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一方その頃

 玲奈と里美の部屋でも、秘密の会話が行われていた。


「ねえ、実は美香さんと本当につきあってたりしない……?」

「どうしてそう思うの?」

「だって、あのキスの仕方はすごくエロかったもん。あんなの友達どうしがやるようなものじゃないし、手慣れてる感じだったし。絶対にファーストキスじゃないよね?」

「セカンドキスではあるわね」

「初めては誰が相手なの」

「中学の同級生よ」


 玲奈は即答した。そういえばこの子の出身中学は共学の国立大学の教育学部附属中学だったな、と里美は思い出す。


「相手は女の子? 男の子? どっち?」

「うーん。どっちとも、かしらねえ」

「は? 二人同時にファーストキス?」


 里美の頭の中にはてなマークが無数に浮かんでくる。いったいどういうシチュエーションなのか。


「あれは修学旅行の夜のことだったけれど、同級生に彼氏ができた女の子がいたの。その子は彼氏自慢してきて、毎日キスしてるうちにキスが上手くなったとか言って。それでどれだけ上手いか確かめたくなって、じゃあキスしてみてよとお願いしたの」

「まさか、その場のノリで……」

「ええ。周りも変に盛り上がっちゃって、その子も乗っちゃって。おかげで私のファーストキスはものすごくディープなものになったわ」

「ええー……」

「ということで直接的には女の子と、間接的には男の子とファーストキスしたと言えるわね」

「どっちも恋人じゃないのに。人生で大切なファーストキスを恋人でもない相手に勢いで捧げるなんて、どうかしてるよ……」


 里美は齢16にしてまだキスはしたことがなく、ファーストキスは好きな相手に捧げるのものだと決めていた。つまり、まだ恋人がいなかった。


「その子に体で教わったテクニックのおかげで、恋人らしく見せかけることができて良かったわ」

「……で、どうだったの。恋人でもない美香さんとしてみて」

「んー、口で説明するより実技で示した方がいいかしらね」


 玲奈が里美の頬に両手をかけて引き寄せようとしてきたから、慌てて払い除けた。


「おおおいっ! ストップ、ストーップ!」

「うふふ、遠慮することはないのに」

「遠慮するわ!」

「うふふふ、やっぱりファーストキスは愛しの沙羅さんに取っておくのね」

「!?」


 玲奈はにこやかな顔をしつつ、里美の心臓を握りこんだ。


「あら? その反応はやはり図星なのね」


 違う、とは言えなかった。ムキになって反論すると相手のペースにはまって、底なし沼に足を突っ込んでいくのは目に見えていた。


「どうしてわかったの……」

「あなた、おとといの夜中におトイレに行ってスマホを置き忘れてたわよね」

「おととい……ああっ!」


 里美の顔から血の気が失せる。確かにその日、玲奈が寝静まった頃を見計らいスマホを携えてトイレに行った。ただ用を足すだけならスマホは必要がないが、別の目的があったためにどうしても必要だったのだ。それは到底口にするのもはばかられるものであったが、玲奈には全て悟られていた。


「私もつい目が覚めておトイレに行ったのだけれど、一番奥のおトイレに入ったらあなたのスマホが置かれてたのよ。画像閲覧アプリが開きっぱなしになっている状態でね。まさか沙羅さんの裸体の画像を見て――」

「そっ、その先は言わないでーっ!!」


 里美は無理やり、玲奈の口を手で塞いだ。玲奈は手の下でふふふとくぐもった笑い声を立てる。


「し、仕方なかったんだよ、ちょっとムラムラしちゃって……でもまさか置き忘れてたなんて……」


 手を離して自由に話せる状態にしたら、口元からは笑みが消えていた。


「何食わぬ顔して部屋に戻してあげたけど、もしもあのまま置きっぱなしにして他の誰かに見つかってたらおおごとになってたわよ。何せ沙羅さんの着替えを盗撮している画像なんだし。どうしてこんなことしたの」


 忘れ物をしたことを問い詰める教師のような、プレッシャーをかけてくる物の言い方であった。里美はやむなく、正直に打ち明けることにした。


「練習で汗まみれになった沙羅の体が綺麗で、ついこっそりパシャリ、と……」

「気持ちはわかるわ。鍛えられた背筋とお尻が汗で輝かいているの、すごくエロティックだったもの」

「あんたもよく見てんじゃん……」

「だから同罪ってことでお互いこの件はお口チャック、ね?」


 自分の唇に続いて、美里の唇にチャックを閉める仕草をした。


「とにかく、沙羅さんの縛りが無くなったからチャンス到来よ。誰かのものになる前に攻勢をしかけていきましょ?」

「とは言ってもね……」


 里美はフラフラとよろめくようにして、自分の学習机の椅子に座った。


「私、こう見えても引っ込み思案なところがあるから。そんな性格を直したくて高等部で思い切って園芸部から合気道部に鞍替えしたんだけど、なかなか性格って変わらないんだよね……」

「んー、自分からデートに誘うのも無理な感じかしら」


 里美は何も言わなかったが、察しろということに他ならなかった。玲奈も自分の学習机の椅子に座り、ロダンの考える人のようなポーズを取ってしばらく黙っていたが、突然うふふふと笑い出した。


「何よ、根性なしって言いたいの?」

「いいえ。明日になったらわかるわ」

「はあ?」


 玲奈は時たまわけのわからないことを言う。もう八ヶ月も同じ部屋で過ごしてきたから慣れきってはいたが、今は玲奈が笑顔の下でいったい何を考えているのか全くわからず、一種の不気味さを覚えていた。

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