7月 火柱 ⑥
「おはようございます。サタデイ・モーニングです」
番組が始まり、新藤が流暢に話を始めた。
「今日のコメンテーターの皆さんを紹介します。まず、政治評論家の宮田信久さん」
一人ずつ紹介され、頭を下げていく。京子は6番目に呼ばれた。
「それと、桂木京子さん。桂木さんは、今年1月の奥多摩老人ホーム放火事件が起きた時に、燃え盛る炎の中で高齢者を逃がそうと救助活動にあたった介護士の方です。今日は冒頭のコーナーで放火事件のその後を追っています。桂木さん、よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします」
京子はハッキリと答えてペコリと頭を下げた。
「それでは、井森レポーターが現地に飛んでいます。井森さん?」
新藤が呼びかけると、目の前にあるモニターに若い男が映し出された。
「ハイ、こちら福岡市内にある公園です。今年の福岡は雨が多くて肌寒い日が続きますが、今日も朝から小雨がぱらつき、肌寒い一日となりそうです。実は、今来ているこの公園で、1か月ほど前から異変が起きているのです」
井森と呼ばれたレポーターは話しながら歩き、水飲み場で服を洗っている男の前で立ち止まった。
「おはようございます」
話しかけられると、その男は振り向いて、軽く会釈した。頭は禿げあがり、やせほそっている。
「あの、何をしていらっしゃるんですか」
「服を洗ってるんですわ」
「服を洗ってる……公園でですか?」
「まあ、今はここに住んでるから」
「公園に住んでる?」
「老人ホームが放火に遭いましてな、追い出されてしまったんですわ。ここに寝泊まりするしかないんですわ」
「えっ、家に戻るとか……」
「家はないんです。女房を亡くした後、家を売って老人ホームに入ったんですわ」
「そうなんですか……それなら、どこか別の施設にでも」
「そりゃあ、市役所にも県庁にもみんなで頼みに行きましたわ。でも、どこもいっぱいで入れないって言われたんですわ」
「老人ホームの経営者は、何も対処してくれなかったんですか」
「ホームは倒産ですわ。経営者の山根さん、いくつもホーム経営しててね、二つか三つか。そこを狙い撃ちされたんですわ。すべて放火。山根さんの家も放火に遭ったって聞いたけど、踏んだり蹴ったりですわ。あんないい人に、誰があんなひどいことをするのか、世も末ですなあ」
「他のみなさんはどうしてるんですか」
「あそこのテントで眠ってる人もいるし、ホラ、あそこでみんなでご飯食べてるでしょ。みんな、この公園に住んでるんですわ」
カメラは男が指さした方角を映し出す。すると、パーゴラの下で5・6人の高齢者がビニールシートを敷き、円座を組んで食事をしていた。
「でも、皆さんどうしてるんですか、眠る場所とか食糧とか」
「見かねた近所の人が差し入れしてくれるんですわ。テントとかビニールシートとかをくれて、食べもんも持ってきてくれてね。そんなときは、世の中まだまだ捨てたもんじゃないって思いますわ」
「でも、雨の日はどうするんですか」
「テントを張ってこもるか、屋根のあるところで雨宿りするしかないんですわ」
「井森さん、井森さん」
新藤がスタジオから呼びかけた。
「井森さん、いったいそこで何が起きてるんですか」
「ハイ、今年1月から全国で老人ホームの放火事件が相次ぎましたよね。ここにいらっしゃる皆さんは、その被害に遭った方々なんです。3カ月前にここ福岡市の老人ホーム福寿園が放火されまして、12名の方が亡くなられて、30名以上の方が重軽傷を負いました。まだ入院している方もいらっしゃいます。その後、今のお話にもあったように、福寿園は倒産してしまい、ホームを閉鎖することになりました。多くの人は身内に引き取られたんですが、戻る家がなかったり、身寄りのない方は、こうして公園で寝泊まりするしかなくなってしまったんです」
「自治体はどうなんですか。何も対応してくれないんですか」
「ハイ、今もお話にあったように、皆さんは何度も市役所や県庁に出向き、窮状を訴えかけたそうなんです。市役所や県庁もあちこちに問い合わせはしたそうなんですが、多くのホームはすでに入居者でいっぱいだから引き取れないと断られたそうなんです。こうやって公園で寝泊まりしている方々は、老人ホームに入居する際に多額のお金を払っているから、手元にお金はないんですね。新たにホームに入ろうにも、お金を払ってもらえないならお世話はできない、と断られたそうなんです」
「倒産した福寿園ですか、そこの経営陣は入居者の方々にお金を払い戻そうとはしていないんですか。入居する際にかなりお金を支払っているにも関わらず、その契約を反故にされたようなものですよね」
「ハイ、おっしゃる通りです。けれども、福寿園もですね、経営していたホームをすべて放火され、経営者の自宅も放火されたそうなんですね」
