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 アルデンス伯爵家の令嬢として生まれたセシル(私)は、生まれつき特殊な体質を持っていた。

魔力吸収ドレイン

 自分の周囲の魔力を吸収して取り込んでしまう。

 私の意思とは関係なく。


 魔力は万物の源、この世界のありとあらゆるモノに流れている。

 人間を含めた動物は勿論の事、野菜や果物、草木などの植物や、国中の電気や水道といったインフラ設備も魔力供給によって成り立っている。

 だから、私が街中を歩けば、たちまち周囲の人は素の力が弱まったり、魔法が出せなくなるし、店に並んでいる肉や魚や野菜は全て腐らせてしまうし、夜に町を歩けば街灯は消えてしまうし、噴水広場に行けば水が出てこなくなってしまう。


 吸収ドレイン』の事は両親から聞かされていたけれど、最初は私が触れたモノにしか影響がなかったのが、年齢を重ねるごとに触れなくてもある程度近づけば、近づいたモノに影響を及ぼすようになり、次第にその範囲が広がっていって、私が十歳になった頃には、


「店の商品を台無しにしやがって!! ぶち殺すぞガキ!!」

「気味が悪いわ」

「アルデンス伯爵家の令嬢らしいが。あれは人間じゃない。何かの手違いで生まれてきた化け物だよ」

「……チッ、死ねばいいのに。何で町に来るの? ずっと家に引きこもってそのまま死んでよ」


 私は外出が出来なくなっていた。

 家の外に出ようとすると、過呼吸になってしまう。

 外の世界の誰かと顔を合わせるのを極度に恐れるようになった。


『お前みたいな化け物を生んだせいで、アルデンス伯爵家の評判はガタ落ちだ。婿養子を見つけて後継者を作る事もお前では期待できない。こんな化け物だと早めに分かっていれば、周知される前にお前を殺して次の子供をこさえたのに』


