12月 狂炎 ⑬
「順二、俺だっ、一博だっ、分かるだろ?」
どうやら、一博が来ているらしい。
声のした方向に慌ただしくテレビカメラが向けられる。画面が切り替えられ、正門前で機動隊に囲まれ、拡声器で怒鳴っている一博をとらえた。
「兄ちゃん」
順二は呆然としてつぶやいた。周りにいたメンバーが、驚いて順二を見る。
「順二、俺、今ここに来てるんだよ。厚労省の前。分かるか? そっから見えるか? 何度も電話したのに、どうして出ないんだよ? こんなことやめて、もう出て来いよ。
これだけの人に迷惑かけて、俺は恥ずかしいよ。なんで、こんなことやってるんだよ。お前、元々政治なんて興味なかったじゃないか。騙されてるんだよ、その人達に。
お前、人がいいから……頼むから、出てきてくれ。今なら、まだ罪はそれほど重くないって、警察の人は言ってるんだ。長引けば長引くほど、不利になるって。
なっ、話し合おう。お前が何を考えて、何に不満を持ってんだか、俺が聞いてやるから。だから、もうこんなことやめてくれ。親父とお袋も、お前の今の姿を見たら」
そこで言葉は途切れた。一博は肩を震わせて泣いている。
拡声器を隣にいた男が受け取る。それは裕三だった。
「順兄、俺、ビックリしたよ。ネットで順兄の動画見たとき、信じられなかった。順兄、昔から優しかったろ? よく俺におやつわけてくれたし、マンガ貸してくれたし、昔はよく一緒に遊んだじゃないか。俺の知ってる順兄は、やさしい兄ちゃんだ。だから、なんでこんなことしてんのか、わかんないよ。早く出てきてよ。一兄も、本当に心配してんだから。こんなことやめて、早く出てきてよ、お願いだからさあ」
裕三は大声で泣き出した。
順二は両手で顔を覆った。2人の言葉に感動して涙が出たわけではない。あまりの恥ずかしさに、正視していられなかったのである。
――なんてことしてくれたんだよ。名前まで出して。これじゃあ、俺はさらし者じゃないか。
「大丈夫?」
鉄拳5が気の毒そうに声をかけた。
「ああ、うん、まあ、何とか」
順二は恥ずかしくて顔を上げられない。
「なんなら、動画で兄弟にメッセージを送ったほうがいいんじゃないかな。無事でいるから安心してって一言言うだけでも違うかもよ」
順二は首を振った。そんなことをすれば、ますます日本中に恥をさらしているようなものである。
「まあ、ちょっと休んで、気分転換したほうがいいかも。休憩室に行ってれば?」
鉄拳5は軽く肩を叩いた。順二は頷き、顔を伏せたまま部屋を出た。
みじめであった。
自分だけいち早く家族が駆けつけて涙ながらに呼びかけられるなんて、マヌケもいいところである。これでは、世間を知らない甘ちゃんが家族を困らせていると思われてしまうかもしれない。
――2人とも、なんで俺のメンツを考えてくれないんだよっ。
順二は苛立ち、近くにあったごみ箱を蹴とばした。
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「気分、どう?」
30分ほどして、鉄拳5が様子を見にきた。順二は段ボールの上に寝転がっていた。
「うん、平気」
ノロノロと起き上がり、ため息をつく。
「みんなは何て言ってる?」
「特に何も。ただ、自分の家族は自分がここに来てるってことがわかったら、どうすんだろって心配になってるみたい」
「ふうん」
ふと、順二は疑問を感じた。
「鉄拳5さんの家族は? 奥さんもいるのに、こんなことやってて、大丈夫なの? 今更だけど」
鉄拳5は胸ポケットから煙草と携帯灰皿を取り出した。
「まあね。うちは、普段から市民運動に参加してるから。つれともよくデモ行進に参加してるし、慣れてるっていうのも変だけど。今回のことは賛成してくれたんだ」
「えっ、奥さんに話してあるの?」
「うん。最初から話してある。つれも本当は参加したがってたんだよ。でも、お腹に子供がいるからさ。今、日比谷公園には来てるよ、たぶん」
「そうなんだ」
「他の人は……そうだな。ホームレス中年さんは離婚してるから心配する人はいないだろうし、谷さん達は元々ホームレスだからねえ。こばけんさんは実家は田舎でネットなんて見ないから、自分がここにいるってこと知らないだろうって言ってたし。夜青龍さんは家族とは仲が悪いみたいだしね。憂国さんはどうだろうね。あの感じじゃ、家族は関わり合いたくないんじゃないかな。問題息子って感じだもんね」
鉄拳5は軽く笑った。
「だから、正義の怒りさんのとこが、一番まともな家族なのかもね。厚労省に来てまで説得しようとするんだから。まともだよ」
「そうかな」
「夜青龍さんに聞いたよ。ネットに動画出されて、困ってたみたいだって。事前に相談しないでアップしちゃって、申し訳なかった。憂国さんは、顔出して主張するのを楽しんでる部分があるけど、普通の人はそうはいかないよね。そこんとこ、配慮が足りなかったなって思って」
「いや、まあ、俺だけ出さないわけにはいかないし」
順二は小さく答えた。
本当は、動画を勝手にアップした夜青龍や鉄拳5を恨めしく思っていた。だが、このように謝られたら文句を言えるほど、順二は気の強い性格ではない。
「そういえば、市民運動って、どんなことやってるの?」
話題を変えるために、順二は思いついたことを尋ねた。
「うん、まあ、原発とか、いろいろとね」
鉄拳5は詳しく話したくないのか、言葉を濁した。煙草を消し、灰皿をしまって立ち上がる。
「そろそろ交代の時間だから、下に行こうか」