9本目
◇◇◇
二人の間をただただ、むなしい風が駆けていく。
気まずい。
「えっと、確認しておきたいんだけど……」
オレは恐る恐る尋ねる。
「パイ姉は、オレと結婚するのが、いやじゃないの?」
こくんと縦に振られる細い首。
「でも結婚断られて、」
「こ、断ってない!」
「お?」
「今はダメって言おうとしたただけ!」
「じゃあオレの頭のことは、」
「特に気にしてないよ、可愛いよ」
「ならなんで、ごめんなさいって……」
「そ、それは……」
口ごもるパイ姉。
少しの沈黙のあと、ややあって小さな声で、呟くように、言った。
「……から」
「え、何よく聞こえない」
「私の方が、ハゲてるから!」
「?」
パイ姉、綺麗な金髪なのにどこがハゲ?
「見えない毛が、ハゲてるから……」
「???……見えない毛?」
「ニブい! デリカシーがない! でも、そんなところも好き!」
パイ姉にしては要領を得ない会話に首をひねるオレ。
「……下!」
「下?」
「だから普段見えない下の毛が!」
「もう20なのに! まだ毛が生えて無いの!」
「結婚したら、子供作らなくちゃいけないのに、これじゃ!」
「初夜で笑われてしまう!」
「お姉さんとして、クリ坊には、絶対笑われたくなかったのー」
とうとう女神は、ぺたんと地面に腰をつけてわっと泣き出してしまった。
「え?それ暗くてよく見えないんじゃね?」
「触り心地でわかる! 引かれる!」
「そんなんで、男は引かねえよ!」
「股間がつるつるでも、クリ坊は気にしない?」
「オレは気にしない!」
「笑わない?」
「笑わない!だってその辛さは誰よりも知ってるから!」
そうだ、オレたちは、毛が欲しかったんじゃない、ただ自分の体を認めてくれる人が欲しかっただけなんだ……
愛する人に、嫌われてまで、自分を曲げようなんて、最初からしなくてよかった!
「えっとじゃあオレたち、両思い?」
お互いを指差して尋ね、意志を確認したオレたちは、わっと泣いて強く抱きしめあった。
「「良かった、良かったヨォー」」
そうして、俺たちは帰路へとつく。1人では辛い道のりも、帰り道は楽々だった。
だから道中、俺たちは今まで、自尊心のせいで言えなかったことを、たくさんたくさん話した。
「好きな人がそんなことでこんなに悩んでいたなんて知らなかった、」
「ハゲてるの可愛いから好き、」
「下の毛なんてよく見ないし、むしろ可愛いと思う」
「なるほど……」
「そうなのね」
「ごめんねクリ坊、私間違えていた、」
「オレもだよ、パイ姉……」
愛する人とじっくり話し合うことで、わかったことがある。それは、毛がないことに、一番こだわっていたのは自分自身だった、ということだ。
相手は毛がないことなんか、「見て」すらいなかった。
そう、俺たちは自尊心と、周りの声に惑わされてばかりで、相手の眼に映る自分を知らなかった。
だから、好きな人を理由に、自分の醜い部分を消そうとしていたのだ。
でもオレたちは、自分の体を無理に変えようなどとしなくていい。自分の体の中に、自分の目では、受け入れられないものが存在することを、「受け入れる」。
それはきっと髪型だけじゃない。デブやガリなどの体型や、ニキビ、肌の色、胸や筋肉の大きさに、手足の長さに歯のかたち。
そしてそれらの持つ美しさ。
そんな形のないものに、おどされて、人生を否定されて!
見た目で人の価値が変わるのか!?
それなら、神はネコの姿をしているはずだ!
俺たちは自分を知らない誰かの批難より、自分を愛してくれる人の声にこそ!耳を傾けるべきなんだ。
ハゲだけが!
オレたち存在のすべてじゃない!
「パイ姉、愛してる、オレと結婚してください、」
「はいっ! 喜んで」
人生の幸福は、人と人との間にある。
手に入れた毛生え薬の素材の価値は今、失われたのだ。
手の中を見てオレは言った。
「これはパイ姉に譲る、使ってくれ」
パイ姉も言った。
「や、クリ坊が使って」
「パイ姉がぺろぺろしたがってるハゲを消すなんてオレ、ごめんだぜ、」
「私だっていらないよ、もう気にしてないもん」
2人で貴重な素材をお互いに押し付けあって、やがて、素晴らしい結論が出る。
「じゃあ、これから生まれてくるオレたちの子供のために使おうぜ、」
「そうだね! それがいい!」
オレたちは、今までずっと味わってきた苦痛やしがらみから解放され、満足し、寄り添いあって帰路についた。
「オレたちなら、毛がなくても絶対! 新婚生活うまくやれるよな!」
「……でも子供ができたら、上も下も、つるつるに……どっちに使う?」
「「うぉぉぉぉ!」」
俺たちは、二人とも、悶えた。
最後までお付き合いくださりありがとうございましたー
これにておしまい!
見た目をギャグにしてしまったので、不快な表現になっていなければ良いのですが、実力不足を痛感する作品でした、
血液のガンで亡くなった祖母の葬式で、帽子が脱がされて、笑い者にされていたのが悲しくて、こんな話を書きました、
また機会があればよろしくー