12月 狂炎 ㉓
「でも、自首したら、俺は死刑だよ? そんなの耐えられないよ」
直行は顔を上げた。真っ青な顔で訴えかける。
「そうかもしれない。だが、悔い改めれば、無期懲役になるかもしれない」
「そんなのムリだよっ、ムリっ」
直行は頭を抱える。
「お前はまだ、若いんだ。過ちを認めれば、まだやり直せる。刑務所の中にいたって、人生はやり直せるんだ。人として正しい道を選べるんだ。それこそが、やり直すってことなんだ」
幸輔は優しく言い聞かせる。
「ムリだよ、ムリ。絶対に。あり得ない」
直行は「ムリ」「あり得ない」と何度もつぶやいた。
「お前、いったい何人殺したんだ?」
「それは……」
直行は血の気を失った顔で、考えをめぐらしているようだ。
「先月の限界団地で老人を襲ったクジョレンジャーってやつら、お前も一味なんだろ?」
直行はがっくりと首を垂れた。
「よく逃げられたな」
「あれは、まあ……騒ぎが起きた時に、現場からはすぐに逃げたし。普段、あいつらと接しているときも、ずっとマスクをつけてたし」
「仲間を見捨てて逃げたってことか」
「別に仲間じゃねえし」
幸輔はため息をついた。
「まあ、お前は昔から友達がいなかったからな……。他にはないな」
黙り込んだ直行を見て、さすがに幸輔も顔色を変えた。
「まさか、他にもあるのか?」
「学校に集まった老人も殺した……」
幸輔は絶句した。
「それじゃ、お前……あの、老人ホームを焼け出されて集まっていた小学校の放火事件も、お前なのか?」
「俺一人じゃないけど……」
「そりゃ、死刑になっても仕方ないよな。殺した数が多すぎる。二ケタ行くじゃないか」
幸輔の言葉に、直行は訳の分からない雄たけびをあげた。
「でも、なんでそんなに老人を殺したんだ? お前は理由なんかないって言ってたけど、それなら老人以外も殺すだろ?」
直行は荒い息をしながらブルブル震えている。ようやく自分がしでかしたことを自覚したんだと、幸輔は気づいた。
「お前が悪いんじゃない。俺が悪いんだ。俺という人間が弱かったから、お前を人として正しい道に導けなかった。お前が間違った方向に進んだのは、お前が悪いんじゃない。すべて俺のせいだ。
正子が死んだのも、俺のせいだ。俺が浮気してたから、正子は売春に走った。俺という存在が、周りの人を狂わせ、誤った道に導いていたんだ」
幸輔は直行の背中を優しくさする。
「俺がついてるから。刑務所に入ったら、毎日でも面会に行く。死刑になるのなら、俺が骨を拾ってやる。俺がついててやるから。俺も一緒に、罪を償うから」
直行は声を上げて泣きだした。幸輔は繰り返し、「俺がついてるから」と言い聞かせた。
ややあって、幸輔は壁にかけておいたジャケットのポケットから何かを取り出し、テーブルに置いた――拳銃だった。
直行は、それを凝視する。
「昔、チンピラの世話をしてやったことがあってね。そいつに頼んで、一丁用意してもらったんだ」
直行は涙に濡れた顔で、幸輔を見つめる。
「お前にもプライドはあるだろう。もし、どうしても自首できないのなら、自分で自分の人生を終わらせるっていう手もある。
俺を撃ってもいいんだ。俺を撃って逃げてもいい。それでお前の気が済むなら、そうしてもいいんだ。でも、それは余計につらく苦しい道を選ぶことになる。死ぬ以上に苦しい道になる。
できれば、俺はそうしてほしくない。最後の最後で逃げたことを後悔してほしくないんだ。そこで後悔しても、取り返しはつかない。でも、自首したら、少なくとも逃げなかったんだからその後悔はない。その分だけ、心の安らぎを得られるんだ」
直行は顔をゆがめ、叫ぶように泣き声を上げた。幸輔は直行の背中をさする。
「罪を犯しても、自由になる方法がひとつだけある。それは逃げないことなんだ。逃げてちゃ、自由になれない。それが分かったから、俺は今日、ここに来たんだ」
「じゃあ、俺も出家する。親父と一緒に、寺に入るよ」
直行は涙声で必死に訴えかけた。幸輔は少し笑った。
「それは難しいな。犯罪者が罪を償わないまま出家するのは。そりゃ、仏様も怒るだろ。祈ればすべて許してもらえるってわけじゃないんだ。でも、ムショのなかで出家する人は、昔からいるからな。それならいいんじゃないか」
直行は床に泣き伏した。
「怖いのは最初だけだ。行動を起こさないから怖いんだ。行動を起こしたら、怖くなくなる」
幸輔は静かに諭す。直行はしゃくりあげながら、拳銃を見つめていた。
「じゃあ、親父が俺を殺してくれよ」
「え?」
直行は涙をボロボロこぼしながら、幸輔をまっすぐ見た。
「親父が、俺を撃ってくれ。俺も、こんな風になりたかったんじゃない。自分を抑えられないんだ。自分でも、どうしようもないんだよっ。こんな俺を産んだ責任を、とってくれよ。俺を殺してくれえ」
幸輔はただ黙って直行の顔を見つめていた。
――子供の頃、悪いことをして叱ったとき、こんな風に泣きながら謝ったこともあったな。あのときは、やっぱり俺の子だ、かわいいじゃないかって思えたんだ。でも、今は……。
幸輔は目をつぶって天を仰いだ。
その瞬間、直行がテーブルの上の拳銃に手を伸ばす。
霞が関周辺の騒ぎが嘘のように、住宅街は静寂に包まれていた。
やがて、夜空に一発の銃声が響き渡った。その音は厚い雲に吸い込まれて消えた。