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二人きり、体育館裏。何も起きないはずがなく……

「いったいどういうことかしら、これは」


 疑念が真っ先に沸き起こった。なぜ自分の名前でなく妹なのか。


 しかし沸々と怒りがこみ上げてきた。文句があるなら姑息な真似をせず直接本人に言うべきだ。


「沙羅がいったい何をしたというの」

「美香さん、何か心当たりはないのかい?」


 晶の問いかけに首を横に振った。長年連れ添ってきたからわかる。妹は決して人を傷つけるような人間ではないことを。


「しかし私と棗さんならともかく、美香さんと沙羅さんを間違えたりしますかねえ。晶さんと日色さんを間違えるより難しいのに」


 泉見司(いずみつかさ)はこの状況を楽しんでいるかのような笑みを浮かべている。彼女の双子の姉の棗と、晶の従姉妹の日色は沙羅と同じ一組にいる。泉見姉妹はともかく、晶と日色もボーイッシュな雰囲気が似ているからか時たま間違う人がいるらしい。だが美香と沙羅は性格も見た目もまったく違うのである。


「それ、本当に間違えて置いたもの?」


 輪から外れて、一番後ろの席に座って本を読んでいる桶屋春泥(おけやしゅんでい)が声をかけた。最近はマシになったとはいえ、集団行動が苦手で孤立しがちな彼女が首を突っ込んでくるのは珍しいことでる。美香は正直なところこの少女を好いていなかったが、クラスメートとして最低限のつきあいはするように心がけていた。


「どう見ても『御神本沙羅被害者の会』と書いてありますけど?」

「被害の遠因があなただとしたらどうする」

「どういうことですの……?」


 春泥はゆっくりと立ち上がった。


「あたし、見たことがあるの。あなたの妹が告白されているところをね。それも三回も」

「はい!?」


 唐突に始まった暴露話に、みんなの視線が春泥の方に釘付けになった。


「どこで誰が、は言わない。だけどあなたの妹、三回ともこういう断り方をしてたよ。『姉を差し置いてつきあうことはできない』と」

「はああ!?」


 鼻水が出そうになった。確かに沙羅は見た目と性格は良く、ストイックさもあってファンは少なからずいる。中には恋をしてアタックをかけた者もいるであろう。だが断るのに姉の名前を出すのはいかがなものなのか。


「ふーん、少なくとも桶屋さんはウソをついていませんねえ。私にはわかります」


 司が言うと、妙な説得力があった。


「ということは、逆恨みか」


 晶が腕を組んで、机に無造作に置かれた藁人形を見下ろした。


「とにかく先生に言おう。立派ないじめだよこれは」

「いいえ。お待ちなさい」


 美香は毅然とした態度で拒絶した。


「わたくしに時間を頂けるかしら。沙羅に話を聞いてみるわ。このことはひとまず黙っておいてちょうだい。これは学級委員長命令よ」


 *


 昼休み中。美香は沙羅を体育館の裏というベタな場所に呼び出したが、人気がないところで話をつけるのには最適であった。


「ええ、告白されたことはあります」


 沙羅はあっさりと認めた。


「断るのにどうしてわたくしの名前を出すの」

「事実だからです。お姉さまを差し置いて私だけ恋道に走るわけにはいきませんから」


 はあ~、と美香は大きくため息をついた。


「たぶん、わたくしがお前の恋路を邪魔してると勘違いしているわよ」

「まさか」

「これが証拠よ」


 美香は呪いの藁人形と紙切れを見せつけた。


「これはっ……!」


 沙羅の顔つきはたちまち夜叉のようになり、美香から藁人形と紙切れをひったくると、まとめて体育館の壁に思い切り押しつけるようにして叩きつけた。たちまち丈夫な外壁にヒビが入った。


「おおおいっ!? な、何てことをするの!! 改築して間もないのに!!」

「お姉さまを侮辱するとは、許せん!!」


 沙羅が立ち去ろうとするので、美香は制服を引っ張って止めようとした。


「ちょっとちょっと! 何をしに行くつもり!」

「制裁を加えます。誰がやったかわかっていますので」


 美香の脳裏に、明日の地元紙の朝刊に『星花女子学園合気道部員、傷害容疑で逮捕』という見出しの記事が載り、テレビで伊ヶ崎理事長がカメラのフラッシュを浴びながら深々と頭を下げている光景が浮かび上がった。


「お待ちなさい! 合気道部が活動停止になるだけじゃすまないわよ!」

「構いません」

「このお馬鹿! 里美さんはどうなるの! お前のせいで合気道ができなくなるのよ!」


 沙羅の動きが止まった。


「申し訳ありません、つい取り乱しました……」


 美香も手を離す。


「……わかれば良いのよ。とにかく、もう今後はわたくしを引き合いに出すのはやめなさい。お前が断った相手には、わたくしとは無関係だとちゃんと釈明すること。いいわね?」

