プロローグ
僕は〝アオ〟が好きだ。
アオ———それは青と似ていて、でも、青とは違う。
青は例えるなら、絵具の色や、その原料のラピスラズリの色として想像される。それは正しい。
また、人によっては拡大解釈として、海や空の色も青と呼ぶかもしれない。それも正しい。
ただ、僕の言う〝アオ〟とは違う。
〝アオ〟は目に見えない。でも、見える気がする。そういうものだ。
例えば、MVや映画などの映像作品で敢えて青みがかった画が撮られることがある。あなたはその画に何を思うだろうか?
———懐古、悲哀、寂寞、哀惜、閑寂———
こんなところだろうか?
人によって心の尺度や感度は異なる。だから、「こうだ」と断定する気はないし、つもりもない。
でも青の映像はきっと静かで、少しだけ寂しくて、少しだけ冷たくて、でもときおり日が射して心地よく、心を穏やかで安定した凪の状態に持っていく。そういうモノなのではないだろうか。
少なくとも僕はそう思っている。
そしてその感覚が、僕の言う〝アオ〟にとても近い。
何となく息をして、歩いて、眺めている日常で感じる見えない青、それが〝アオ〟だ。
僕はいつだってそれを探している。でも理想の〝アオ〟は近くにありそうで、とても遠い。
今日も空を眺める。
桜が溶けた微かに甘い風の匂い、雲一つない澄み渡った空、アオい。でも、濃い。
僕が望む〝アオ〟はラピスラズリの様に濃いものじゃない。逆に拡大解釈的な空のほうがそれに近い。もっと言えば、水縹色や白藍色の様に白に近ければ近いほど理想に近い。
だからだろう。理想の〝アオ〟はありそうでない。でも、いつかは手が届きそうで、諦めるなんて考えは浮かばない。
雲一つない空は針のない時計と同様に、時間という感覚を喪失させる。
パサッ…
何か軽いものが風ではためくような音が微かに響く。
時間が戻ってくる。
僕は音のした方へ顔を向けた。吐息が漏れた。
そこには一人の少女がいた。風に髪を、服を靡かせ、空を見上げ、少女は立っていた。
少女はとても特徴的な見た目をしていた。
黒髪をベースにインナーに金髪、腰まである長髪、肩から下はグラデーションのかかった青い髪。それをポニーテールの形に結ってまとめている。色素の薄くなった毛先と金髪が太陽の光を反射させて、キラキラと光っているように見えた。
漏れた吐息を取り返すように喉がコクンと鳴る。
見惚れていた。
少女の派手な髪と美しい横顔にじゃない。いや、それもあったのかもしれないが、一番の要因はそこじゃない。
そこには〝アオ〟があった。それもとても薄い〝アオ〟だ。白と見間違えるほどに薄い。限りなく理想に近い〝アオ〟だった。
———見つけた。
そう思った。その瞬間、ポケットの中に振動を感じ、びくっと体が震えた。
[ 新着:明灯 「今どこー?透の用事、済んだからもう帰るよー」 ]
僕はスマホのロック画面に表示された通知を見て、横に置いていた鞄をひっつかんで立ちあがる。
ちら、と少女を見る。少女は空を見つめ続けている。
僕は視線を戻すと、屋上の開け放たれた扉をぬけ、ひんやりとした階段を降りる。
胸が高鳴っていた。
———やっぱり、あったんだ。
僕はスマホに表示された通知をタップして、「校門のところで待ってて」とだけ書いて送った。きっとその時、僕は小さく、でも心の底からの笑みを浮かべていた。
屋上の少女は空に顔を向けたまま、先ほどまで少年がいた場所を眼だけで捉えていた。