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帰寮の日

 御神本姉妹が帰寮したのは三学期開始二日前のことである。それは北条玲奈と南井里美が帰寮した日でもあった。


「ああ、会いたかったわ。元気してた?」


 一足先に帰寮していた玲奈は美香の姿を見つけるなり、ぎゅっと抱きついてきた。帰省前はいろいろあったがすっかり元通りである。美香の方も演技を開始する。


「私もよ、玲奈」


 と言って愛おしそうに抱き返す。するとボソッと耳元で囁かれた。


「とっておきのお土産があるの。楽しみにしていて」

「うふふ、こっちもよ」


 お土産が披露されたのは夕食の後である。四人は御神本姉妹の部屋に集まって、お互いに持ってきたお土産を出した。


「まあ、これは『ラ・セーヌ』のクッキーじゃない」


 御神本姉妹のお土産に玲奈が目を輝かせた。「ラ・セーヌ」はフランスの高級洋菓子ブランドであり、とりわけクッキーは絶品とされている。


「うーん、お菓子でかぶっちゃって申し訳ないな」


 と、里美が出してきたのはゴーフルである。日本の老舗洋菓子メーカー「雪華堂」が出しているもので値段は手頃だが、味には定評があった。


「いえいえ、その方が私のお土産が活きるというものよ」


 玲奈のお土産は、何やら英語圏以外の言語で書かれた小さい缶である。


「これは?」

「うふふ」


 中身を見せると、美香の目の色が変わった。それは彼女の好物である、ハーブティーの葉だった。


「アフリカから取り寄せたの。100gで三万円はする超高級品よ」

「三万円!」


 またもや玲奈のお大尽ぶりが見られた。


「だけどアフリカのハーブティーは聞いたことがないわね。南アフリカ共和国ではルイボスティーが有名なのは知ってるけど……」


 それでも匂いを嗅いでみたところ、何が入っているのかはすぐにわかった。


「うん。これはハイビスカスね?」

「正解。現地ではハイビスカスティーのことをビサップとかソボロとかいろんな名前で呼ばれてるの。アフリカの紅茶の歴史はまだ浅いけど、近年ではシェアを伸ばしてるのよ」

「はあ。わたくしとしたことが知らなかったわ」

「さて、お茶請けも揃ったことだし、早速お茶会にしましょう」

「いいわね。沙羅、淹れてくれるかしら」

「承知しました」

「あ、私がやるわ。ここは茶道部の出番でしょ?」

「茶を点てるのとハーブティーを作るのとはわけが違うのよ。沙羅の方が作り慣れてるわ」

「茶道部でもときどきハーブティーを作るから大丈夫」


 確かにあの賑やか茶道部ならやるだろうな、と美香は納得した。


「それじゃ、玲奈にお願いするわ。わたくしのティーポットを使っていいわよ」


 美香は入寮してからずっと愛用しているティーポットを惜しげもなく貸した。給湯室でもティーポットを借りられるが、自分のティーポットで淹れて貰う方がいっそう美味しく感じられる。


 玲奈は「ありがとう」とティーポットと缶を携えて部屋を出ていった。残された三人で歓談を続ける。


「なんだか、寮の方が実家にいるよりも落ち着くよね。二人はどう?」


 と、里美が言うと沙羅が先に答えた。


「家の方が落ち着くよ。だけど今は寮の方がいいな。里美がいるし」

「もうっ」


 里美は照れ笑いを浮かべながら沙羅を軽く叩く。仲睦まじい様子に美香も顔をほころばせる。


「美香さんは?」

「わたくしも、玲奈がいるから寮の方がいいですわ」

「玲奈もミカミカに会いたいってずっと言ってたよ」


 彼女の演技は順調のようである。


 しばらくして、玲奈が戻ってきた。


「お待たせ。さあ、アフリカの味をどうぞ」


 美香があらかじめ準備していたティーカップ四つにハイビスカスティーが淹れられる。マゼンタの彩やかな色づきにハイビスカスの芳醇な香り。


「それでは、いただきますわ」


 美香は口にした。酸味とともにハイビスカスの香りが鼻の奥に突き抜ける。


「これがアフリカの味……広大なサバンナの光景が目に浮かぶようですわ」

「そんな大げさな」


 と沙羅が突っ込んだが、彼女も飲んでみたところ、目を丸くして「すごく美味しい!」とコメントした。


「うん、私は紅茶のことよくわかんないけど、味も香りもいいよね」


 里美もご満悦のようである。


「気に入って頂けて嬉しいわ。さ、お菓子も食べちゃいましょう」


 久しぶりに友人、恋人と出会ったこともあり、お茶会は話が弾みに弾んだ。それで美香は気が緩んでしまったのだろう、何か面白い話をしようとしてついうっかり、アダルトショップに入ったことを話してしまったのだ。