「それ、本当の話なんですか」
「ハイ、本当なんです。一カ月前に自宅が放火されて、経営者の山根さんご夫妻は何とか逃げられたんですが、同居していた山根さんの母親が逃げ遅れて亡くなられているんですね。そういう事情もあって、お金の交渉をする状況ではないんです」
「なんていうことだ」「むごすぎる」と、スタジオにいるコメンテーターから憤りの言葉が漏れる。
「それ、同一犯なんですかね、ホームを放火した犯人と、山根さんの自宅を放火した犯人と」
「警察は同一犯ではないかという見方を強めて、今捜査をしている最中です」
「分かりました。ありがとうございます」
映像はスタジオに切り替わった。
「福岡で老人ホームの放火事件で被害にあった高齢者がホームレスになっているというレポートだったんですが、実はそれは福岡だけで起きているわけではないんです。全国的に起きているのだという、信じがたい話があります。週刊文集でそのスクープ記事が載ったんですが、そこでコメントされていたのが、今日スタジオに来ていただいた桂木京子さんです」
京子にカメラが向けられた。京子は自然と背筋が伸び、顔をまっすぐに上げた。
「桂木さんは、最初に起きた奥多摩老人ホーム放火事件の、美園ホームの職員だったんですね」
新藤の言葉に、京子はうなずいた。
「そうです」
「放火されて、美園ホームも倒産してしまったそうですが、その後、何が起きているんですか?」
「ハイ」
京子は軽く息を吸い込んだ。
「私は今月の初めに、ホームにいた入居者さんの二人が、新宿の公園で寝泊まりしているという話を聞いたんです。その二人は、ホームが倒産してから施設を転々としていたんですが、どこも長期的には預かってもらえなかったんですね。ホームレスの支援施設に入るしかなかったんです。でも、最期をそこで迎えたくないと本人たちが言っていて。だから新宿の公園で寝泊まりするしかなかったんです」
「なるほど。年金はどうなんですか。年金を受け取っているのなら、そのお金でアパートに入るという選択肢もありますよね」
「年金は確かに受け取ってるんですが、連帯保証人になる人がいないからという理由で断られることが多くて。仮にアパートに入ったとしても、年金は数万円なので、それだけで生活するのは難しいと思います」
「生活保護は申請してないんですか」
「申請していますが、順番待ちになっているみたいで……」
「こんな悲惨な話はありませんよね。年金をもらえるということは、今までずっと働いてきて、定年を迎えて、よしこれからは悠々自適の生活を送ろうと思っていたわけですよ。それでホームに入って穏やかに暮らしていたのに、放火で住む場所を奪われて、公園で寝泊まりするしかないなんて。とても先進国で起きていることだとは思えません」
新藤がカメラをまっすぐ見ながら熱弁をふるう。
「そのお二人には家族はいないんですか」
宮田が京子に問いかけた。
「います。ただ、ご家族の方は引き取れないと言ってるようなんですね。自分たちが生活するのに精いっぱいで、とても面倒は見きれないという理由で」
「それも切ないねえ。自分の育てた子供に見捨てられたようなもんだねえ」
「でも、ご家族も泣く泣く決断したと思うんです。引き取りたくても小さい子供の世話で精いっぱいというところもあれば、リストラで職を失ったというご家族もいるんです」
「なるほどね」
宮田は納得したようにうなずいた。
「犯人はまだ見つかってないんですよね」
新藤の横にいる若い女性アナウンサーが京子に問いかけた。
「ええ、まだ見つかってません」
「そのお二人はどうしてるんですか。公園でそのまま寝泊まりしてるんですか」
「いえ、今はビジネスホテルに泊まってます。でも、いつまでも泊まれないので、どこかの施設に入るか、安いアパートを借りるかしかないと思います」
「そのお金はどうしてるんですか。ホテルに泊まってるお金は」
「ご自分でも出してますし、私も多少は」
「そうなんですか、あなたがお金を出している。たいしたもんだ」
宮田は大きく何度もうなずいた。
「でも、桂木さんもいつまでも一人でサポートしていくわけにはいかないでしょう。やはり国や自治体のサポートが必要でしょうね」
新藤が話を継いだ。
「今までに、老人ホームの放火事件は全国で16件起きています。それでは、老人ホームはどんな状況になっているのか、そちらもレポートしました」
モニターの画面が切り替わる。
京子は大きく息をついた。
――ちゃんと話せた。
気がつくと、手の平には汗をびっしょりかいていた。
スタジオの隅で邦雄が満足げに微笑みながら、京子に向って親指を立てた。京子も軽く微笑んで返した。
――私だって、やればできるんだから。
心の中で、そうつぶやいた。




