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女子高生四人旅

 冬休み初日。


「ひぃぃ、寒いですわっ!」


 夜が明けきる前に寮を出た美香は、身をガタガタと震わせた。防寒具に身を包んでいても厳しい冬の寒さを完全に防ぐことができず、北風が容赦なく顔を打つ。ここが空の宮市でなければ雪が降っていてもおかしくない程の寒さである。


 星川電鉄学園前駅の駅舎内は全く人がおらず、改札口でICカードをかざすと電子音がいつもより大きく聞こえた。上り列車のホームには旅行かばんを下げた四人組の少女以外誰もおらず、始発列車の到着予定時刻を告げる自動音声アナウンスが虚しく響き渡る。


「うぅぅ……寒い寒い……みなさんは平然としていらっしゃるけど平気なのかしら?」

「私と里美は合気道で鍛えていますから」


 沙羅と里美は体を震わせる素振りすら見せていない。玲奈もニコニコと逆に寒さを楽しんでいるかのようだ。


「心頭滅却すれば火もまた涼し、って言うでしょ。逆もまた同じことよ」

「言うのは簡単ですわっ、はっ、くしゅん!」


 美香はとっさに回れ右をして飛沫をかけないようにした。ホームを吹き抜ける寒風は一切手加減してくれない。


「早く始発が来てほしいですわ……」

「寒がりねえ。じゃ、こうすれば少しは暖かくなるでしょ」


 玲奈は美香の体を抱き寄せて、密着した。確かに幾分かマシになったが、沙羅と里美がいる手前、気まずい。しかし玲奈は何とも感じていないらしい。


「お二人もやってみたら?」

「いやいや、遠慮しとくよ!」

「私たちはそんな……ねえ?」


 美香の目には沙羅と里美がどこか狼狽している感じに映った。


 しばらくすると始発電車が入線してきた。程よく暖房が効いている環境に移れて、美香は安堵のため息を吐いた。


 玲奈の立てた旅行プランではこの後、空の宮中央駅でJRに乗り換えて県庁所在地がある都市まで行き、新幹線に乗り換えて京都へ、そこからさらに特急に乗り換えて兵庫県の豊岡駅に向かうことになっていた。長旅で交通費だけでも相当かかるにも関わらず、全ての費用は玲奈持ちである。彼女の実家はスーパーゼネコンの北条組であり、資産の量は中流家庭の南井家は当然のこと、上流家庭の御神本家をもはるかに凌ぐ。それ故に仕送りは月に二十万を越えていてもはやお小遣いの域を越えていたが、玲奈はそのほとんどを貯金しており、今回の旅でその一部を使うに至ったのである。


 しかも新幹線では贅沢にもグリーン車の座席を確保していた。平日の早朝だからただでさえ乗客は少ないのに、グリーン車に至っては無人で貸し切りのようになっていたから、座席を向かい合わせにして誰にも気兼ねなく会話をすることができた。


「玲奈、乗り物酔いは大丈夫かしら?」

「ええ。お薬を変えたおかげでね」


 玲奈は実は乗り物酔いが激しい体質であり、電車やバスで出かける際は酔い止め薬が手放せなかった。それでも大きな揺れには絶えきれず、夏のりんりん学校(※)ではバスが起伏の激しい道を通ったせいで嘔吐してしまい、憂鬱な気分で過ごさなければならなくなった。ちなみにこのときは美香がすぐさま異変に気づいてエチケット袋を出し、バスを汚してしまうのを防いだ。それから宿泊地に着いて保健委員に渡すまで介抱し続けて、学級委員長の役割をきちんと果たしたのである。


