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曇天。  作者: 凪
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2月 燠(おき)⑤

 胸焼けにもらったお金を元手に、ようやくネットカフェの生活から脱した時は、このうえない幸せを感じた。

 さっそく理髪店に行って肩まで伸びていた髪を短くし、服をユニクロで買い揃えて身なりを整えた。体重だけはすぐには落とせないが、まともな食生活をしていたら、そのうち元通りになるだろう。


 ――少しずつ、人生が上向きになってきたな。


 ジワジワと腹の底から喜びがこみ上げてくる。雄太は中古のパソコンに向かい、軽やかにキーボードを叩いた。


「わあ、すごい」


 お茶を客に運ぶ途中の女性社員が、雄太に声をかける。


「こんなに簡単にHPを作れるなんて、すごいね。さすが、カッコいいホームページ」 

「そうですか?」


 その女性社員は武山道子という名前の、30代前半の独身女性である。

 短大卒業後、経理として入社し、今は営業や物件管理もこなす。


 勇蔵は雄太が入社した日に、「短大出たばかりのころ、俺、みっちゃんに手を出しそうになったんだよ。今はああだけど、若い頃はブスでもそれなりにかわいく見えるもんなんだから。若い子なら、ブスでも体はよさそうだしさ。でもさあ、みっちゃんはまじめだから、すんごく怒られて、しばらく口もきいてくんなかったんだよ。今は、愛人にしなくてよかったってつくづく思うけどね。してたら、行かず後家になったのは俺のせいだって、慰謝料請求されてたかもしんない。ブスの恨みは怖いからさあ。危ない、危ない」と語り、カラカラと笑った。

 雄太はさすがに道子を気の毒に感じ、勇蔵の話を聞いても笑えなかった。


 道子は雄太が入社した日から親切にしてくれる。素直な性格なのだとは思うが、たまに鬱陶しく感じる時があった。


 ――どこがカッコイイんだよ。面白みも何もないホームページじゃねえか。


 雄太は心の中で毒づいた。


「そうそう、小峰君、今日のお昼はどうするの?」

「お昼ですか?」

 時計を見ると、そろそろ12時になる。


「外に食べに出ようと思ってるんですけど」

「私、夕べご飯を作りすぎちゃって。一人では食べきれないし、二日続けて同じのを食べるのも何だかな、と思って、持って来たの。よかったら食べない?」

「はあ」

「小峰君、休憩に入っていいよ。みっちゃんも」


 客に勧める物件をファイルから探している勇蔵が、意味ありげな笑みを浮かべて雄太に声をかけた。道子の思惑を分かっていて勧めたのは明らかである。


「それじゃ、休憩に入ります」


 道子はいそいそと事務室の奥にある小さなキッチンに向かった。雄太は断る理由もないので、仕方なく「休憩します」と席を立った。


 キッチンに入ると、

「ちょっと待ってて」

 と、道子は紙袋からプラスチック製のケースをいくつも取り出し、テーブルの上に並べた。


 道子は、紺のカーディガンに白いブラウス、紺のタイトスカートという、いつ買ったのかわからないほど、時代遅れの格好をしている。

 小太りでタイトスカートからのぞく足は太く、「女を捨てている」としか思えない。ボブカットの髪形は丸顔を強調しているだけであり、化粧も下手で赤い口紅は完全に浮いている。

 

 ――こんな女に好かれるようになっちゃ、俺もおしまいかな。早く痩せないと。こんな女と同レベルと思われちゃ、たまらんよなあ。

 

 雄太は思わず小さくため息をついた。


「お口に合うか、分からないんだけど」


 道子は料理を並べ終えて、雄太に食べるよう促した。

 おにぎり、鶏肉のからあげ、さばの味噌煮、卵焼き、かぼちゃの煮物、切干大根の煮物、おしんこと、明らかに食べきれないほどのメニューが並んでいる。


 ――これ、夕べの残りじゃないだろ。あきらかに、オレのために作っただろ。


 心の中で突っ込みを入れながら、「うわあ、すごい。これ全部、武山さんが作ったんですか?」と感心したような声をあげた。


「そうなの。料理は好きだから、毎日作ってるんだ」

 道子は嬉しそうにお茶を入れた。


「どうぞ、好きなだけ食べて」

「それじゃ、いただきます」


 ――まあ、ただでご飯食べられるんだから、いいか。


 雄太はまず、からあげに手をつけた。見たところ、それが一番まともそうだったのである。煮ものは煮すぎて崩れているので、見るからにおいしそうではない。


 からあげを一口食べると、

 ――かたっ。

 と、雄太は心の中で叫んだ。


 ――この人、あんまり料理うまくねえな。ひかるといい勝負だよ。これじゃ、大戸屋の定食のほうがずっとうまいよ。煮もの系が多いのは、おふくろの味を狙ってんだな。俺が20代で独身で貧乏そうだから、おふくろの味でコロッといくんじゃないか、ってことか。でも、バブリーな生活してた時に、散々うまいもん食ってるから、相当なレベルじゃないとコロッといかないんだな、これが。これじゃあ、いかず後家になるはずだよ。


 心の中では悪態つきながらも、「おいしいっすね」「久しぶりに、まともなご飯食べました」と雄太はしきりに誉めた。


 道子はあきらかに舞い上がり、「ねえ、小峰君は何が好きなの? 今度、好きなものを作ってきてあげる」とまで言い出した。


「オレの好物ですか? そうだなあ、うな重ですね」

「うな重……」


 道子は複雑そうな表情をして、黙り込んでしまった。


「うなぎなら、おいしい店を知ってるから、今度行ってみる?」

 めげずに道子は誘いをかけてくる。

「へえ、いいですねえ。教えてくださいよ」


 ――この分なら、うな重をおごってくれるかも。


 雄太はニッコリと笑った。微笑むだけならタダである。タダ飯を食べられるなら、ブス相手でもいくらでも微笑んでやる、と雄太は思った。


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