 父さえ見捨てた私を、


「寒くなってきたわねー、今晩はシチューだからね」


 母は嘘みたいに愛してくれた。

 生モノは腐らせてしまうけれど、何故か一度火を通したモノなら『魔力吸収ドレイン』の影響を受けない。

 シチューを口にしながら、私を見捨てない理由を母に尋ねた事がある。

 それを聞いた母は、突然私を抱きしめた。

 数秒して離れた時は笑顔だったけれど、気のせいか抱きしめる直前に悲しんでいるように見えた。


「誰でも欠点の一つや二つあるわよ。下らない事言ってないで、早くシチュー食べちゃいなさい。冷めちゃうわよ」


 ……母は幸せだったのだろうか。

 私を目障りに思う父と、私を庇う母。

 夫婦仲が悪い原因だって私にあったと思う。


 そして私の疑問が解消されないまま、母は不治の病で寝込んでしまった。

 私のせいで夫婦仲が悪くなっても、父は母を愛していた。

 父は、寝込んでいる母に私を近づかせなかった。


 『魔力吸収ドレイン』は健常な人間に近づくだけなら、一時的に魔力を吸い取るだけで済み、私が離れればまた魔力が元の人間に戻る。

 あくまで健常な人の場合だ。

 母が病気の今、私が近づいたらどうなるか分からない。


 ただ一人、私のそばにいてくれた人。

 私も母が大好きで、私のせいで母の容体を悪化させたくなかったから、母から離れて過ごすことは苦じゃなかった。


 ある時、母の寝室を横切ると、室内から母の声がした。


「……セシル?」


 私の名前を呼ぶ声、そして私を寝室に招く声。

 壁越しだけれど久しぶりに母と会話出来た喜びと、戸惑い。

 だって、私が部屋に入ったら、母がどうなるか分からない。

 父は仕事で外出していた。

 一体どうすれば__、


「……長くないみたいなの、もう」


 長くない、何がだろうか。

 そう思っても、本人には聞かなかった。

 分からない、分からない、分かりたくない、瞬時に頭の中に生まれた可能性を必死に否定した。


「……ごめんね、セシル。この先きっとアナタは辛い目に合うって、分かってるのに。最後まで守れなくて、助けてあげられなくてごめんね」


 かすれた涙声で母はそう謝罪した。


「……嫌だ、死なないでお母さん!!!」


 いくら部屋の前で泣いて叫んでも、迫りくる現実には抵抗出来なくて。

 必死にどうしようって考えて、どうにも出来ないって考えて、またどうしようって考えて。

 頭の中がグチャグチャになっていく私に、母は言った。


「……セシルがこれから辛い目にあってしまうのに。……自分勝手で、ごめんなさいセシル。それでも、最後に、アナタを抱きしめさせて欲しいの」

「駄目だよ!! 私が部屋に入ったら、お母さん死んじゃうよ!!!!」

「……同じなのよ。お願い」


 消え入りそうなか細い母の声を最後に、室内から母の声が聞こえなくなった。

 逡巡する時間はない、私は部屋に入った。


「……おいで」


 ベッドに近づくと、病気で衰弱してやつれている母がいた。

 以前の面影がない母の姿に涙が出てくる。

 本当にこんなことをして良いのかと私が考えている内に、母は私を抱きしめた。


「……ありがとうセシル。ごめんね」


 それが母の最後の言葉だった。

 ……。


「……お前が殺したのか?」


 動かない母と、その場で放心している私を見て、帰宅した父がそう言った。

 父は母のベッドを自分の涙で沢山濡らした後、真っ赤に腫らした目で私を睨んだ。


「わ、私__」


 次の瞬間私は腹部を思いっきり蹴られた。


「お前!! あれだけ寝室に入るなって!!! あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 何で!! お前じゃないんだ!!!! お前が!! 死ねばよかったのに!!」


 私は倒れながら、目の前でうずくまる父をただ眺めた。


「……もう死ねよお前、……死んでくれ」


 もうどうすれば良いのか分からない。


「……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。……ごめんなさい」


 ただ謝る事しか出来なかった。

 辛い、苦しい、死が救いだと思い始めたのはこの頃からだった。

 翌日早速死のうとしたら、世間体を気にした父に殴られて止められた。


「もうお前は俺の指示以外の行動をするな。喋るな、何も考えるな。分かったか?」


 それ以来、父は変わった。

 最初はより仕事に打ち込むようになって、帰宅する時間が遅くなっていった。

 やがて数日から一週間帰ってこない事も当たり前になった。

 家にいる時は、外出中の熱量が嘘のように無気力で。

 以前は嗜む程度だった酒の量も、仕事量に比例して増えていった。

 酒の量が増えるにつれて、身なりを整える事もしなくなって、やがて家にいる時間が増え た。

 その頃から、父が一人静かに泣く声や、家のモノが床に落ちて壊れる音を私は毎晩聞くようになった。


 そこからの事はあまり覚えていない。

 父が、私が腐らせた食材を私の顔に投げつけて、床に落ちたそれを私が食べる。

 食べ終わったら自分の部屋に戻って、じっとして、眠くなったら何も敷かれていない固い床で寝る。

 たまに機嫌が悪い父が部屋に入ってきて、殴られたり蹴られたりする。

 ひたすらこれを繰り返した。


 時間の感覚が狂っていく、私の何かが狂っていく。


「おい人殺し。メシだぞ」

「おい魔物」


 父が私を呼ぶ時の名だ。

 父が命名した訳ではなく、私は世間でそう呼ばれているらしい。

 日々呼び名が増えていった。


 ……。


 十七歳になった私は人気のない時間帯に家を出た。

 幼い頃に母と行った海辺を目指し、たどり着いた。

 記憶通りで良かった、高い崖がある。

 おぼつかない足取りで崖を目指して歩いた。


□□□

(クリス視点)


