玲奈の提案
御神本美香と北条玲奈が恋人どうしになったというニュースは、たちまち学園じゅうを駆け巡った。同じクラスどうしということもあり、二組では教室をあげて盛大にお祝いされた。
「美香さんと一緒に幸せになるわ」
美香は自分の体にしなだれかかってくる玲奈を抱き返すと、「そのまま結婚しちゃえ!」とか「末永く爆発しろ!」といった冷やかしの声があちこちから飛ぶ。ディープキスをかわした後ではこのぐらいのスキンシップなど屁でもないのだが、心の中では脂汗をかいていた。ウソをつく相手が沙羅から全生徒へと拡大されてしまったのだから。
原因は玲奈にある。どうせウソをつくなら徹底的にという理屈で、いつの間にか周りに言い触らしていたのだ。だがここで否定してしまえば自分たちの信用はなくなり、沙羅にウソがばれたら姉妹関係崩壊の危機が訪れる。
要は、引き返せなくなってしまっていたのである。
「いやあ、恋ってやっぱり良いものですわねえ! おほほほほ!」
某映画評論家のようなセリフを吐いて高笑いする様子は、傍から見る限りでは恋愛が成就したことへの勝利宣言のようであった。
*
「さあ、ご飯に行きましょう。ミカミカ」
「わかったわ、玲奈」
教室に残って弁当を広げる生徒たちの生暖かい視線に見守られながら、二人は手を繋ぎながら食堂に向かった。
「全く、とんでもないことをしてくれたわね……」
「そう言う割には満更でもなさそうだったけど?」
「あれはわたくしなりの演技よ」
「泉見姉妹ね」
話が噛み合っていないが、演劇部所属の泉見姉妹並に演技が上手い、と言いたいのだろうと察した。
「さすがにあの双子ほど上手くは演じられませんわ」
「そうそう、さっき教室にいたのは棗さんの方だったわ」
「え、また入れ替わってましたの!? まったくあの双子は……玲奈さんったらよく見分けがつけられるわねえ」
「うふふ、ちょっとしたコツがあるのよ。言葉では言い表せないけれど、教えてあげましょうか? 美香さん」
「聞いてもたぶんわけがわからないでしょうから聞きませんわ」
学食に続く渡り廊下を通ると、前を行く仲良しグループの一人がいたずらで窓を開け放ち、冷気を孕んだ風が吹き込んできて悲鳴と歓声が上がった。窓はすぐ閉められたが、思いっきりとばっちりをくらった美香は思わず身を縮こまらせた。
「うう、今日は一段と冷えるわね……」
「大きな寒波が来てるもの。久しぶりに雪が見られるかもしれないわよ」
S県は滅多に雪が降らない地方として知られている。北の県境には日本一の標高を誇る霊峰を中心とした高い山々がそびえ立ち、湿気を帯びた空気を遮断しているからである。そのため少しでも雪が降れば県民たちははしゃぎ、積雪しようものならたちまち事件扱いとなる。
二人は早足で学食に入って暖房の恩恵を受けることになったが、ちょうど列に並んだところで沙羅と里美がいたからそのまま合流し、一緒の席に着くことになった。
示し合わせたわけでもないのに、四人ともきつねそばを頼んでいた。やはり寒い日は暖かいものが食べたくなるのが人情というものである。
日当たりの良い窓側の席はすでに埋まっていたので、真ん中の列の席を取った。
「さあ、いただきますわよ~」
美香は手を合わせると、卓上の一味唐辛子を取って少し多めにふりかけてから麺を口にした。音を立てずにちゅるんと吸い込むように口に入れる器用な食べ方である。
「むふー! この手打ちの麺かと思うほどのコシの強さ! ダシもまるでコンブと削り節から取ったような深いコク!」
「いや、これは本当にに美味しいですよお姉さま」
玲奈も里美もウンウンうなづきながら麺をすする。星花女子学園はお嬢様学校なので舌が肥えている生徒が多い。彼女たちを満足させるために相当な努力を払っていることが伺える。
「ところでみなさん、おそばの名産地と言えばどこを思い浮かべるかしら?」
玲奈が不意に尋ねてきた。
「やはり長野だろう。そば発祥の地と言われているし、中でも戸隠そばは日本三大そばの一つだからな」
沙羅が真っ先に答えると、里美が続いた。
「もう二つが岩手のわんこそばと島根の出雲そばだよね」
「ああん里美さん、二つも答えるなんていけませんわ。わたくしもお答えしたかったのに」
美香が口を尖らせると、里美はジト目になった。
「本当に三大そばのこと知ってたの?」
