03 交渉
「それでは、この通りででよろしいでしょうか?」
「はい、妥当ところでしょう。」
榊原とランスの話し合いで、いろいろなことが見えてきた。
まず端的にいうと、我々クラスメイトは元の世界に戻れない。この召喚は一方通行なのだ。
その為、私達はこの世界で生きる術を見つけなければならない。
クラスメイト達は愕然とした。
そういった展開をほんのり期待していた人もいたらしいが、それでも現実を突きつけられそれを理解してからはただ呆然としていた。
今回の召喚は、国の危機という事で英雄を強制的に呼び出して協力してもらおうというものだった。
この国に住んでいる以上、国からの呼び出しには応えなければならない。それに応じない場合にこのような手段を使うのだそう。
とはいえ、これは最終手段のようなものだ。
呼び出しに応じない者など普通はいないうえに、召喚をされることはとても不名誉なことらしい。
ランスはこの召喚をあまり行いたくなかった。英雄の機嫌を損ね、国に不利益がかかるような事があったらそっちの方が一大事だ。
しかしアレンシアの国民である以上は逆らえないだろうと国の中心にいるお偉いさんたちがこれを強行させたらしい。
ならばせめて形だけでもと思い行った召喚だったが、結果は異世界の人たちを召喚してしまうという最悪に近い結果となってしまった。
だが、事が起きてしまった以上、この世界で生きて行くしかない。
せめてこの世界で生きる為の最低限の生活は保障しよう、そうランスは約束してくれた。
そこで、男子は騎士団、女子は侍女の仕事を紹介してくれることになった。どちらも寮または住み込みで仕事ができ、給料も割といいとのこと。
お金が貯まり暮らしが確立できそうなら、家を個人で買っても別の仕事を探してもいいだろう、と。
それでも余所者であることは変わりないので、しばらくは監視の目が付くらしいが。
ある程度の制約があるとしても、こちら側が不利益を被ることはなさそうだ。
悪い結果では無いだろう。榊原はようやく肩の力を抜き一息ついた。
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クラスメイトたちは、騎士団組と侍女組に分かれてわらわらと集まり始めていた。
——さて、どうしようか。
「菜々、どうした?眉間にしわが寄ってるよ。」
「あぁ香穂。そうかな、私なら大丈夫。心配しないで。」
——どうやら怖い顔をしていたらしい。気をつけないと。
「…私、侍女じゃなくて騎士団の方に入りたいんだけどいいのかな?」
「それなら女子も騎士になっていいか聞いてみようか。」
──そっか。香穂は騎士になりたいのか。
香穂は異常なレベルで運動ができる子だ。
趣味は走ること。陸上の長距離で全国を狙えるレベルだ。今年は残念ながら逃してしまったらしいが。
今みたいに運動できるチャンスがあれば、魚のようにパクりと食いつく。
これで勉強もできるのだから恐ろしい。
交渉の末に承認をもらい、騎士組の方にいそいそと寄っていく。
バタン!
扉が勢いよく開く音がして思わず扉の方を向くと、そこには騎士らしき男が入ってきた。
「王がお待ちです。早く来ていただけませんか。
…この方達は誰でしょう?」
ランスははぁ、とため息をついた。もう呼ばれてしまったか、とでも言いたそうな雰囲気だ。
「…ここにいる皆さんが今回召喚された人達です。詳しい話はあちらでします。皆さんも取り敢えず行きましょうか。」
ランスとクラスメイトは王のいるであろう場所にぞろぞろと移動を始めた。
菜々も皆の後ろについて歩き始めた。
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一際立派な扉の前でランスは立ち止まった。
「この先に王がいます。おそらく重鎮達もいるでしょう。作法などはわからないと思うので特にやらなくて大丈夫です。私が責任を取りましょう。」
クラスメイト達は緊張した面持ちでうなづいた。
扉が重そうに開く。
前には赤い絨毯が敷かれている。本当に西洋の城の雰囲気とそっくりだ。
奥には段差があり、その上の豪華な椅子に座った王らしき人がいる。両脇にも人が何人もいた。
ランスに続いてクラスメイトは緊張したまま前に進む。王とサイドにいる人たちが驚いている姿が見える。英雄だけを召喚する予定だったのに、こんなに沢山の人が入ってきたのだから。
王の横にいる人が少し顔を顰めている。なにか礼儀がなってなかったのだろうか。
王の前につき、ランスは話し始めた。
曰く、英雄は召喚出来なかった、代わりに呼ばれたのは全く関係ない異世界の人だったと。
王は無関心そうに話を聞いているだけだった。自分の国に利益をもたらすはずの英雄が来なかったので、興味が少しも湧かないのだ。
ランスが事情を話し終わると、王は面倒くさそうに聞いた。
「…それで、其方はこの者達をどうする予定なのだ?」
面倒さを隠しもしないうえにランスに全て丸投げしようとうる王に、ランスは諦めたように一息吐き答えた。
「この者達を王宮の侍女、又は騎士として雇って頂けませんか。この者達が望むのは最低限の補償と安定した生活を送れる事です。此方には呼んだ責任があるのですから、これくらいはしないといけません。」
よろしいでしょうか、と聞くランスに嫌そうな顔を少し見せた王は面倒そうに了承の意を示した。
「…ちっ、いいだろう。仕方ない。」
ランスは少し安心したような表情を浮かべた。