「せっかくの夜会中に申し訳ないな。後日でも良かったのだぞ?」

「問題ありません」


 ウェストゥア王国の王宮。

 謁見の間にて、俺は陛下にそう言った。

 陛下が俺に頼みたい事がある。

 夜会に参加していた陛下の側近経由でそれを聞いた俺は、すぐさま会場を抜け出して王宮に足を運んだ。


 あんな所にいたら頭がおかしくなる。

 夜会では様々な令嬢から話しかけられたが、皆口をそろえて俺の出した功績や、それによって俺が得た地位や財産の話ばかりしてきた。

 その上、上っ面のお世辞を言って、見たくもない色香を出してくる令嬢達に辟易していた所だ。

 あれなら騎士団の戦友達と飲み交わした方が、よほど有意義な時間を過ごせただろう。


「……そうか。では早速本題に入ろう。結論から言うと、アルデンス伯爵家の娘について、お前に調査して欲しいのだ。クリスよ」


 アルデンス伯爵家。

 王都から馬車で三日程の距離にある、アルデンス領を治める貴族の事だ。

 そう知識として押さえているだけで、特に表立った話など聞いた事もなかったが、その家の令嬢か。


「何かあったのですか?」

「……それが分からぬのだ」

「?」

「娘の名はセシルと言ってな。彼女が幼い頃に何度か会った事があるのだが。アルデンス領土内の治安や経済状況について、定期的に領主を呼びだして報告させていた時に、今は亡き夫人に連れられて、よく王宮に来ていたのだ。その頃のワシの印象では、人懐っこい元気な子供という印象だったのだが__」


 陛下は少し困った表情をした後、話を続けた。


「最近風の噂で、彼女が『怪物』や『殺人鬼』などと呼ばれて、領民に被害を及ぼしているという話を耳にしてな。領主である父親を別件で呼び出した際、さりげなく娘の話を挟んでみても、「元気にしております」とお茶を濁されるのみで、いや、本当かも知れぬのだが、真偽が分からぬのだ」


 陛下がセシル・アルデンス伯爵令嬢を心配している事は分かった。

 この方はそういう人だ。

 困った人がいたら見捨てられない、昔から知っている。


「話は理解しました」


 後俺が聞きたいのは、


「失礼ながら、なぜ私が選ばれたのでしょうか?」


 正直俺は剣技以外はからっきしだと思っている。

 情報取集などはもっと器用な奴を人選しても良いのではないかと考えてしまう。

 陛下は言う。


「まだ可能性の話だが、お前でなければ対処出来ない事案ではないかと思ってな。ワシは彼女が『授かるギフテッド』だと考えておる」


『授かるギフテッド

 生まれついて特殊な能力を持っている人間の総称だ。

 体内に内包する魔力量が膨大になると、稀に副作用として特殊な能力を授かる者が生まれてくる。

 先天的に開花しているケースが大半だが、それまでは普通の生活を送っていたにも関わらず、後天的に能力が開花する事もある。

 いずれにしても__、


「彼女が『怪物』だと噂される所以に、彼女が周囲の人間の力を奪ったり、街のモノを腐らせたりすることがあげられるらしいが」

「……可能性はありますね」


『授かるギフテッド』の能力は他者と被らないオリジナリティのあるモノばかりだ。 ましてや、そんな魔法は聞いたこともない。


「調査して、もし彼女が『授かるギフテッド』であるならば、同じ『授かるギフテッド』として、何かお前が力になれる事があるだろう。彼女が能力を自覚して、かつ悪用しているのなら、それもまた対処出来るのはお前しかいない」

「……承知しました」


 いずれにしても、『授かるギフテッド』が自身の能力を自覚した段階で、厳しい生活を余儀なくされる者が多い。

 能力の内容を問わず、殆どの人間は使いこなせず、自動オートで周囲に影響を及ぼすからだ。

 加えて、『授かるギフテッド』の存在は世間での認知度も低く、異端児として扱われる事が大半だ。

 年頃の令嬢が、あの過酷な状況に身を置いているなど想像も出来ないが。

 俺はセシル・アルデンスが『授かるギフテッド』でない事を望み、調査を開始した。

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