慈悲なき戦い
前回投稿からだいぶ開いてしまったのでこれまでの超雑なあらすじ
・温泉旅行をきっかけに沙羅が里美と交際する
・美香と玲奈もつきあいだす
・沙羅の熱烈なファンに里美が逆恨みされてフェイク動画を作られる
・犯人は沙羅の熱烈なファンの兄
・御神本姉妹、自分の親が運営する男子校の風紀委員を連れて兄妹を確保しにいく
・沙羅無双
百合小説のはずなのにどうしてこうなった
怒号と悲鳴は館の外にまではっきりと漏れ出ていた。
「御神本さん、これはいくら何でもやり過ぎでは……?」
君藤芽依はただ呆然と事の成り行きを見守っている。美香はおほほ、と手の甲を頬に当ててお上品に笑ってみせたものの、冷や汗を顔に浮かべていた。
「き、吉良邸討ち入りと池田屋事件を同時に起こしているようなものですから、多少手荒っぽくなるのは仕方ないことですわ……」
ぎゃあああ、という悲惨な断末魔が聞こえてくる。
「多少……?」
「ええ、多少ですとも、おほほほ」
喧騒がいったん止んで、風紀委員の一人が出てきた。顔面には赤いものがついている。
「あなたっ、怪我してますわよ!」
「驚かせてしまって申し訳ありません。返り血がついてしまったようです」
「ひい!?」
美香たちはたじろいだ。
「これより犯人を捕縛しますので、お立ち会いをお願いします」
どうぞと中に入るように促され、美香たちは恐る恐る館の中に入っていったが、陸に打ち上げられて死にかけている魚のごとく横たわっている輩どもがロビーの床を埋め尽くしていた。まさに死屍累々という四字熟語の通りの光景である。
「すみません! 遠慮いたします!」
「あっ、ちょっとー!」
美香以外の全員はもうこれ以上辛抱できないといった体で、館から飛び出してドアを閉めてしまった。まだ美香がいるにも関わらず。
「何て薄情な……」
逃げそびれた美香の眼下にはうめき声を上げる輩たちが。風紀委員は数人足蹴にして転がして、道を作ってやった。
「風紀委員は終戦直後の混乱期には愚連隊と戦い、学園紛争時代はデモ隊と戦い、その後は暴走族とヤンキーとも戦って学園の治安を守っていたとお父様から聞いていましたけど……チンピラだったらなおさら相手になりませんわね」
「そして今でも、我々は先輩方が練り上げてきた風紀委員の魂を受け継いでいるのです」
美香は張り付いたような愛想笑いで返した。自分が依頼したことではあるが、風紀委員がこれ程力加減を知らない、鎌倉武士か薩摩武士のような集団だったとは思いもよらなかった。
とはいえ今更止めることはできないし、里美が受けた心の傷を考えれば輩の肉体的苦痛の方はまだ優しい方だ。
「さあ、もうすぐ仕上げです。どうぞご覧ください」
「まるでお菓子を勧めるみたいに言わなくても……」
美香も外に出たかったが、依頼した責任があるので義務感で堪えた。ロビーからは二階の廊下が見える。そこには警杖を構える学ランの集団が密集していて、その中に沙羅の後ろ姿があった。顔は見えなくても怒りがひしひしと伝わってきた。
*
「ここから二手に分かれる。俺と第一から第二班までは川藤の部屋に向かう。萱島と第三班から第五班はホールに向かえ。沙羅お嬢様はホールの方をお願いします」
「わかった!」
沙羅は首の骨を鳴らすと、ホールに通じている方のドアにゆっくりと歩み寄った。中でどれ程の敵が待ち構えていようとただ捻り潰すのみである。取っ手に手をかけたところ、「副」の一文字の腕章をつけた副委員長・萱島が制した。
「沙羅お嬢様、試したいものがありますのでここは私にお任せを」
萱島は黒い円筒形のものを握っていた。レバー状の物と丸いピン、その形はどう見てもに手榴弾にしか見えず、さすがの沙羅も目を剥く。
「何でそんな物騒なものがあるんだ」
「フラッシュバンです。爆発はしませんが強烈な音と閃光で相手を無力化します」
「フラッシュバン? 確かSATとかが使っているやつか?」
「そうです。科学部が作ってくれたんですよ。さすがに本物より威力は落ちますが、チンピラ相手なら十分でしょう」
萱島は心底嬉しそうだった。御神本学園は創設者が武士だったこともあって尚武の気風があるが、風紀委員はそれを体現したような集団で、もはや戦闘集団と言っても良かった。そもそも風紀委員は戦後の混乱期の折、学園周辺の治安維持のために結成された自警団をルーツに持っており、そんじょそこらの学校の風紀委員よりも暴力装置的な面が濃いのである。
その風紀委員たちを、沙羅は制御するつもりは一切なかった。里美の仇討ちのためには手段を選ぶつもりはない。
「わかった、やれ」
「了解!」
沙羅の命令一下、萱島は安全ピンを抜いて、ドアを少し開けて隙間から放り込んだ。
とてつもない轟音。ドアの中から、そして一階からも義姉の悲鳴が聞こえてきたが、沙羅の耳には届いていなかった。
*
「お姉さま、来ていたのですか?」
沙羅は笑みひとつ浮かべず、威圧感を漲らせたままだったので美香は必要以上に近づかなかった。
「川藤さんたちは捕まったのかしら?」
「それが……」
川藤兄妹がいた部屋には数人の輩しか見当たらず、ホールにもいなかった。床には男女問わず負傷者が横たわっている。壁を見ると、無傷の女二人が須賀野少年の警杖で首を押し付けられる格好で磔になっている。澤田由紀と倉地ほづみである。
「ねっ、ねえっ! 私たちのこと好きにしていいから許して! ねっ、ねっ?」
「君可愛い顔してるのに強いから目一杯サービスするよ!」
二人とも命乞いをするが、須賀野少年は道端の犬の糞を見るような目で言い放った。
「あまりふざけたこと言うとその首、折りますよ?」
「「ひいい!!」」
二人への怒りが心頭に達している沙羅が近づいてきて、さらに大きな悲鳴を上げた。
沙羅は須賀野少年を退かせ、窓を開けるよう言いつけると、澤田と倉地の首根っこを掴み窓の外に上半身を突き出した。
「いやああ! やっ、やめて!」
「すみませんすみませんすみませんでした!」
下にいる星花の生徒たちも悲鳴をあげているが、沙羅は気に留めず冷酷に告げる。
「里美のことは今更謝る必要はない。お前たちはどうせ学校にいられなくなるからな。一つ質問する。川藤麻子はどこに行った?」
「知りません!」
沙羅が手に力を込めると、二人は狂乱した。あとひと押しすれば頭から真っ逆さまに落ちそうである。
「川藤麻子はどこに行った?」
「とっ、隣の部屋の本棚の下です! 隠し通路があるんです! そこから逃げました!」
沙羅は二人を引っ張り上げて、倒された仲間の上に無造作に投げ捨てた。新たに指示を出すまでもなく、風紀委員は動いていた。
「見苦しいところを見せてしまいました」
沙羅が美香に頭を下げた。表情は若干柔和になっている。
「里美には黙っておいてください。あの子の性格上、私のしたことを知ったらきっと幻滅しますから」
「ええ。玲奈にも言い聞かせておくわ」
そのとき、急に隣室が騒然としはじめた。