「わたくし、こう見えてもそばマイスターと呼ばれていましてよ。何せ緑のた◯きの北海道、東日本、西日本、関西の四つのバージョン全てを制覇したのですから!」
「それカップ麺じゃん……」
里美のツッコミを受け流してドヤ顔を浮かべる美香。玲奈もこれには苦笑いする。
「じゃあ、玲奈だったらどこを思い浮かべるのかな?」
沙羅が聞き返すと、玲奈は即答した。
「それはもう、出石そばでしょう」
「いずしそば? 伊豆市はそばの産地だったかな?」
「そっちの"いずし"じゃなくて、出口の出に石と書いて出石。兵庫県豊岡市を中心にして食べられているおそばよ。私のお母様は豊岡の生まれで、里帰りについて行くときは必ず出石そばを食べるの」
「豊岡?」
「兵庫県の最北にある都市よ」
と言っても関西に縁のない沙羅はピンとこない様子だ。もちろん美香も知らないし、里美も首をかしげていた。
「出石そばにはどんな特徴があるのかしら?」
美香は豊岡のことをさておいてそばについて問うと、玲奈はうふふと上品な笑い声を立てた。
「口で説明するよりも、実際に食べてもらった方が早いわね。ということで、冬休みに私とご一緒しません? 豊岡へ」
「え?」
「ミカミカと二人だけじゃ悪いから、沙羅さんと里美さんもご一緒しましょう」
いきなりの申し出にキョトンとする二人。しかし里美は何かに気づいたみたいに急にポンと手を打って、
「いいね! みんなで旅行しよう!」
「ちょっと里美さん、玲奈のお母様の里帰りを邪魔するのは悪いわよ」
「あら、誰もお母様と一緒に行くなんて言ってないわよ。これはあくまで私とミカミカのデート。だけど『旅は道連れ』なんて言葉があるように、旅行は友達と一緒に行くともっと楽しいもの。だから沙羅さんも里美ちゃんもたまには部活も勉強も忘れてのんびりとしましょう? 豊岡には授業でやった『城の崎にて』の城崎温泉もあるわよ」
少し前に玲奈が「城崎温泉に浸かりたい」と言っていたのを、美香は思い出した。そばは口実で、本当は温泉が主な目的ではないかと勘ぐった。
だがどうもそれだけではなさそうだ。温泉にゆっくり浸かりたいならそれこそ母親の里帰りついでに連れて行って貰えれば良い。友達どうしでの旅行より気を使うことも無いからゆっくりできるだろうに。
「沙羅さんはどうかしら? 里美さんは行くって言ってるけど」
「だけどお姉さまが……」
「私は沙羅さんの考えを聞きたいな」
玲奈は沙羅に笑みを向けた。どこか意味ありげな感じがした。
「良いじゃん、行こうよ!」
と里美が促す。沙羅はしばし考えてから、
「思えば四人揃ってどこかに遊びに行ったことが今までないな……わかった、行こう」
「はい、これでお二人からOKが出ました。ミカミカはもちろんOKよね?」
玲奈の笑顔の下には「恋人の誘いを断るなんてことはしないわよね」という無言の圧力が見て取れた。あくまでも演技なのに、そう見えなかった。彼女の考えが読めないが、沙羅も行くと言っている以上乗っておくべきだと判断した。
「わかったわ。行きましょう」
「はい、これで決まりです」
*
一年二組の教室に戻った途端、美香は玲奈に頬を突っつかれた。
「何するのよ」
「うふふ、良い弾力だわ」
これも恋人どうしに見せかけるための演技のひとつだと受け取った美香もやり返した。
「玲奈のほっぺたもなかなか触り心地が良くてよ」
「うふふふ」
「あっ」
玲奈が急に美香を抱き寄せて、耳元でささやいてきた。
「美香さんったら、せっかく二人の仲を深め合おうとお膳立てをしてあげているのに鈍いんだから」
「え、まさか……」
「里美さんはね、沙羅さんのことが好きなのよ」
ああっ、と美香は声を出したが、周りには嬌声に聞こえたのかもしれない。塩瀬晶が頬を赤らめて近寄ってきた。
「あのー、お取り込み中悪いけど座ってもいいかな……」
「あら、ごめんなさい」
ここが晶の席の前だということに気がつかなかった。玲奈と美香はそそくさと掃除用具置き場のところに移動して、ひそひそと話を続けた。
「ようやくわかったわ。沙羅と里美さんをくっつけるために温泉旅行に誘ったのね」
「そう。あの子ったら自分から誘う勇気が無いから場を作ってあげたの」
「それじゃあこの計画は上手くいきますわ。実は沙羅も里美ちゃんのことが好きなのよ」
「あらまあ、両想いだったの?」
玲奈は口を抑えてうふふと、美香は頬に手を当てておほほとお上品に笑った。
「本当に幸せそうだなあ」
晶が呟いたが、当然二人の耳には届かない。