12月 狂炎 ⑨
「我々はぁ日本リセット会ですっ。その名の通り、日本をリセットするために生まれましたっ。今の日本はぁ腐ってるっ、いや、腐ってます。見てください、今の日本の有様をっ。若者は夢や希望をなくして自殺して、中高年はモラルをなくして、モンスター化してる。最近はネンキン制度とかいって、老人を金のために殺すやつらまでいる。
そんな国にしたのは、政治家、官僚、公務員のやつらだ。こいつらは散々国民の税金を食い物にしてきて、脱税なんて平気でやってるし、都合の悪い真実はもみ消してしまう。一番、法を守らなきゃいけない立場の人間が、法に背いてるんだから、世の中おかしくなるでしょ、そりゃ。上が腐れば、下も腐る。上から腐っていったんっすよ、この国は。
もう、今の日本は政権交代ぐらいじゃどうにもならない。実際、民衆党が政権を握った後も、官僚に翻弄されっぱなしだったでしょ。政治家なんてあてにならんと、よくわかったっしょ? だから、我々が、自分たちの手で、変えるしかない。今行動を起こさなければ、日本は終わるっ。
だから、我々は立ち上がって、厚生労働省を占拠することにした。厚生労働省に求めるのは、まず全職員の解雇。そして、今まで国民が払った年金を、すべて国民に返してほしい。その2点であるっ。
官僚が主導権を握っている社会を変えるためには、まず官僚を総入れ替えするしかないっ。こんなに不景気だと叫ばれている時代でも、官僚は我々の税金から高い給料をもらい、豪邸に住み、高級車を買い、贅沢三昧なんだから、とんでもない話である。我々の大切な年金を散々ムダ遣いしてなくしたくせに、自分たちは老後をのうのうと暮らす気でいるらしい。
俺は断じて許さないっ。天下りまでして、退職金を何度ももらいやがって。年金は、元は我々が払った金。制度が失敗したんなら、払った金を返してもらうのは当然であるっ。我々の活動に賛同する人は、ぜひ厚労省に集まって欲しい。みんなで、この国を変えよう!」
西本渉は、その画像を観終えるなり、興奮して友人に電話をかけた。12回目のコールで、眠そうな声で友人が電話に出る。時刻は、深夜1時を回っていた。
「ユーチューブの動画、観た? 日本リセット会とかいうのの動画。すげえぞ。厚労省、今占拠されてるじゃんか。その占拠してるやつが動画に出てんだよ。なんで占拠したのか、語ってんの。これ、すげえぞ。ぜってえ観たほうがいい。俺、明日、厚労省までこれ見に行って来るわ」
動画のアクセス数は、すでに20万を超えていた。
さらに、襲撃時の映像もアップされた。
鉄パイプを振りかざして正門に突撃するメンバー、館内で職員を追い立てるメンバー、バリケードを築くメンバー……まるでドキュメンタリー映像のように編集された動画は、日本のあちこちで繰り返し再生され、それを観た人々は興奮した。
深夜にもかかわらず、日本中が熱狂に包まれていた。
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スマホのバイブの振動で、順二は目を覚ました。
段ボールを下に敷き、上着にくるまって眠っていたので、体のあちこちが痛い。体を起こすと、部屋のあちこちに、同じようにごろ寝しているメンバーがいた。
時計を見ると朝の6時過ぎだった。深夜に交代で見張りをしている合間に、仮眠をとることになっていた。興奮してなかなか寝付けなかったが、明け方には疲れが出て眠ってしまったらしい。
携帯を取り出すと、兄の一博の名前が表示されている。
「もしもし」
寝起きの低い声で電話に出た。
「順二、今、今どこにいる?」
一博は取り乱している様子だった。
「どこって……家だけど」
「本当か? お前、今厚労省にいるんじゃないよな?」
「えっ」
その言葉に、一瞬で眠気が吹き飛んだ。
「えっ、何、どういうこと?」
「お前の動画がユーチューブに出てんだよ。どっかの公園で、大勢の人の前で、お前が日本の未来のために戦おうとか演説してるやつ。画面は暗いけど、この声はお前じゃないかって、裕三が電話してきたんだよ」
「嘘だろっ」
順二は近くのパソコンに飛びつき、ユーチューブを開いた。
日本リセット会で検索すると、憂国が演説している画像のほかに、順二が日比谷公園で演説している画像も出てきた。
――思い出した。昨日、夜青龍が撮影してたんだ。あいつ、これを勝手にアップしたんだ。
画像は暗くて見づらいが、順二を知っている人ならおぼろげな姿形と声から本人だとわかるだろう。
「おい、本当に家にいるのか? 厚労省じゃないよな?」
一博が半分叫びながら、何度も尋ねる。
「いや……その……」
まさか、こんなに早くばれるとは思っていなかったので、順二は動揺した。
「いるのか? 厚労省にいるのか?」
「……うん」
「じゃあ、爆破したのもお前か?」
「いや、俺じゃなく、別の人」
「何やってんだよ、お前。何考えてんだよ。さっさと出て来いよ。今、大変な騒ぎになってるの、知らないのか?」
「知ってる」
「大体、親父とお袋が死んだことと、厚労省とは何も関係ないだろ?」
「まあ、その辺は話の流れ的にそう言ったまでで」
「確かにさ、まじめに働いてる親父やお袋が死ななきゃならないなんて、理不尽だって俺も思うよ。税金をムダ遣いばっかりしてる官僚や政治家ばかりいい思いしてんのは、俺だっておかしいって思うよ。だからって、厚労省を襲うってのは話が違うだろ? 爆破に巻き込まれて、ケガした人がいるんだぞ?」
「分かってる」
「そんなの、人殺しと同じじゃないか。関係ない人を傷つけるなんて」
「……」
「何て言われて、そいつらにたぶらかされたのか、知んないけど。俺がこれから、そっちに迎えに行くから。取り返しがつかなくなる前に、そっから出て来い! いいな?」
電話は一方的に切れてしまった。電話を切り、ため息をつく。
バリケードの隙間から窓の外を見ると、まだ外は暗く、これから夜が明けるところだった。
厚労省の建物を幾重にも囲むように、警察官や機動隊、報道関係者がひしめき合っていた。今や館内の人数より、外にいる人数のほうが多い。
日付が変わる前には、厚労省が占拠され、その占拠したメンバーが連続爆破も企てたらしいと、報道で伝えられた。
――取り返しがつかなくなる前に。
一博はそう言っていたが、もうとっくに取り返しのつかない事態になっている。日本年金機構の社員寮を襲った時点で、もう取り返しのつかない事態になってしまっていた。
いや、その前からかもしれない。榊原に会った時から、ツイッターでつぶやいてしまった時から、既に取り返しのつかない事態になっていたのかもしれない。
――どっちみち、もう後戻りできないのは確実なんだ。
順二はぼんやりと、明けはじめた空を見つめていた。