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曇天。  作者: 凪
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12月 狂炎 ⑥

 日比谷公会堂前の広場につくと、すでに集まった人たちがひしめき合っていた。


 みな、お墓でよく見かける白ロウソクを持っている。変な集団だと怪しまれないために、キャンドルナイトを装おうという鉄拳5の案だった。

 だが、予算の関係で安いろうそくしか買えなかった、と2・3日前に聞いた。却って怪しげな集まりに見える。


 順二は人混みを縫いながら、鉄拳5たちの姿を探した。


「あっ、来た来た。こっちでーす」

 順二の姿を見つけて、鉄拳5が手を振る。夜青龍や谷さんらも同じ場所にいた。


「お疲れ様でした。食料調達はどうでしたか?」

「バッチリ。50箱ぐらい積んだから」

「おおっ、それはすごい」


 パラパラと拍手が起きる。


「憂国さんたちは、一足先にスタンバってます。グループ分けは済んだので、正義の怒りさんのスピーチを待ってたんです」

「は?」

「よっ、待ってましたあっ」

 あちこちで声が上がる。


「えっ、いや、スピーチなんて聞いてないし」

「でも、今回の企画は正義の怒りさんから始まったことだし、やっぱり代表として挨拶してもらわないと」

 鉄拳5は当然という顔をしている。

「いやいやいやいや」


 ――オレが言いだしっぺじゃないから! 何言ってんだよ。しかも代表って。俺、何も仕切ってないじゃんか。ヤバイヤバイ、これはヤバイ。早く逃げないと。


 順二はお腹を押さえて、「うっ、ちょっと、お腹の調子が急に」としゃがみこもうとしたところ、鉄拳5に腕をつかまれた。


「事前に言っておけばよかったですね。大丈夫ですよ、ちゃんとスピーチ用の原稿を用意しておきました。僕の独断で作ってしまったんだけど……これを参考にしてください」と、紙を渡される。


「みなさーん、こっちに注目。大声を出せないので、近くに集まってください」

 鉄拳5が手を振りながら呼びかけた。広場にいた140人ほどが、順二たちを囲むように輪をつくる。


「知らない人もいるだろうから、紹介します。この方が正義の怒りさんです」


 鉄拳5が順二を紹介し、顔に懐中電灯をあてた。順二はまぶしくて顔をしかめる。

「おおっ」とどよめきがあちこちで上がる。


「日本年金機構の職員宿舎の襲撃を計画して実行したのが、この方です」


 ――いや、計画してないし。


 打ち消そうにも、動揺して言葉が出ない。

 暗くて顔はあまりよく見えなくても、みんなの視線が集まっているのは空気で伝わってくる。順二の心臓はバクバク音を立てている。


「これから会場に向かいますが、それに先駆けて、正義の怒りさんから激励の言葉をいただきたいと思います」


 ちなみに、襲撃の計画がばれないように、襲撃のことはキャンドルナイト、厚生労働省の庁舎は会場と言い換えることになっていた。


 ――もう、逃げ出せない。


 順二は震えながら、鉄拳5に渡された紙に目を通す。

「大丈夫です、読めばいいだけですから」

 鉄拳5はそっと耳打ちする。

 順二は深呼吸してから、紙を読み上げた。


「僕はずっと、正しい怒りが、今の日本にはないと思ってました」

 声が震える。順二は必死に、普段会社でしているプレゼンと同じ要領でやればいいのだと言い聞かせた。

 俯かないように紙を高めに持ち、一言一言を区切るようにハッキリ発音した。


「原発の事故だって、そうです。いまだに、原発を止めることはできない。こくっ……国民の8割が原発はなくしてほしいって思っているのに、選挙で自由……自由連合を勝たせてしまう。デタラメな審査で再稼働を許してるのに、止められない。でも、これって本当に止められない……んでしょうか? 自分達が本気で止めようとしてないんじゃないでしょうか。たぶん、日本人は、怒り方を忘れてしまったんです」


 そこで言葉を切り、さらに深呼吸する。みんなが真剣に聞いてくれているのが分かる。普段、会議で発言しても、順二の話をこんなに真剣に聞いてくれる人はいない。


「僕もずっと怒るのを忘れていました。でも、両親と祖母が心中したとき、何もしてこなかった自分に腹が立ったんです。社会を変えようとしなかった、自分自身に。世の中で起きていることに、全然関心を持たなかった自分自身に。ものすごく、腹が立った。


 それと同時に、国の悪口を言うばかりじゃ、何も変わらないだろうって思ったんです。今、僕は本気で日本を変えたいと思います。


 今日の行動は、そのための第一歩です。僕たちの手で、日本の未来を変えるための第一歩です。自分達の生きたいように生きられるような、本当の意味での自由な社会をつくりたい。おかしなことを、おかしいって言い続けられるような世の中にしたい。


 今なら、まだ間に合うと僕は信じてます。今日僕たちがすることは、自分のためじゃない。すべての国民のため、日本の未来のためなんです。きっと世の中は変わります。それを信じて、みんなで力を合わせましょう!」


 話すうちに、段々スピーチに熱がこもっていった。最後の言葉を言い放って数秒後、わっと歓声が沸き起こった。ロウソクをペンライトのように振っている人もいる。鉄拳5は満足そうに微笑んでいる。


「すごい、感動しましたっ」

 こばけんが順二の肩をつかむ。


「やるじゃんか、兄ちゃん」

 谷さんがニイッと汚い歯を見せる。

「いつも集会じゃ、たいした意見を言わないのに。そんなたいそうなことを考えてたなんてな。見直したよ」


「憂国さんたちにも、後で見せないと。絶対感動するぞ」と、ビデオ撮影していた夜小龍がつぶやいた。


 順二はやりきった充実感で爽快な気分になっていた。さっきまで逃げたいと思っていた気持ちは、どこかに吹き飛んでしまった。


「よかったですよ」


 鉄拳5に誉められ、

「いや、これは僕が考えた文章じゃないですから」

 と言うと、鉄拳5は首を振った。


「いいえ、僕はあなたの考えを代弁しただけですよ。正義の怒りさんのツイートを読んで、こういうことを考えてるんじゃないかって思ったんです。それがうまくハマっただけですよ」

「はあ」


 ――いや、俺、原発についてツイッターでつぶやいたことはないんだけど。電気が足りないと困るから、原発は当分あったほうがいいって思ってるぐらいだし。


「それじゃ、行きますかっ」

 鉄拳5の掛け声に、

「おーっ」

 みんなはこぶしを振り上げ、雄たけびを上げた。

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