「はい、仰せの通りにいたします」

「もう少し砕けた言い方をしなさいな。わたくしはお前の主人ではなくてよ」


 美香は苦笑いを浮かべた。


「ところで、お前は本当に恋愛をする気は無いの?」

「はい。お姉さまにお相手が見つかるまでは」

「全く……」


 美香の手が沙羅の頬に伸びる。


「血が繋がっていないからこそ妹らしい振る舞いをしなければらない、と考えているつもりだろうけど。何もかもわたくしに遠慮する必要はなくてよ」


 沙羅の返事を聞く前にぐ~っ、と間抜けな音がした。発生源は美香のお腹からであった。張り詰めた空気がたちまち緩んでしまうほど大きな音だったので、沙羅はうっかり吹き出してしまった。


「くっ、な、何で肝心なときに……」

「話の続きは食堂でしましょう」


 沙羅は柔和な顔つきに戻っていた。


 *


「でも、結局お姉さまが先だと言って聞かないのよ。困るわ」


 美香は下駄箱でローファーに履き替えつつ、玲奈に愚痴った。


「ある意味羨ましいわ。私にも姉と弟がいるけど、遠慮したこともなければされたこともない」

「それが普通のきょうだいのあり方よ。少しぐらいわがままになってもいいのに」


 外に出たら、大きな声がしはじめた。出どころは校舎の屋上である。


――あ! え! い! う! え! お! あ! お!


「百合葉さんのボイストレーニングが始まったわ」

「相変わらず通る声ねえ」


――いっち、にー! いっちにー! そーれっ!


 今度は目の前を、ジャージ姿のソフトボール部の一団が掛け声を出しながら走り抜けていく。先頭の人間が激を飛ばした。


「お前ら大勢いんのに百合葉一人の声に負けてんじゃねぇか! もっと声出せオラァ!」

「「「はーいっ!!」」」


 一団は絶叫に近い返事をして、掛け声は一層大きくなっていった。


「下村先輩も張り切ってるわね」

「噂ではすでに実業団チームが目をつけているそうよ」


 美香はまあ、と感嘆する。今年も主砲としてホームランを量産したため、誰が呼んだか下の名前の紀香とキャノン砲を合わせて「ノリキャノン」というあだ名までつけられていた。


「ところで百合葉さんと下村先輩って共通点があるの、ご存知?」

「共通点? パワフルな性格ってところかしら」

「それと、変わり者の恋人がいること」


 確かに、と美香は納得した。百合葉の恋人は沙羅のクラスメートで、67期生随一の奇人変人かつ天才的頭脳の持ち主である。紀香の恋人とは中等部の頃に同じクラスだったことがあるので知っているが、人間的な感情を全く持ち合わせていない子であった。それがどういうわけか紀香に好かれてつきあうようになり、今ではすっかり一人の人間の女の子となっている。


「沙羅さんは百合葉さんと下村先輩よりは物静かだけど、パワフルな一面を持っているわよね。かつ、今どき古風な変わり者。つまり変わり者のお相手が見つかるか、もっとパワフルなお相手に拾われるかすれば良いカップルになれると思うの。両方と同時にお付き合いするのもありかな」

「人はそれを二股と呼ぶのだけれど?」

「沙羅さんのお相手たちも互いに愛し合えば万事解決よ」

「あなたねえ……」


 玲奈は時たま変なことをさらりと言ってのけるが、そこに悪意がないのはわかってはいた。


 美香は脱線しかけていた話を修正しにかかった。


「まあ、そもそも拾う気も拾われる気も無いのが大問題なのだけれど。どうしたものかしらねえ」


 離れに差し掛かかったところで、一陣の寒風が吹き抜けた。


「簡単なことよ」


 玲奈が長い髪をたなびかせながら、こう言った。


「美香さんと私がつきあってしまえばいいのです」

「……………………………………はあああっ!?」


 美香は通学カバンを落とした。

今回ご登場頂いたゲストキャラ


・泉見司(桜ノ夜月様考案)

登場作品:『木を染めし 泉の司は 天を見ゆ』(黒鹿月木綿稀様作)

https://ncode.syosetu.com/n8190gf/


・桶屋春泥(ライカ様考案)

登場作品:『春の伊吹』(神岡鳥乃様作)

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=12174685


・美滝百合葉(百合宮伯爵様考案)

登場作品:『∞ガールズ!』(百合宮伯爵様作)

https://ncode.syosetu.com/n4195fs/


・下村紀香(藤田大腸考案)

登場作品:『Get One Chance!!』(藤田大腸作)

https://ncode.syosetu.com/n0774fg/

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