12月 狂炎 ⑰
集会室に入ると、また一斉に視線が集まる。
順二は気にせず、自分のグループのメンバーを見つけて「ごめん、次の見張り、何時だっけ」と尋ねた。
「4時です」
「そっか。ごめん、ずっと眠ってて。起こしてくれればよかったのに」
「起こそうと思ったんですけど、気持ちよさそうに眠ってたんで」
「申し訳ない」
順二は素直に謝った。
「定岡順二容疑者は、こちら、都内の食品会社に勤めていたそうです」
アナウンサーの声に、順二はハッとテレビを見た。順二の会社の建物が映し出されている。門の前には、報道陣が群がっていた。
――俺の会社、バレたんだ。
画面が切り替わると、社長や専務、部長らが横一列に並んで座っている。どうやら、会社の会議室で撮影しているらしい。
「このたびは、弊社の社員が皆様に多大なるご迷惑をおかけてしまい、申し訳ありませんでした」
社長のその一言で全員が立ち上がり、カメラに向かって頭を下げた。一斉にカメラのフラッシュが光る。
「定岡君は、入社したときから、ひじょうに勤務態度はまじめでした。遅刻や無断欠勤もなく、仕事ぶりもまじめで、力仕事を進んで引き受けるような積極性もありました。ですので、私たちは今回のこの事件を、本当に信じられない思いで見ています。本当に、あの定岡君なのかと」
社長が顔を紅潮させながら話す。
「最近、どこか変わった様子はなかったんですか」
報道陣から質問が投げかけられる。
「それについては、直属の上司から話を聞くと、確かに仕事のミスが多かったのが気になっていたという報告を受けました。ただ、定岡君は、ご両親と祖母を今年の春に一度に亡くされています。それも心中というショッキングな形でしたので、そのショックを引きずっているんではないか、そう判断していた次第です」
画面の端に移っている部長は、下を向いて肩を震わせている。どうやら泣いているらしい。その姿が画面に大写しになった。
順二は後頭部を殴られたような衝撃を受けた。
最後の日、部長は順二を心配して声をかけてくれた。栄養ドリンクもくれた。その気持ちを裏切ったのである。部長は相当ショックを受けただろう。
「正義の怒りさん」
画面に釘付けになっている順二に、夜青龍がふてくされたような顔つきで、話しかけた。
「スマホを出してくれるかな」
順二は何も答えなかった。それどころではないのである。
すると、夜青龍がテレビを遮るように順二の前に立った。
「スマホを出して」
ぶっきらぼうに言い、手を差し出す。順二は状況が呑み込めなかった。
「……なんで、スマホを出さなきゃいけないんだよ」
ようやく疑問を口にすると、「外と何か連絡とってるかもしれないから。履歴をチェックさせて」と夜青龍は答えた。
「はあ? どういうことだよ、それ」
「昨日、最上階に行って夜景を見てたって言ったでしょ」
「ああ」
「そんとき、俺が東京タワーは見えたかって聞いたら、見えたって言ったじゃん」
「そうだっけ」
そんな細かい会話まで覚えていない。
「あの時間帯に、東京タワーが見えるわけないんだよね。真夜中はライトアップしてないんだから」
「だから?」
順二は思いっきり眉間にしわを寄せた。
「本当は上に行ってないんじゃないの? なんか、怪しいんだよね、行動が」
順二は呆れて、思わず笑ってしまった。
「それぐらいで、人の行動を怪しむのかよ。バッカじゃないの?」
「怪しいことしてないんなら、スマホを出してよ」
「あのねえ、俺は外と連絡なんてとってないって。それに、夕べは最上階に行ったんだよ。だけど、あそこにいるやつが、女とエッチしてる最中だったんだよっ。だから夜景を見るどころじゃなかったんだってば」
順二は、部屋の片隅で固唾をのんで成り行きを見守っていた男を指差した。男は慌てて顔をそらした。
「みんなが見張ってる間にエッチしてるやつらは、許されんのかよ?」
「それならそうと……言えばいいじゃないか」
夜青龍が声のトーンを落とした。
「言わないでくれって頼まれたから、言わなかっただけだよっ」
順二が吐き捨てると、夜青龍は黙り込んでしまった。鉄拳5を睨むと、気まずそうに目をそらす。
「まあ、そういうことなら、スマホを見せてもらわなくてもいいんじゃないかな」
ホームレス中年がなだめるような口調で言った。
「無理して見なくても、ねえ」
だが、夜青龍は「そういうわけにはいかないよ」と頭を振った。
「怪しいことしてないんなら、履歴をチェックしてもかまわないでしょ。何もしてないんなら、それで誤解が解けるわけだし」
「はあ? 誤解って、勝手にお前らが疑ってるだけだろ? お前、何様のつもりだよ? リーダーでもないくせに、何いばってんだよ。俺に頼むのなら、まずお前のを出せよ」
順二が怒鳴ると、夜青龍はフフンと鼻先で笑った。
「それを決めるのは、あなたじゃないでしょ」
順二の中で、何かが音をたてて切れた。
順二は夜青龍の太った腹を、蹴りあげた。ボールを蹴った時のような鈍い感触が伝わる。
夜青龍が短い悲鳴とともに倒れる。
さらに、壁に立てかけてあった鉄パイプをつかみ、夜青龍に振り下ろした。鈍い音がする。夜青龍は「やめてっ、やめっ」と悲鳴をあげ、両手で自分の頭をかばう。
順二は自分の衝動を止められなかった。続けざまに、鉄パイプを振り下ろす。
鉄拳5らが、数人がかりで順二を取り押さえた。夜青龍は呻きながら体を丸めている。腕から血が噴き出ていた。
「きゅ・救急車っ」
誰かが叫んだ。
「どうやって救急車を呼ぶんだよ? バリケードを壊して、こいつを運び出すのかよ? そんなことしたら、機動隊が殺到して全員逮捕だろ」
順二が言い放つと、その場は水を打ったように静まり返った。
「こんなデブ、その辺に転がしておきゃいいんだよ。なんなら、バリケードに置いとくか? それなら、役に立つかもな」
「正義の怒りさん、落ち着いてよ、仲間割れしてる場合じゃないんだからっ」
鉄拳5が甲高い声を上げる。ホームレス中年は、真っ蒼な顔をして震えている。順二は腕を振りほどいた。
「仲間割れさせたのはそっちだろうが! 勝手に人を疑ってさあ。俺のこと、これっぽっちも信用してないじゃないか」
「いや、だから、それはお互いに誤解が生じて。話し合えば分かるから」
「じゃあ、最初から話し合えばよかっただろ? 陰でコソコソオレの悪口言うんじゃなくてさ。スマホを出せって一方的に決めて要求するくせに、どこが話し合いなんだよ」
「まあ、確かに、夜青龍さんのやり方には問題があったけど」
「こいつだけじゃないだろ? お前らみんなで話し合って決めたんだろ?」
「わかった。つまり、正義の怒りさんは、自分の知らないところで僕らが話し合ってることが気に入らないんだね?」
鉄拳5のその言葉に、順二はイラッと来た。
鉄拳5も殴り飛ばそうかと思ったとき、廊下で叫び声があがった。
「誰かっ、誰かっ、来てえっ」
女が叫びながら駆けて来る。
「何、どうしたの」
鉄拳5が廊下に顔を出すと、女はひきつった顔で叫んだ。
「今西さんがっ……今西さんが、首を吊ってるの、トイレで!」