桃源郷書店
桃源郷書店の女性大歓迎、という宣伝文句は偽りではない。入り口近辺は漫画コーナーになっていて、少女漫画、百合漫画、BL漫画と、その他女性向けの漫画が多く取り揃えられている。どの漫画も成人向けではなく、このコーナーだけはアダルトショップの面影は見当たらない。
その奥にの通路には18禁マークが描かれたのれんがかけられている。この先こそが桃源郷書店のメインエリア、18歳未満の美香たちが立ち入ってはいけない場所なのである。それでも沙羅は躊躇せずに踏み入り、美香も意を決して後に続いて入り込んだ。
二人を歓迎したのは、アダルトビデオが流されているモニターであった。その中で女優二人が恍惚の表情を浮かべて、嬌声をあげながらくんずほぐれつしていた。美香は後頭部を何度もカナヅチで殴られたような衝撃を受けた。
「こっ、こっ、こっ、こっ……」
「お姉さま、ニワトリのモノマネですか?」
「違うわよ!」
「それにしても、すごい絡みだ」
沙羅は食い入るように見ている。
「さ、沙羅ったらよく平気で見られるわね……」
「一応、経験してますからね」
その一言が、美香の劣等感をチクリと刺激した。
周りはアダルトビデオだらけである。美香はDVDのパッケージを正視できず視線を床に落とすが、沙羅は堂々と、片っ端から手に取ってみた。
「ふうん、これも女性向けばかりですね。女性AV監督が作ったレズビデオとか、イケメン男優との絡みがあるものとか」
「もう、わざわざ声に出さないで!」
沙羅がクスッと笑う。何だかバカにされているようで、「お姉さまったらおこちゃまですねえ」という幻聴が聞こえてきた。
「ほ、ほら、西先輩らしき人を探すわよ」
美香は早足で、さらに奥へと向かう。
「うひぃ!?」
視界に飛び込んできたものに、美香は悲鳴を上げる。
そこはいわゆる「大人のおもちゃ」のコーナーである。男性向けのも一応あるにはあるが、やはりバ◯ブとかロ◯ターといった女性を満足させるものが数多く陳列されている。
「こっ、こっ、こっ、こっ……」
「お姉さま、またニワトリになってますよ」
「も、ももももう限界ですわ!」
美香は忌まわしい道具から背を向けて立ち去ろうとした。早く立ち去りたかったからか前方にしか注意が向いておらず、脇の通路から出てきた客とぶつかってしまった。
「ああっ、申し訳ございません!」
「み、御神本さん!?」
客が大声を上げた。美香たちより先に入店した客の一人であり、その正体はやはり先輩の西恵玲奈であった。自分の苗字を知っていることが決定的な証拠となった。
「西先輩……」
「あれー? その子、恵玲奈の後輩?」
恵玲奈と一緒にいた集団の一人が声をかける。
「ふーん。見た感じまだ18歳じゃないよね。ここは18歳未満立入禁止だよ?」
「すみません」
美香と沙羅はただ頭を下げるしかなかった。
「なんてね。私なんか中学校の頃から出入りしてたから気にしないで」
サングラスとマスクで表情は読み取れないが、恐らくは笑っているようである。
「西先輩、この方は?」
「大学のジャーナリズム研究会の先輩よ。ちょっと取材で……」
とは言うものの、恵玲奈は買い物カゴを手にしていて、その中は大人のおもちゃやDVDで溢れている。
「取材ですか。わざわざ冬休み、しかも三が日に……」
「それ以上聞かないで。あと、このことは誰にも言いふらさないで。絶対にね!」
「は、はい」
必死に訴える恵玲奈に、美香は気圧された。同時に、恵玲奈には恋人がいたことを思い出した。確かにいかがわしい買い物が恋人にバレたらまずいことになるかもしれない。だが言いふらしたところで、自分が18歳未満なのにそういう店に行ったことがバレるので、絶対に言わないと決めているが。
「ここで会ったのも何かの縁よね。何か買ってあげようか?」
大学の先輩が聞いてくる。
「お、お気持ちだけ受け取っておきますわ」
「いやいや、大人のお姉さんの言うことは聞くものよ? 何が欲しい?」
先輩や、その周りからも「買え」という無言の圧が加えられてくる。
「沙羅、どうする……?」
「言葉に甘えておきましょう。ただし、目立たずかさばらないのがいいですね。周りの目がありますから」
「わかった。じゃあ、これならどう?」
先輩はすぐ側の棚にある商品を手にとった。
「すっごくエッチな気分になれる香水。見た目は全くフツーの香水だけど、中に媚薬成分が入ってるの」
「媚薬」
「そう。これ、めっちゃ効くんだよ?」
先輩が香水を美香の目の前にちらつかせる。だんだんと禁断の果実のように見えてきた。だが今は断るという選択肢を選ぶことができない。
「で、では、それでお願いします」
「はーい。じゃあ二人分買ってあげるね」
香水が二つ、無造作に恵玲奈の買い物かごに入れられた。ちなみに商品名は「TOBU」である。それが何を意味しているのか、美香にはわからなかった。
買い物金額の合計はセールの恩恵を受けても、裕福な美香ですら驚くほどの高さであった。香水一つの値段もバカにならなかったのだが、先輩は気前よくカードで支払ってくれた。それから店を出たが、先輩は他に寄るところがあるからと言って店の前でお別れとなった。別れ際に恵玲奈が何度も、学校で言い触らさないで、と念押ししてきたのにはつい笑ってしまったが。
「あの噂は本当かもしれないな……」
「噂?」
「星花女子大学のジャーナリズム研究会、実はいろいろと良くない噂があるんですよ。その、いわゆる『ヤリサー』とか言われていて」
「やりさー?」
はじめて聞く単語だが、沙羅は補足を入れてきた。
「要するに乱交目的で作られたサークルです」
「らっ、らん……」
さすがにこの単語の意味は知っており、絶句するしかなかった。
「西先輩には恋人がいるのに。ということは……」
「つまり、そういうことでしょう。これは口封じの意味もあると思いますよ」
沙羅は香水が入った紙袋を掲げた。
「社会勉強のつもりが、知らなくていいことを知ってしまったわね……」
「そうですね」
風が吹き出してきたから、急に寒さを感じだした。
「帰りますか?」
「ええ、帰るわ」
二人はほぼ無言のまま、帰路についたのであった。
登場作品:『君の瞳のその奥に』(楠富つかさ様作)
https://syosetu.org/novel/137065/
なお恵玲奈嬢については、同じく楠富つかさ様作『君と咲かせる百合の大輪』も合わせて御覧いただけるとより一層人物像が理解できるかと思います(ただし18禁なのでリンクは貼りません)




