3
(セシル視点)
「ハァ……ハァ、大丈夫か? ケガはしてないか?」
息を切らしながら、男性が尋ねてくる。
飛び降りる直前、背後から物音がして振り返ったら、人影があった。
暗闇で詳細は分からなかったけど、そんな事どうでも良かった。
ただただ恐怖した。
何でこんな場所に人がいるのかも怖かったし、外の人間と会う恐怖がぶり返してきて、頭が真っ白になって、気付いたらその場から逃げ出そうとしていた。
その瞬間足元を躓いて__、
「……は、はい」
状況が飲み込めなくてそう返事する事しか出来ない。
よく見ると男性は王直属の騎士団の制服を着ていた。
幼い頃、父に連れられて王宮に足を運んだ時に、何度か見たから覚えている。
私が放心状態で、男性を見つめていると、
「ああー、良かったああああああああ!!」
彼は盛大に尻もちをついて、床に仰向けに寝転がった。
……良かった?
一体何がだろうか。
「助かって本当に良かった!! いきなり落ちたから本当にビックリした!!」
助かっ……、そうなのだろうか、私は生まれて来る事を望まれなかった人間で。
本当に助かって良かったのだろうか。
胸にモヤモヤした何かが残る。
この騎士様だってそうだ。
きっと私が誰なのか知らずに助けたのだ。
私の正体を知れば、きっと彼だって、今だって私は『魔力吸収』で彼の力を__、
「セシル・アルデンスで間違いないかい?」
心臓が跳ねる。
彼は私の正体に気付いていた。
……気付いていて、私を助けたの? どうして?
私が頷いて彼の行動に疑問を抱いていると、
「この状況、何て言えばいいのか……いや違うな、君を助けに来た」
彼はそう言った。
「……え?」
私の理解が追いつかない中、彼は話を続ける。
「確認しておくけどさ、君は俺に気付かなかったら、そのまま死のうとしてたんじゃないかい?」
「……」
「……やっぱり」
私は何を口にすれば良いのか分からなかった。
「俺は陛下から君の話を聞いて、陛下の命でこの領土に来たんだ。領民に迷惑をかける『怪物』や『人殺し』がいるって噂が王宮まで届いてね」
「……私」
「あ、済まない! 大丈夫だ、安心して欲しい! 俺はそんな事微塵も思ってないし、陛下も君の身を案じていたよ。幼い頃に陛下と面識があったんだろう?」
「……ええ。幼い頃に父に連れられて、王宮に足を運んだ際にお会いした事は、何度かあります」
「陛下は君の事を『明るくて元気な子』って言ってたよ。だから、当時の記憶と今の噂のイメージが合わなくて、心配だから様子を見に行って欲しいって頼まれたんだ。一応聞いて置くけど、今俺の力が弱まってるのも君の意思とは関係無いんだろう?」
「も、申し訳ありません!」
「いや、全然大丈夫だから! ここには俺と君しかいないし。俺は別に何も困ってないし。そうか、ならやはり」
「違います。能力は私の意思では、ありません。ですが、私が周りの方に迷惑をかけている事実は変わらないと思います」
私がそう言うと、彼は姿勢を正して、改めて私に向き直った。
「良く聞くんだ。君は悪くない! むしろ君は被害者なんだ!」
私の主張を彼は力強く否定した。
突然の彼の言葉に私が驚いて固まっていると、
「ああ、済まない。つい熱くなってしまって」
「……いえ」
数秒の間があって、彼が再び口を開く。
「君の事を良く知りもしないで、分かったような口を聞くのは良くないな。反省しなければ」
「……いえ」
「だから君に頼みがあるんだ」
「え?」
「会ったばかりの俺に話すのは抵抗があるかも知れないけど、俺に、君のこれまでの経緯を話して欲しい。一体何があったのかを」
「……私のこれまで、ですか?」
「そうだ。君の力になりたいんだ」
「……」
まっすぐ私を見つめる彼の真剣な瞳。
そこには一切の偽りを感じさせなかった。
なぜこの人は、ここまで私の味方になってくれるのだろうという疑問。
それと、自分の事を彼に話す事への恐怖。
彼の言う通りだ。
私の事を詳しく知らないから、そんな事が言えるのだと考えていた。
もし私がやってきた事を詳しく知ったら、彼の私に対する評価は今とは真逆になるかも知れない、だから怖かった。
でも、彼は、
「約束するよ。最後まで話を聞いても、俺は最後まで君の味方でいるから」
……どうしてだろう。
この人になら話してみても良いのではないか、信じてみても良いのではないか。
そう思った。
心のどこかでそう思った瞬間から、
「……私は__」
気付けば私の口からは、少しずつ言葉があふれ出ていた。