5本目
◇◇◇
「ヘアァァァァァァァッ!」
開戦と同時に俺は飛び上がり、両手斧を頭上から振り下ろしての、必殺の一撃を放つ!
ガキン!
しかして斧は、弾かれた。見ると、斧の刃がなんとゴリゴリに欠けている。
「刃が通らない! なんて硬えケラチンだ!」
「ケーッ!」
直後、目の前の無数の毛髪の一本一本がうねうねと動く!
フサフサーッ!
毛の波が、俺の体をとらえようと迫ってきた!
俺は足の指に力を込めて、とっさにバックステップ!
「ケーッ!」
んザンッ!
目の前で、わずか1秒前までいた場所の土が10センチもえぐりとられてしまった。それも、東西南北の16箇所が同時にであった。
「こりゃやべえ!」
あの手数の多さ!
近距離戦は危険だ!
バク転で、距離を取る!
「ケッケッケー!」
しかし、回避運動をとったオレの視界の端に、ドラゴンが丸まって、ハリネズミのように、全身の毛を逆立てているのが映った!
ファサっ!
――いやな予感!
ピュンピュンピュンピュン!
鋭く光る無数の毛!
まっすぐこちらに向かって飛んでくる!
バク転をキャンセルし、咄嗟に地面に斧を押し付けて二段ジャンプ!
上空に逃げて飛び道具の射線を回避するも、
「ぐ!」
しまった!
一発、左腕にかすっちまった!
ピャーッと、鮮血が吹き出す!
「野郎! 毛バリまで使えるのか!?」
しかも、早くて攻撃範囲も広い!
近距離も中距離も大得意とか、このチート野郎め!
「ケケケケケケケ!」
ドラゴンが笑う!
オラ、かかってこいよ、こんなものか?
そう言っているように聞こえた俺は、ムン! と気合いを入れて、左腕を止血する。傷口が痛むが、意志の力でねじ伏せる。
ああ、こんな時にパイ姉がいてくれれば!
回復魔法で怪我を気にせず、ガンガン攻めることができたのに!
でもやっぱり、パイ姉は、今はいない。
「だからオレは、1人で戦わなくちゃならないんだ!」
「オレは必ずお前を倒す!」
「また、パイ姉と一緒に冒険するために!」
オレは攻撃の間隙を縫うようにタイミングを調整しながら、斧の刃を垂直にたてずに殴るようになんども斬撃を与える戦法に切り替えた!
「ケケーッ!」
しかし、ドラゴンがひと声鳴いて身じろぎすると、背中に生えてる無数の毛がこちらに向かって、追尾レーザーのように迫ってくる!
「く!」
紙一重の側転で回避行動をとると、無数の体毛は、縮毛になったり、直毛になったりしながら、絡まりあって追尾してくる!
「ケケ!」
「しなやかさもあるのか!」
ただ丈夫で硬いだけの毛ではない。
つやも、張りも、色も、保温性や、保湿性、しなやかさも、すべてが、理想的な毛だ。
神聖的なそれにはノミもダニもシラミもすみつかない。
毛からまるで後光が差しているようだった。
人は、毛があるだけで、こんなにエナジーが湧くものなのか!?
……いや、コイツは、ただのモンスターだ。それに伝承では、ちゃんと毛を抜かれている。
「毛が抜けるなら、いつかハゲる!」
いい加減、オレの斧チクチク攻撃が嫌になったのか、ドラゴンは無数の体毛を一本に撚り合わせて剣を作った!
「ンケーッ!」
「ヘアァァァァァァァッッッゥッ!」
オレはやつと切り結び、両手斧と大剣で鍔迫り合い!
「やっぱりよぉ! 婚活以外でも毛を持つものは、強いな!」
でも、負けるわけにはいかない!
そもそも、オレの戦いは、毒や麻痺をかけたり、バフを使うのは性に合わない!
男なら!真っ向からの、人間の魅力と!
力勝負だけだ!
斧でドラゴンの体毛剣を弾くと、火花がバチバチ散った。
バッ!
毛剣がほどけて、数百万の糸となりオレに襲いかかる!
来いよ、毛髪野郎!
その綺麗なフサフサを脱毛させて丸ハゲにしてやる!
「このオレの頭のようにな!」
人と同じ苦しみを味わいやがれ! 人喰いの化け物め!
オレは、迫り来るレーザー毛を、一本一本、丁寧に切り落としていく!
攻撃の手数の多さ、鋭さ、重さ、正確さ、あまりの早さに呼吸が全く追いついてこない!
苦しい。
息ができねえ。
「ケケケケケケ毛ッ!」
「ヘアヘアヘアへアヘアヘアヘアヘアーHAIRッッゥッツ!
毛とヘアー。無毛と剛毛。竜と人。隔てられた俺たちの叫んだ言葉は、奇しくも同じ意味を持っていた。
年齢も、種族も、生まれたところも、食べるものも違う。それなのに、同じもの見てるってなんか感動!
刹那、オレは暗闇に浮かぶ一本の毛を幻視する。
暗闇を漂っていた毛は、突如爆発して光を放ち、渦巻いた光は銀河を作り、やがてそれは太陽や星の輝きになり、地球が出来て、オレの頭に光が灯る。
そしてオレは唐突に理解する。
人は毛だ!
1人1人は頼りない一本の毛だが、集まると複雑にからまり合って、1つの髪型を作る。はえては抜け、生まれては死んで、そうして、1つの髪型は出来ている。
そう、オレは、1人ではなかった!
だから絶対、ここで負けらんねぇ!
オレはなんとしてでも、毛生え薬を手にいれる!
そして、髪を生やして、もう一度プロポーズをして!
オレの頭の光は、これからもまだ見ぬ未来の子供達に引き継がれていくんだ!
「パイ姉ーっ!」
無限にも思えるドラゴンとの攻防の中、覚醒したオレは女神のことだけを考えて、目の前の毛を捌き続けた。
やがて、ふと、攻撃の手が緩まる!
ドラゴンは、全身の針を飛ばしすぎて、なんかカッパみたいになってきていた。
「けー……」
――今だ!いける!
「このまま押し切る!」
「ドラゴンよ、オレの愛の礎となれ――っ!」
オレが奴の頭から生える一本の太い毛を狩ろうと前に飛び出た次の瞬間!
ヒュンと、俺の肩を何かがかすめた。
何!?
かすったものが凍りついて、腕が上がらねえ!
突然の事に理解が追いつかない。
振り返ると、仮面をつけた女が1人、樹上に立っていた。
金髪の女は大声で叫んだ。
「そのドラゴンは私の獲物だよっ!」
当然、オレは横取り行為に怒りを覚えたが、ふと、女に影が落ちているのが見えた。
さらに上を見ると、山頂の天空には巨大な氷塊が浮かんでいた!
――家ほどの大きさ!
「氷結魔法だと!?」
それも、なんて規模だ!
「くっ!」
ひるんだオレの靴底が、石を後ろに噛む!
ゾォォオン!
氷塊がオレとドラゴンとの間の地面に激突してはぜる!
「獲ったどー!」
直後、女は倒れ伏したドラゴンの頭から、太い一本の毛髪を引き抜いた!
「てめえ!」
「けーっ!?」
ドラゴンの泣き声!
ちなみに、著者はハゲてません!