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曇天。  作者: 凪
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12月 狂炎 ③

 その日の晩も、順二たちは東池袋中央公園に集まっていた。


 集まるメンバーは日ごとに増え、今夜は100人ぐらいの規模になっている。女性も参加するようになり、20人ほど男性に紛れておとなしく座っている。

 真冬にこれだけの人数で酒盛りをしていると、さすがに目立つ。スケボーやサッカーボールを置き、スポーツ仲間の集まりという雰囲気に仕立てていた。


「それじゃ、当日は日比谷公園の日比谷公会堂前の広場に集合。夜7時半に集合して、8時には出発するということでいいですか?」


 鉄拳5はメモを読み上げた。


「異議なーし」


 ビニールシートに座り、酒盛りをしながら、みんなは同意する。


「集まるメンバーは、今のところ117人。爆弾は憂国さんが用意して、鉄パイプやベニヤ板はホームレス中年さんと谷さんが調達してくれるということで。

 ペットボトルやドライアイスは、僕とこばけんさんで調達します。後、カモフラージュ用のキャンドルも、僕たちで用意します。食料は、正義の怒りさんが用意してくれます。飲み物は館内に水道や自販機があるから、何とかなるでしょう。

 それと、突入時に顔が見えないよう、マスクを用意しておいたほうがいいと思います。これは各自で用意してください。こんな段取りでいいですか?」


「異議なーし」

 順二も小さく「異議なし」と同調した。


 もちろん、本当に参加する気などない。話を適当に合わせているだけだ。

 順二はそのどさくさに紛れて、榊原のもとから逃げ出す計画を立てていた。榊原の部下さえまければ、何とかなる。逃げ出したその足で夜行列車に飛び乗り、遠い場所に逃げてしまえば、簡単には見つからないだろう。


 それは一博や裕三に危険が及ぶことになるかもしれない。

 二人には、列車に乗る直前に「逃げろ」と言うしかない。自分の話を信じてもらえなくても、何とか逃げてもらうしかないのだ。 


 南には、逃亡先から連絡をすればいい。そうなった事情を話すかどうかは、南に会ったら考えればいいだろう。とにかく、南に会いたい。南と一緒にいたい。


 順二はそこまで考えていたが、逃げ出すタイミングをどこにするかを決めかねている。

 会社を出た段階で逃げ出すか、日比谷公園で逃げ出すか。


 榊原の部下をまくには、日比谷公園に行くしかない。だが、そのためには会社から食料を運ばないといけなくなる。手ぶらで日比谷公園に行ったら、ここにいるメンバーに怪しまれるだろう。どうすればいいのか――。


「それにしても、結構人が集まりましたね。ネットで呼びかけたらすぐ警察に見つかっちゃうから、知り合いに呼びかけただけなのに」


 鉄拳5が感慨深げに言った。


「でも、本来の趣旨とはかなりズレちゃったんじゃないっすか。ホームレスが15人も参加するなんて話、聞いてないっすよ」


 憂国が不満げに訴えかける。


「まあまあ、人数は多ければ多いにこしたことはないから。谷さんがあちこちに呼びかけてくれたから、これだけ集まったんですよ」

 ホームレス中年がなだめた。


「でも、ホームレスには年金は関係ないっしょ? そもそも年金なんて払ってないっしょ」

「会社に勤めてた時は払ってたんじゃないですか」


「それ、いつの話っすか? 谷さん、ホームレス歴20年になるって言うし。そんな長い間払ってなかったら、もらう権利なんかないっしょ」

「うるさいな、ゴチャゴチャと」


 谷さんが憂国に空になった紙コップを丸めて投げた。


「お前らなあ、これだけでっかい騒ぎを起こすのに、年金を返せってちっちゃなことだけで意味があんのかよ」


「だから、争点がぼけちゃったら、何のために暴動起こしてんのか、世間の人に分かんないじゃないっすか。学生運動の時だって、世界平和のためとかおっきなこと言ってたけど、どんだけの人がその理念を分かってたんすか? おっきすぎて、わけ分かんないまま参加してた人が大半だったっしょ。失敗はちゃんと総括しなきゃ。あんたら、総括が好きだったんだろ?」


「うるせえな、お前に何が分かんだよ、エセ右翼のくせに」


「まあまあまあ、焦点をしぼって訴えかけたほうが、今の国民は共感しやすいって話になったじゃないですか。郵政民営化のときみたいに」


 ホームレス中年が間に割って入る。


「憂国さんも、国防について語りたいって言ってたのを、今回は保留ってことにしたんですから。一遍にやろうとするんじゃなく、徐々にやっていきましょうよ」

「そうっすよ、賛成できないなら参加しなきゃいいのに」


「うるせえな、お前こそ足手まといになるのは確実のくせに。カッコばかりで、弱っちいんだろ。お見通しだよ、俺には。乱闘になったら、逃げ出すんじゃねえぞ。ママー、助けてえ、ボクちん怖いぃって」

「何をっ」


 憂国と谷さんが立ち上がったので、そばにいた人達が二人をなだめた。集会ではいつもこのパターンである。


「とにかく、当日は仲間割れしてる場合じゃないんだから。協力し合って、作戦を実行しないと。頼みますよ、2人とも」

 鉄拳5が言い聞かせると、2人は不貞腐れて座った。


「それじゃあ、簡単なスケジュールを作成して、LINEで送りますから。当日はそれを見ながら行動してくださいね」

 鉄拳5はみんなに念押しした。


「なんだよ、あんまり嬉しそうじゃねえな」


 谷さんが、順二の隣に腰を下ろした。なるべく距離を置きたくて離れた席に座っていたので、順二は内心「勘弁してよ」とげんなりした。何回会っても、ホームレスの不潔さには慣れない。


「嬉しそうじゃないって?」

「壮大な計画が実行されようとしてんのにさ。官僚国家をぶっ壊すような革命がさあ。みんな興奮してんのに、君だけやけに冷静だよね」

「そりゃあ、100%うまくいくなんて保障はありませんから。ちょっと不安になってるだけです」


「やってもみないうちに、あれこれ悩んでても意味ないって。流れに身を任せないと」

「はあ」


「一人で立ち向かおうってわけじゃないんだから。第一、俺たちゃ学生運動を経験してんだから、闘いのプロみたいなもんなんだよ。俺たちがいれば、問題ないって」

「まあ、そうですよね」


 谷さんは手酌で日本酒を紙コップに注ぎ、ぐいと飲み干す。


「まあ、当日困ったことがあったら、俺に聞きなよ」


 肩を気安く叩かれ、思わず順二は体をよけてしまった。谷さんは酔いがまわって、それには気づいていないようだった。



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