12月 狂炎 ㉑
「来た来た来た来たあっ」
憂国は話を聞いたとき、驚くどころか、興奮して立ち上がった。
「よっしゃああ、そうこなくっちゃ! あいつら、ずっと黙って見てるだけなら、どうしようかと思ってたとこだよ。こっちは戦闘モードに入ってんだからさあっ」
憂国は顔を真っ赤にして雄たけびを上げた。
「よーし、気合入った! マスクとゴーグル、どこ? 俺らで見てくっから」
「ありがとう。助かるよ」
鉄拳5はホッとした表情で頭を下げた。
「俺らには、最終兵器があるから、ノープロブレムっすよ」
鉄拳5と仲間たちは、マスクとゴーグルをつけ、鉄パイプを持ち、意気揚々と階下に向かった。
「ねえ、何か外で起きてるみたい」
集会室でテレビを見ていた女が、廊下にたむろしているメンバーを手招きする。テレビの前に集まると、画面には機動隊ともみくちゃになっている人たちの姿が映っている。
「危ないから、下がってください」
「私の息子が、中にいるんですっ」
「俺の子を傷つけるなっ。ケガさせたら、訴えるぞっ」
機動隊ともみあっているのは、中年の男女達である。
「あっ、かあちゃん!」
メンバーの一人が驚いて画面を指差した。
「これ、俺のかあちゃんだよ。なんで、こんなとこにいるんだよ」
「あっ、これ、親父だっ」
別のメンバーも驚きの声を上げる。
「えー、こちら、厚労省につながる地下鉄の通路です。今、機動隊と、厚労省に立てこもっている犯人たちのご家族との間で、もみあいが起きています。機動隊が攻撃を開始したという情報が入り、親が殺到し……うわっ、危ない!」
機動隊に押されてバランスを崩したのか、将棋倒しのように数十人が次々となぎ倒される。怒号や悲鳴が飛び交い、凄惨な光景になっていた。
アナウンサーとカメラマンは巻き込まれないよう、慌てて逃げている。
「こりゃ、機動隊も突入どころじゃないな」
鉄拳5は安堵したような声音でつぶやいた。
ややあって、救急車が厚労省のまわりに何台も到着した。将棋倒しで巻き添えになった人たちが運ばれるのだろう。
「どうしよ、かーちゃん、大丈夫かな」
「お父さんも巻き込まれてるかも」
メンバーは不安そうにテレビに釘づけになっている。慌てて親に電話をかけているメンバーもいた。
――まさか、兄ちゃんと裕三はいないよな。
順二も不安になった。
だが、電話をかけられなかった。今2人の声を聞いたら、迷わずここから逃げ出してしまうだろう。
裏切り者と誤解されて激怒した手前、逃げ出すわけにはいかない、と順二はぐっと堪えた。
三日目の夜になった。
催涙ガスの騒動で食堂を使えず、みな黙々とカップ麺をすすった。
夕食後、鉄拳5が「みんな、集まってくれるかな」と声をかけた。
みな、面倒臭そうにバラバラと集会室に集まる。重苦しい空気を振り払うように、鉄拳5は穏やかな口調で話し出した。
「今日は不測の事態が色々と起きて、みんなも動揺が続いたと思う。辛いとは思うけど、全国から応援する人が集まってきてるし、世論も僕らに味方してるから、ここが正念場なんだと思ってほしい。政府も解決策がなくて焦ってるだろうし、明日には交渉をスタートさせようと思う」
「交渉って、どうやってやんのさ」
坊主頭の男が、刺々しい声音で尋ねた。
「総理大臣と直接話す」
「総理と? そんなことできるの?」
「総理は無理だとしても、官房長官とか、警視庁の長官とか。とにかく、会って交渉してるところをテレビで中継してもらえば、国民にも僕らが本気で国を変えようとしているのが分かるから」
「一人で行くわけ?」
「いや、僕と憂国さんとで行こうと思う」
「そのまま投降するとか? あんたが俺らを売ったりしないという保証は、どこにあんだよ」
