復讐鬼と化した沙羅
「しっかしまあ、よりによって理事長の娘に惚れるかあ?」
キツネ目の少年が、テーブルの上に足を乗せてソファーに座っている。対面の席には少女がいた。
「娘と恋仲になれても理事長に働きかけて俺を救ってくれるわけじゃなし」
「別に兄さんのためなんかじゃないわよ。あの御方は私の運命の人だから」
「お前の友達二人も同じこと言ってたけどさ、今じゃ隣で名前も知らない奴らとよろしくやってやがるぞ」
少年が親指で後ろを指した方向から下卑た笑い声と艶めかしい声が聞こえてくる。それを聞いた少女、川藤麻子は鼻で笑い飛ばした。
「兄さんのお友達のおかげで恋敵が減ったわ」
「悪い遊びを教えてあげろって言ったのはお前だからな。全く、悪どいところはお互い親に似ちまったな」
少年、川藤雅矢は自嘲した。
川藤兄妹の父はいわゆる街金を営んでおり、母親は水商売の出である。人に自慢できる家柄ではなかったがために、子どもたちを御神本学園と星花女子学園に通わせることで箔をつけた。だが家庭環境は最悪とも言えるレベルで、父親は少しでも気に入らないことがあれば暴力をふるい、母親は他所で男を作っていた。それを父親は見て見ぬ振りして自分も愛人を作る有様であった。だから子ども二人が歪に育つのは当然の帰結と言えた。
さらに兄妹が成長するにつれ、父親は仕事を理由に家庭を省みることが全くなくなり、母親も家にいることが少なくなった。だからいくら兄妹が悪事を働いても気づくことはなかった。サイバー犯罪で大金を稼ぎ、良からぬ者たちとつるみ、廃洋館をアジトとして買い取ったことすら両親は全く知らなかった。
「ところで兄さん、あっちの準備はできてるの?」
「ああ。後は機を見て仲間を使ってばらまくだけだ」
「早くしてね。行き場を失った沙羅さまを迎えるために。兄さんも学園への復讐にもなるのだし」
「復讐か……まあ正直復讐する程の恨みは持っちゃいないが、名門校の名前が地に堕ちるのは実に愉快だな」
雅矢はハーブリキュールのエナジードリンク割りが入ったショットグラスを傾けた。
「ミカガクも所詮、俺より頭の出来が悪い奴らの集まりだ。体育祭や文化祭で一致団結とかいうクソウゼェお題目でバカ騒ぎして、その後は受験勉強でくたびれて、大学に入ってテキトーに勉強して卒業した後は組織の歯車になっていくだけ。そいつらみたいになりたくないね」
麻子は酔っ払いの戯言だと聞き流した。彼女は実のところ兄のことを馬鹿にしていた。自分みたいに処世術を身につけて周囲と上辺だけでも良好な人間関係を築ければもう少し生きやすかっただろうに、と哀れみさえ覚えた。
兄の仲間も所詮は金目当てですり寄っただけのことであり、決して兄の人柄によるものではない。そう遠くないうちに破滅するのは目に見えていたから、その前に沙羅を手に入れて兄の目の届かぬところで一緒に暮らす算段を立てねば、と考えていた。だから「次の計画」は確実に成功させなければならない。
声が一段と騒がしくなった。
「おーおー、ケダモノみたいに盛りだしたか?」
「それにしては音が大きすぎるわ」
隣の部屋に続くドアが開いて、金髪に染めた女が駆け込んできた。
「雅矢くん、ヤバイよ!」
「何がどうヤバイんだ、ちゃんと話せよ」
「がっ、学ランを着た変な奴らが館に入り込んできてる!」
「なっ! まさかっ……!」
やがて悲鳴と騒音が館を取り巻いた。
*
「うぎゃああああっ!!」
スキンヘッドのチンピラが脳天から床に叩きつけられた。沙羅に掴みかかろうとして軽く投げられた結果である。沙羅は襲い来る輩どもを文字通りちぎっては投げ飛ばしていく。鉄パイプやナイフが来ようがお構いなしで、力任せに襲いかかろうが軽くいなし、宙に舞わせていく。後は床に無様に這いつくばるだけであった。
同じくもう一人、先行していた須賀野少年が警杖で大立ち回りを見せていた。
「このクソガキゃああ!!」
スキンヘッドの筋肉質の男二人組がナイフを持ち突貫してくる。しかし須賀野少年は動じることなく、ナイフを一撃で叩き落とした。その流れで目にも留まらぬ速さで男二人組のみぞおちを突くと、男たちはたちまち戦闘能力を喪失し前のめりで倒れた。
「その動きは銃剣道だな?」
沙羅が尋ねた。
「はいっ、父に叩き込まれました」
「よく鍛えてある。感心だ!」
沙羅はそう言いながら次々と襲い来る大男を投げ飛ばした。ただ考えもなしに突っ込んでくるから稽古より簡単であった。
他の風紀委員たちも相手を圧倒している。例外的に須賀野少年は銃剣道を駆使するが、委員たちは風紀式警杖術という御神本学園風紀委員会に伝わる技を習得している。暴徒の制圧を目的とした技を武道で鍛えた若者が使うのだから、チンピラごときが歯が立つはずもなかった。たいていの者は一撃で倒され、さらに二撃三撃と追い打ちをかけられて戦闘不能になった。
「うわああああ!」
敵わないとみた輩たちが大階段を駆け上がって逃げ出す。
「突撃ー! 突撃ー!」
松田委員長の号令一下、風紀委員たちが怒声を上げて大階段を突進していった。二階にはホールに続く大きな扉がある。あの中には従犯の澤田由紀と倉地ほづみがいる。まずはこいつらから血祭りにあげてやろう。恋人の復讐に燃える沙羅は先頭を突っ切っていった。
輩が全員入りきる前に、ホールの扉が閉じられた。
「まっ、待ってくれー! まだ俺たちがいる! まだ俺たちが――」
沙羅は取り残された者を掴んで投げ飛ばした。そこへとどめとばかりに無数の警杖が体に突き立てられる。
「い……イカれてる……」
輩の一人は死に際にそう言い残した。実際は死んだように気絶しただけだが、本気で死を覚悟していたかもしれない。
実際、館の中は死屍累々という四字熟語が似合う地獄めいた光景と化していた。床にはうめき声を上げてのたうち回る輩とピクリとも動かない輩の二種類が這いつくばっており、立っているのは風紀委員60名と沙羅だけである。
「みんな、無事か?」
「はい! 全員異常ありません!」
沙羅の心配は杞憂で、風紀委員たちは警杖を掲げて喚声を上げ健在をアピールした。
「よし、じゃあ早速、中の奴らに地獄を見せてやろうか」
沙羅の目には殺意がみなぎっていた。