「お姉さま、ダメですよ!」


 沙羅に注意されてはじめて失態に気づいたが、すでに遅かった。


「ふーん、教育者の娘がそんなところに出入りしてたんだー」


 里美は意地悪そうに口角を上げて、玲奈は口元を抑えてクスクスと笑っている。


「ああー……実は私の方から誘ったんだ。社会勉強してみましょうってね」


 沙羅は本当のことを言ったが、里美には言い訳がましく聞こえたようだ。


「おねーさまをイケナイ道に引きずり込んだんだ。そういうことをする人じゃないって思ってたんだけどなー」

「いや、つい羽目を外してね」

「正月だったから?」


 里美は冗談めかしてはいたが、沙羅の回答の歯切れが悪いせいで傍から見ると問い詰めているようである。美香はいつも妹に助けられている身、ここは自分が助ける番だとばかりに切り出した。


「おほほほ、だけど本当にいい勉強になりましたわ。ついでに話のネタとして面白いものも買ってみましたの?」

「面白いもの?」


 美香はさりげなく自分の机に置かれていた小瓶を取ってきた。買ってみたとはいうが、たまたま居合わせた星花女子大学ジャーナリズム研究会の会員に買ってもらったものである。


「何これ?」

「媚薬入りの香水ですわ。これをふりかければたちまちおとなしい猫も猛虎と化すぐらい欲情するとか」


 そんなことはジャナ研会員から一言も言われていない。話を盛って場を盛り上げようとしているだけのことである。それに里美が乗っかってきた。


「へー、じゃあやってみせてよ」


 里美が手首を出してきた。


「いいのですね? じゃあ遠慮なくふりかけますわよ」


 美香は手首めがけて、香水をシュッと一振りした。早速里美は嗅いでみる。


「うん、イチゴのいい香りがする」


 しかし里美が猛虎に変身する兆候は全く見られない。


「失礼」


 玲奈が里美の手首を掴んで鼻を近づけると、


「ああん、クラクラきたわあ」


 そうわざとらしく言って、美香に抱きついてきた。それを見た里美が苦笑する。


「うーん、即効性は無いのかしらね」


 美香も自分の手首に香水をふりかけて匂いを嗅いでみたが、イチゴの甘い香りがするだけで特別体に変化は起きない。沙羅に嗅がせても同じことであった。


「それ、いくらしたの?」


 自分の金を出して買ったわけではないのでうろ覚えだったが、だいたい一万円ちょっとだと美香は答えた。


「絶対掴まされてるよ」

「うーん、そうかしらね……でもいい匂いがするのは確かだし、せっかくだから使わせて頂きますわ」


 美香が言い終わらないうちに、里美が大きなあくびをした。


「ちょっと、はしたないですわよ」

「だって、何だかすごく眠くなってきたもん」


 私もですよ、と沙羅も言った。時計を見るとまだ消灯時間にもなっていないのだが、沙羅はかなり眠たそうにしている。


「じゃあ、少し早いけどお茶会はお開きにいたしましょう」


 美香が言うことに誰も反対しなかった。後片付けが終わると、沙羅はすぐさまベッドに潜り込み、一分も経たないうちに寝息を立てはじめた。


「まあ。この子ったら、あまり寝つきが良くないのに珍しいわね」


 美香はまだ眠たくなかったが、特にすることもないので早寝を決め込むことにした。明日は冬休みの最終日、宿題も終わらせてあるので枕を高くして寝ることができるはずであった。


 しかし、美香は真夜中に目が覚めた。


「なっ、何なのこれ……」


 体が燃えるように熱く、下腹部がうずく。


 その感覚の正体は、旅行で淫靡な夢を見たとき、沙羅と里美の情事を見たときに覚えたものに似ていた。それを何百倍も増幅したかのようなものが美香の体を蝕んでいる。


「まさか、今になって香水が効きはじめた……!?」


 沙羅の寝ているベッドを見やると、沙羅はまだスースーと寝息を立てていた。沙羅も香水を嗅いだのだから、同じ症状になっていてもおかしくはないのに。


 うずきを抑えなければ。たまらず、美香はトイレに行こうとした。お嬢様育ちといえ、こういうときにどう処理すればいいのかという知識は、一応持ち合わせていた。


 ドアノブに手をかけたら、いきなりドアが勝手に開いた。


「ひっ!?」


 黒い人影が立っていたが、常夜灯のかすかな光を受けてうっすらと浮かび上がった姿が玲奈だと知った途端、安心した。


「どっ、どうしたのかしらこんな時間に」

「ふふふふふ、その様子だといい感じに出来上がってるわね」

「は?」


 何を言っているのかわからなかったが、玲奈の首から下の姿を見た美香は仰天した。


 露出度の高い、際どい下着しか身に着けていなかったのだ。

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