 玲奈は黄色がかった錠剤を取り出し、みんなに見せた。


「実家がドイツから取り寄せた新薬よ。日本では未承認だけど、これがすごく効くのよ。一錠五千円もするけどね」

「ひえっ、樋口一葉一人分!?」


 里美が素っ頓狂な声を上げる。


「危ないモノが入ってんじゃないの……?」

「うふふ、まさか。ラリったりしてないでしょ」


 それでも五千円の薬である。お嬢様の美香や沙羅でも手を出すのに躊躇する値段だ。


「でもね」


 玲奈は美香の顔を寄せて、頬を擦り付けた。


「ミカミカとこうやってたら酔っちゃうかもしれないわね」

「玲奈、ちょっとおやめなさい。人が来たわよ……」


 ワゴン販売のパーサーが美香たちの席の横を通りがかって、何も言わずスッと立ち去っていったが、私は何も見てませんよと心の中で言っている気がした。


「あなた達さあ、バカップルになりかけてない?」

「なっ、何をおっしゃいますの里美さん! 玲奈が勝手に……」

「でも、お姉さまだって満更でもなさそうですね」

「沙羅までそんな冷めた目で見ないで!」


 玲奈はうふふ、と笑い声を立てるだけであった。


 京都駅で特急に乗り換えたが、ここも当然グリーン車の快適な旅である。京都市を出るとのどかな山間の光景が車窓に映りだして、兵庫県に入る頃には白いものが降ってくるのが見えた。


「雪! 雪よ!」


 美香は車窓にかじりついた。


「お姉さま、子どもじゃないんですから」

「だって沙羅、地元じゃ滅多に降らない雪なのよ!」


 通路側の席に座っていた玲奈がスマホ片手に身を乗り出す。


「今、天気予報を調べたけど、兵庫北部は明日朝にかけて雪らしいわ。今はまだ小雪だけど、晩になると結構降るって」

「雪の中で温泉……むふー、待ちきれないわ!」


 そもそもこの旅の真の目的は沙羅と里美をくっつけるためのものだが、今の美香がそのことを覚えているかどうか甚だ疑問である。


 豊岡駅を降りて兵庫の地を踏んだ感慨に浸る間もなく、玲奈は潤沢な資金を背景にタクシーを二台拾った。それぞれ美香・玲奈と沙羅・里美がペアになって分乗する。ここから先の地理は玲奈が一番詳しいので、彼女に案内役になってもらうことになった。


「出石城下町までお願いします」


 玲奈が告げると、運転手はわかりましたー、と元気よく返事した。


「お二人はどこから来たんですか?」


 運転手が話しかけてきて、美香が答える。


「S県の空の宮市からですわ」

「S県! そりゃまた遠いとこからよく来てくれました。学生さんですか?」

「ええ、高校一年生です」


 運転手の口から、はああ、と呆れたか感心たかどっちとも取れるような声が出た。高校一年生の身でタクシーを使うとは何て贅沢な、とでも思っているのかもしれない。


「S県いうたら、お茶とみかんで有名でしょ。お二人もお好きなんですか?」

「ええ。もちろんですとも」


 美香は紅茶派だが緑茶も嗜む。みかんも好物の一つだ。


「私は茶道部ですのでよく頂いております」


 玲奈も答えると、運転手はまたもはああ、と声を漏らした。観光客は幾度となく相手しているはずだが、女子高生だけの旅行客は珍しいのかいろいろと聞いてきた。それに対して、美香と玲奈はお嬢様育ちらしく丁寧に受け答えをした。


 二十分ほどでタクシーは出石城下町に着き、観光客用駐車場の側にあるタクシー乗り場で降車した。玲奈はタクシー代およそ五千円をポンと支払うと運転手は嬉しそうに受け取り、後ろをついてきた沙羅・里美組のタクシーにも五千円をポンと支払った。こっちの運転手は驚きのあまりひょっとこのような顔になっていた。


「玲奈のこと、きっとタクシー会社の中で噂になるだろうね。二台分のタクシー代を出せる程のお金持ちの女子高生として」


 里美が言うと、玲奈はうふふと笑みを浮かべた。


「この後もタクシーを使うから、もっと噂されるかもしれないわね。さあ、まず第一のミッションをクリアしましょう」


 即ち、出石そばを食することである。

※……八月上旬に行われる臨海・林間学校のこと。肝試しがいろいろと凄い(意味深)ことで有名。

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