「売るって、そんなことするわけないでしょ」
「そんなのわかんねえよ。信用できるかよ」
鉄拳5は深いため息をついた。
「わかった。交渉は電話でするから。それなら構わないでしょ?」
「ならいいけど」
「みんな、言いたいことがあったら、遠慮なく言ってもらえるかな。これから一緒に戦っていくには、みんなの足並みをそろえておかないと。バラバラだったら、やつらにつけこまれる」
「もうとっくにバラバラじゃん」
長い黒髪を一つに結んだ女が、鋭く切り捨てる。
「だったら、なおさらでしょ。足並みをそろえるために、みんなで思っていることを話し合おう」
鉄拳5が訴えかけると、その女はため息交じりに、「だったら、お風呂に入りたい。髪の毛ベタベタなんだもん」と言った。
「それぐらい、我慢しろよな。部活の合宿してんじゃないから」
憂国がたしなめると、女は「思ってることを言えって言うから、言ったんじゃないの」とプッとふくれた。
「それなら、まず鉄拳5さん、今西さんのこと、みんなに説明してもらえるかな」
眼鏡をかけたキツネ目の男が手を挙げた。
「愛人だったって本当? こんなとこにつれてきて、公私混同してんじゃないの?」
鉄拳5は言葉に詰まった。
「遺体、どうすんだよ。ずっとあのままにしておくのかよ」
「いやあ、気持ち悪い」
「あそこのトイレ、もう使えないよ」
「親を呼んだら? 遺体を引き取りに来てもらったほうがいいよ」
みな口々に意見を言い始めた。順二は壁にもたれかかり、その光景を眺めていた。
――バカバカしい。
順二は心の底からうんざりしていた。
――俺、なんでこんなやつらと行動を共にしてんだろ。会社のものまで盗んで。バカだよなあ。
「正義の怒りさんは、どうかな」
突然、鉄拳5が順二に話をふった。
「どうって……何もないけど」
「でも、夜青龍さんをケガさせてしまったわけだし。かなり荒れていたよね」
部屋の隅で黙って座っていた夜青龍に、みなの視線が集まる。夜青龍は相変わらずふてくれた表情をしている。
「それは、あんたらが俺を裏切り者だと勝手に思ってたからじゃないか」
「確かに、勝手に思い込んでいた僕らにも問題はあるけど。そう思わせる行動を君もとっていたわけで」
「そう思わせる行動って?」
「深夜に突然いなくなっちゃったし」
「だから、それは夜景を見に行ってたからだって」
「それならそれで、誰かに言わないと、急にいなくなると心配するでしょ?」
「そんなこと言うなら、鉄拳5さんだって、昨日、今西さんと二人きりでトイレにこもってたじゃないの。何してたの?」
愛理がなじるように言う。鉄拳5は顔色を変えた。
「誰も見てないと思ってたの? 30分ぐらい、二人で出てこなかったよね。その後、コソコソと出て来てさ」
「なんだか、学校のホームルームみてえだな」
憂国が、呆れたように床に足を投げ出した。
「どいつもこいつも。ロクなもんじゃねえな」
「そうやって、上から目線はやめろよ。そういう言い方、イライラすんだよ。偉そうにさ。ただの自衛隊マニアのくせに」
順二の近くに座っていた男が、声を荒げる。
「なにおっ」
憂国が立ち上がる。鉄拳5が慌てて間に入った。
順二は窓から外の様子を見た。
相変わらず何百人もの機動隊や報道関係者が建物を取り巻いている。煌々と明かりがつき、まるで祭りの夜のようである。
地下鉄の将棋倒しで3人が意識不明の重体になり、11人が重症、23人が軽傷という大惨事になった。機動隊も今はうかつに行動をおこせず、遠巻きに見ているだけのようである。
――とっとと終わらせてくれればいいのに。早く突入してくれないかなあ。
順二は呆けたように外でうごめく人々を眺めていた。