12月 狂炎 ㉖
7時40分。鉄拳5は動画サイトに82名が投降すると告げる動画をアップした。
順二は1階の正面玄関でバリケードの一部を取り除く作業をノロノロと手伝っていた。積み上げる時は懸命だったのに、今は一つ取り除くたびにため息が出る。
――あーあ、なんでこんなにたくさん積んじゃったんだろ。
「おい、もっと広く開けてくれないと、通れないよ」
投降するメンバーの一人が不満を漏らすと、
「だったら、自分でやれよ。お前らが逃げるんだろ?」
と憂国がすごんだ。投降するメンバーはみな、気まずそうに押し黙った。
通路ができたのは、8時数分前だった。まずは女が一人、自動ドアから外に出る。
「今、女性が一人出てきましたっ。中から女性が一人出てきました!」
とたんに目もくらむようなカメラのフラッシュがたかれ、各局のアナウンサーの絶叫する声が響き渡る。
その後は、我先にとメンバーが出口に殺到する。
その両脇には、憂国やこばけんらが30人ほど、自衛隊や機動隊の突入に備えて鉄パイプや角材を持って待機している。順二は鉄パイプを持ってエレベーター付近にいた。
「ごめん、やっぱり俺も行く」
メンバーの一人が突然鉄パイプを放り出し、出口に走った。
憂国が笑いだした。
「弱虫どもめ。いいさ、逃げだしたいやつは、どんどん行っちまえ」
――今だ。
順二も続いて、走り寄ろうとした。
そのとき、後ろにいたメンバーが「俺も行く!」と順二を押しのけたので、順二はバランスを崩して転んでしまった。
順二があたふたしている間に、新たに10人ほどの投降者が出た。
最後の一人が出たとき、憂国はそばに置いてあったトランクをつかみ、外に放り出した。
「バイバーイ」
数秒後、爆発音が鳴り響き、ガラス戸が割れ、バリケードの山が崩れ落ちた。バリケードによりかかっていたこばけんらが机や椅子の雪崩に巻き込まれる。
順二は何が起きたのか分からず、呆然とした。まわりのメンバーもみな固まったまま動けずにいる。
憂国はガラスの破片が額に突き刺さり、床に転がって呻いている。
床に広がっていく血を見て、「何、何が起きたんだっ」とメンバーの一人が叫んだ。
バリケードの山に呑み込まれたこばけん達が、「助けてくれえっ」と悲鳴をあげている。
そのとき、数名の機動隊が崩れたバリケードを乗り越えて入ってきた。順二は尻もちをついたまま、口をポカンと開けていた。
「手を挙げて、両手を頭の後ろで組んで!」
銃口を突き付けられ、順二は慌てて言われた通りにした。他のメンバーも、同じように手を挙げている。背後に一人の機動隊員がまわり、順二を立たせた。
――終わった。
順二は目を閉じた。長い長い四日間だった。
憂国はケガをしているのになおも抵抗し、機動隊は数人がかりで取り押さえている。
順二は促され、手を挙げたまま机や椅子をまたいで外に出た。そして足を止めた。
そこには、地獄絵図が広がっていた。
投降したメンバー数十人が、血だらけになってそこかしこに倒れている。手がもげて絶叫している者もいれば、うつぶせになったまま動かない者もいる。
自衛隊や機動隊、メディアの関係者も吹き飛ばされたようで、門の外は逃げまどう人々で大パニックが起きている。
「なんだよ、これ。なんだよ、これ」
順二は足がすくんで動けない。
「こっちへ」
機動隊が順二の腕をとり、横によける。
そのすぐ後を、引きずられるようにして血まみれの憂国が出てくる。憂国は目の前の光景を見て、一瞬ニヤリと笑い、猛々しく吠えた。
そして力の限り暴れまわり、機動隊の手が離れた瞬間、
「俺に触わるんじゃねえっ」
と飛び退った。
「俺に触ると、お前ら、吹っ飛ぶぞっ」
憂国は迷彩服のコートを勢いよく開けた。腹に赤いものがくくりつけられている。
それがダイナマイトだと分かったとき、順二は血の気が引いた。憂国の手にはいつの間にかライターが握られている。
「まずいっ、逃げろっ」
機動隊がわっと走りだす。順二も倒れている人を踏んでバランスを崩しながらも、門の外に走り出た。
「ダイナマイトだっ」
「下がれ、下がれっ」
門を取り囲んでいた自衛官らも慌てて逃げている。
順二は止まっている戦車の脇をすり抜け、日比谷公園に入る。
公園は逃げ惑う人々でめちゃくちゃになっていた。
ふと、誰も順二を追ってこないことに気づいた。
――逃げれる。
その四文字が頭に浮かんだとき、順二は全速力で走り出していた。
人波に紛れ込み、人を押しのけ、転ぶ人に躓きながらも、順二は走った。後ろを振り返らずに、ひたすらひたすら、走った。




