大きな壁
――私は、誰だろう。
目を覚ますと真っ白な天井が目に入った。
起き上がって周りを見たが、どうやら病院らしい。
だが、何故だろう。自分が病院にいる理由に何もピンと来ていない。
――「痛っっ。」
今気づいたが何だこの怪我は。包帯越しでよく分からいが、かなり大きめの切り傷だろうか。何があったんだ。そうだ、昨日.....。あれ、昨日は何をしていたんだっけ。思い出そうとしても、大きな壁が立っているかのように、起きてからの記憶より前に進めない。
――ガシャッ
扉が開き、二人の男女が慌てて入ってきた。
「こうすけ!大丈夫なの?」
「おい、大丈夫なのか?」
何やら、僕に向かって話しているようだ。
この病室には、僕しかいないから容易に察しがついた。そして、自分が置かれている状況にも。
「こうすけ!何があったの??」
「どうしたら、家の中でこんな怪我をするんだ?」
両親と思われる二人にまた質問された。しかし、僕の頭はそんな質問よりも、自分が記憶喪失であるという確信により、思い出そうとすることに注力していた。
だが次に、両親と思われる二人が言葉を発する前には、諦めてしまった。自分自身だからわかる。自力で思い出すのは無理そうだと。まるで、別人に乗り移った様な感覚に陥ってしまった。
そこで、考えた。何かきっかけになるような事があれば可能かもしれない。
次に、僕が取った行動は、両親と思われる二人と会話をする事だった。
「おい、何があったんだ?」
また、何があったのかと聞かれた。
この二人も、この傷については知らないみたいだ。
僕はきっかけを求めて、二人と話すことにした。
微塵も思い出せないと悟ったことによる悔しさからか、僕の頭は絶対思い出してやるという気持ちに支配された。
「ごめん、昨日のことはおろか自分が誰なのかも分かっていないんだ。」
僕の、第一声はこれだった。
僕は、目の前の二人が両親であると確信したので、この二人からきっかけを掴もうとした。
「本当か?」
男性のほうが、間髪いれずに質問してきた。
女性のほうは、呆気にとられたような表情をしている。
「うん、本当だよ。」
素直に、打ち明けよう。
そして、頼れる存在がほしかった。
「そうか。なら、ひとつずつ思い出していこう。お前が生まれたときから話をしよう。」
――そこから、長い話が続いた。結論から言うと、記憶は戻らなかった。だが、分かったことも多かった。
まず、僕の名前だ。
僕は 榊 康介という名前で高校二年生の16歳だった。
そして、目の前の二人、榊 潤、榊 真奈美榊 美奈子は両親だった。僕は、一人っ子で父親は歯科医、母は専業主婦という家庭だった。他にも、通っている学校や友達の名前など多くの情報を聞くことが出来た。
――次の日。
今日は、友達の 遠藤 飛鳥 というお淑やかで気配りの出来る女の子がお見舞いに来てくれるとの事だ。事前に両親から友達が面会に来ると時間と名前だけ聞かされていた。二人きりの面会らしい。少しだけ楽しみだ。
――ガシャッ
「おはよう。」
彼女から、挨拶をされた。
第一印象は、お淑やかな美少女だな。と寸評通りの感想を抱いた。
「おはよう。」
普通に、返事をした。
「記憶、ないんだってね。」
いきなりだった。両親からある程度、僕の状況を聞いているみたいだ。
それにしても、ズバッと言ってきたなと思う。
前の僕達の関係性を知らないから、余計になんだコイツと思ってしまった。
両親よ、気配りの出来るという情報は訂正しておきたい。
「そうなんだ、だから思い出そうとしてるんだ。」
両親のときと同じように、素直にこたえることにした。
「本当なんだね、じゃあ思い出せるように私の中の思い出でも語ろうかな。」
「まって、本当なんだねってどういうこと?」
僕は、彼女のその言葉が少し気になった。
「うん、お父さんとお母さんに嘘吐いたのかと思って。」
「なんで?」
僕は、理由を食い気味で聞いてしまった。
「だって、ずっと喧嘩してるって言ってたし。康介の性格上、これ以上喧嘩するのが嫌で嘘吐いたのかなって。」
「その話、詳しく聞かせて。」