12月 狂炎 ㉕
朝7時。順二は一階の見張りをしていた。
「日本リセット会の諸君!」
突然、外から呼びかける声が響いた。誰かがスピーカーを使って話しているらしい。
「私は総理大臣の田部井です」
その場にいたメンバーと顔を見合わせた。
「今、私は厚労省の前に来ています。皆さんと話をしたくてここに来ました」
順二たちはバリケードの隙間から確認しようとしたが、外の様子は見えない。
「あっ、本当だ」
スマホを持っていたメンバーがみんなに、画面を見せた。画面は小さくても、その男がいつもテレビで見る総理大臣だということは分かった。
「あなたたちは、完全に包囲されています。厚労省を自衛隊が取り囲んでいるのが見えるでしょう? あなたたちがそこに立てこもっている限り、日本の行政はストップしてしまうんですよ。
今、近隣諸国が日本に向けてしょっちゅうミサイルを発射しているから、全力で国を守らなくちゃいけない状況なんですよ。これ以上、国の中枢でもある行政をストップするわけにはいきません。
そこで、1時間、猶予を与えます。そこからみんなで出てくるか、もしくは代表者と私とで話し合うか、とにかく事態を進展させたいのはお互いさまでしょう。おとなしく出てくるのなら、傷つけることだけはしないと約束します。
ただし、もし1時間待っても誰も出てこないなら、自衛隊がバリケードを壊します。繰り返しますが、猶予は一時間です。お互いに血を流すことのないよう、平和的解決をしようではありませんか」
そこで演説は終わった。順二は興奮で体が震えた。
――これで外に出られる。ここから抜け出せるんだ。
他のメンバーは、「ヤバいんじゃないの、これ」とおびえだした。
「戦車がいるじゃん。こんなのに撃たれたら、どうすんだよ」
「ここにいたら、ヤバくない?」
みんな、エレベーターに向かって駆け出した。順二は後からゆっくりついていく。
集会室に行くと、すでに他のメンバーは全員集まっていた。
鉄拳5が寝不足で真っ赤な目を血走らせながら、テレビの前をウロウロしている。
「おい、早く出て行かないとヤバイ」
メンバーの一人が言いかけると、「いや、それはまずい」と鉄拳5が遮った。
「いいか、これは罠だ。僕らを分断し、混乱させるための罠なんだ。自衛隊が僕らを襲えるわけない。そんなことしたら、憲法違反になるからね。これはこけ脅しだ。
現に、自衛隊が突入するとは言ってない。自衛隊はバリケードを壊すとしか言ってないんだ。向こうは腰が完全に引けてる。言いなりになる必要なんかないと思う」
「こけ脅しのために、戦車まで呼ぶか? 5台もあるぞ」
メンバーの一人が厳しく反論した。
「戦車で撃たれたら、ビルが吹き飛ぶぞ」
「それはないでしょう。そんなことしたら、厚労省のデータはすべて吹っ飛ぶんですから。それに、そんなことしたら、世間が黙ってませんよ。だから、まずは僕が総理と会って交渉するから」
「冗談じゃないよっ。そんなの待ってられないって。もう、こんなとこにいるのは、うんざりなんだ、俺は出るぞっ」
一人の男が、顔を真っ赤にして叫んだ。
「私も出たい」
「私も。もう、こんな生活耐えられない」
みな口々に不満をぶつける。
「わかった、じゃあ、こうしよう」
鉄拳5は手を叩いた。
「外に出たい人は、今すぐ出ていけばいい。その代わり、こっちは援護も何もしないから。出た瞬間撃たれても、責任持たないからね。それと、一歩外に出たら、二度とこっちには戻ってこないでほしい。もう仲間でも何でもないから。逮捕されてもいいなら、出て行けばいい。引き留めないから」
鉄拳5の言葉に、その場にいたメンバーは顔を見合わせた。
「私は出ていく。こんな場所にいるより、逮捕されたほうが、ずっといいもん」
一人の女が言うと、「私も行く」「俺も。自衛隊が人を撃つわけないよ」「どっちみち逮捕されるなら、早いうちがいいよね」と次々と名乗り出た。結局、ほぼ半分のメンバーが出ていくことになった。
順二も手を挙げようとしたが、眉を吊り上げている鉄拳5や、出て行きたがっているメンバーを鋭く睨みつけている憂国を見て、どうしても言い出せなかった。
「どうやって、外に出すよ」
憂国が尋ねると、「それについて、ちょっと相談したい」と鉄拳5は憂国を手招きして、部屋を出て行った。
順二は床に座り込んだ。
ふと、部屋の隅に座っていた夜青竜と目が合う。夜青竜は怯えたように素早く目をそらした。
――どさくさにまぎれて、俺も外に出るしかないな。俺を裏切り者だと思ってたこいつらと、一緒に残る必要なんかないし。こいつらに義理立てする必要なんか、ない。よし、出るぞ。兄ちゃんたちに会えるかもしれないし。
順二はそっと手を握りしめた。
――逃げきれたら、南に会いに行こう