の強敵と出会えたと思いましたのに、大きくなってしまっては、そこらの魔物と大差ありませんわ!大きいから強いなんて、そんな当たり前の敵、興奮いたしません。一体、なにを考えてますの?さっきの凝縮した体を返して!」
戦いの場においてなお己の戦闘欲を優先させた発言に、オンゴールは意表を突かれ、一瞬、思考が止まる。だが、すぐに意識を取り戻すと、決着のために、体同様巨大化した金棒を振り下ろした。圧倒的重量の鈍器がリンを押し潰さんと迫る。
振り下ろされた金棒を、リンは鎖を巻いた左手で受け止めた。
荷重を受けた足元が、クレーターのように陥没する。オンゴールの攻撃が決して柔なものではないことを物語っていた。
【なに!?受け止めた、だと!?】
「ほらみなさい、上から振り下ろすだけの単調な攻撃に成り下がってしまいましたわ。あの全身に突き刺さり、刺激を与えてくれた攻撃が失われてしまいました。凡失の極みですわ!」
怒りに任せてリンは金棒を弾き飛ばした。その勢いは凄まじく、オンゴールはたまらず金棒を手放す。飛んだ金棒は防壁に大きな音を立てて突き刺さった。
【な、なんだ、この馬鹿力・・・ぐぇ!】
呆気にとられたオンゴールのみぞおちに、リンは飛び込んで拳を叩き込んだ。
先ほどまでの愉悦の感情は消え、ただ失望と怒りに任せただけの一撃だ。オンゴールの背骨が粉砕した。
リンの怒りは一撃にとどまらない。さらに連続で拳を繰り出し、左右の乱打が降り注ぐ。それはまさに『暴風』の通り名そのものだった。
「せっかくの!素晴らしい肉体も!肉をえぐる技も!図体ばかり大きければ!台無しですわ!なに考えてますの!」
叫びながら、リンは殴り続ける。
一撃ごとに肉も骨も形を変え、崩れ、ほぐされ、飛び散っていく。
抵抗しようとオンゴールは左手の金棒を手放し、両手で懐中のリンに手を伸ばしたが、即座にリンは両手の鎖を躍らせて両手を弾いた。オンゴールの指がちぎれて地に落ちる。
オンゴールは絶叫した。痛みから逃げるように両腕を広げる。
鎖を巻き直したリンの拳の重さが増した。筋力を操作するリンの魔法『筋操剛体』で、打撃のための握力、上腕二等筋、僧帽筋、腹筋と、一連の筋肉が強化されたのだ。
強化された拳の一撃がオンゴールの顔面を正面から叩いた。そのあまりにも強力な拳は、頭部の前部を後部にめり込ませ、オンゴールは前が見えなくなる。
怒りの奔流の怒涛のままにリンが拳を繰り出し続けて一分が過ぎた頃、オンゴールの上半身は跡形も無く消えた。残されたのは細かな痙攣を繰り返す腕と下半身のみとなった。
獣のような荒い呼吸を落ち着かせ、リンは攻撃を終えた。足元に広がる血溜りを見下ろす。
「ふぅ、将を名乗るなら、せめて私の腕一本ぐらい、命と引き換えにして持って行って欲しかったですわ」
そう言うと、リンは拳の血を振り払い身嗜みと髪を整え、次の相手を求めてオンゴールの骸を後にした。
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