北条さんのお屋敷にて
S県西部に位置する竹浜市。県庁所在地ではないが県内で最大の規模を誇る都市であり、中京圏に近いこともあって各種産業が栄えている。また西端には雄大な汽水湖が存在しており、その景色を目当てにやって来る観光客の往来も盛んである。
その汽水湖のほとりに、北条家の邸宅はある。一級建築士でもある玲奈の父親が自ら設計した洋風造りの豪邸で、地元住民からは「北条さんのお屋敷」という名で親しまれている。
その二階端の部屋、ベランダで一人の女子が手すりにもたれながら汽水湖を眺めている。だが真冬にも関わらず、彼女はブラウス一枚しか羽織っていない。こんな大胆な格好ができるのも、今は家に一人しかいないからである。スーパーゼネコン、北条組社長である父親は専務の母親とともに得意先に挨拶回りに出かけており、都内の大学に通っている姉が帰省するのは明日で、中学二年生の弟は友達と遊びに出かけている最中であった。
ほとんど裸に近い格好にも関わらず、玲奈は寒さを感じていない。むしろ火照った体を鎮めるにはまだ冷たさが足りないとさえ思っていた。
あれだけ欲望を処理したにも関わらず、まだ美香の姿が頭の中にちらついて離れなかった。顔の良さに加えてグラマラスな肉体を持つ彼女は否応無しに情欲を引き起こさせ、先程はつい我慢できなくなって電話をかけ、彼女の声を聞きながら妄想をかき立たせたが、それでも不十分であった。
玲奈はお嬢様育ちとはいえ、性に関する知識と興味は人一倍強い。中学時代に女子と熱いファーストキスを交わしてからその傾向は強くなり、星花女子学園に入学してからは女の子どうしの性体験について見聞きする機会が増え、悶々とした気持ちが積み重なっていった。美香から沙羅について相談を受け、偽装交際を申し出たのはその折であった。
最初はただ単に、沙羅に恋人を作ってあげるための作戦でしかなかった。ところが美香のファーストキスを奪ったあたりから、彼女に対する感情が少しずつ変化していくのを感じていた。キスの先を楽しんでみたい、という欲求が芽生え始めたのだ。
そして、沙羅と里美をくっつけようと意図して企画した旅行のときのことである。その目的が達成された瞬間を、玲奈は目の当たりにしていた。二人が忍び足で部屋を抜け出したのが見えたので、玲奈はこっそりと後をついて行った。外へ真夜中デートに繰り出すのかと思っていたら共同トイレに入っていき、そこで愛を交わしあった。
このとき、玲奈は二人の姿を自分と美香に重ね合わせた。その瞬間、心の底でくすぶっていた情欲の火種に油が注がれた。どうしようもなくなってその場で感情を鎮火させてから、美香を呼びにいった。
あのとき以来、美香を見る目はすっかり変わってしまった。同室の里美が初体験を先に済ませたことへの焦りもあり、ますます欲求が募っていった。そしてとうとう理性の閾値を超え、彼女が帰省する前夜、本懐を遂げようと行動に移した。だがすんでのところで拒絶されて未遂に終わってしまったた。微妙に気まずい雰囲気のままで帰省してしまったが、メッセージを送ったところ今まで通り接してくれたのでひとまずは安堵していた。
美香をどうしても自分の物にしたい。たとえ本物の恋人どうしでなくても、心は繋がれなくてもいい。里美と同じステージにたどり着きたい。その思いは玲奈の体にまとわりついて離れなかった。
寒風が吹き付ける。それでも火照りが鎮まる気配はない。部屋の中に戻ると、ブラウスを脱ぎ捨ててベッドに倒れ込んだ。傍らにあった大きく、柔らかい枕を抱き寄せると、それを美香に見立てて、囁いた。
「私、おかしくなっちゃった。全部ミカミカのせいよ。うふ、うふふ、うふふふふふふふ」
玲奈は枕を弄びはじめた。誰もいない家の中だから、声を我慢する必要は全くない。