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第九話 手紙と言えないこと

連続投稿1/2。

次のお話も続けて投稿します。


 


 そうしてそれから、ひと月、ふた月と時は過ぎ。


 穏やかな春の季節は終わり、眩しい光に満ち溢れる夏の気配が、すぐそこにまで訪れていた。


「フィーリアさん、火煌石と盾蜥蜴(シールドリザード)の鱗を一つずつお願い。……あ、あと、紅星草も三束!」

「分かりました」


 カミルさんの指示を受けて、素材の棚へと走る。


 今日も今日とて、カミルさんのアトリエは大盛況。

 机の上には、たくさんの依頼書が積み上がっている。


(あ。紅星草があと少しだな……発注しなくちゃ)


 あとは何を頼むんだっけ、と頭の中のメモを思い返しつつ、カミルさんに素材を渡す。


「ありがとう。……。……うん、やっぱり、この素材がいいよな……これを足せば、効果の持続性が……」


 そうして、ぶつぶつと何か呟き始めたカミルさんを横目に、自分の机へと戻っていく。

 こういうのも、もはやいつもの光景になった。


(……しかし、依頼の数、やっと落ち着いてくれたなぁ)


 机に戻る途中、ちらりと依頼書の山に目を向ける。


 最初の頃こそ、常に机からはみ出しかけていたその山も──今は、きっちり机の上に収まっていた。

 見上げるほどだった高さも、下がっている。


 それを見ながら、思う。


(あの頃は、本当に大変だったからなぁ……。……本音を言えば、もう少し勢いが落ち着いてくれると、嬉しいんだけど)


 アトリエが本格始動し始めた頃は、もう仕事が忙しすぎて疲れ果て、せっかくの休日でさえ、自室にこもっていたほどだった。

 まあ、部屋にこもっていたのは、早く仕事を覚えようと勉強していたのもあるんだけど……でも、外出する気も起きないくらいに、あの頃はとんでもない忙しさだった。


 でも、ここ最近は、依頼全てを、届いたその日に終わらせられるようになってきているのだ。


 だから、最初の頃のように、依頼が終わっていないところに、怒涛の如く追加の依頼書が届き、また次の日も──という、悪夢のようなループにも、陥らなくて済むようになった。



 以前、カミルさんも言っていたけれど、最初の頃はきっと、滅多にお目にかかれない色紡師(いろつむぎし)への好奇心から、皆、本当に必要なもの以上の依頼を出していたのだろう。


 その証拠に、あの頃は、同じ人から複数の依頼が来ていたり、ちょっとした日用品の依頼があったりもした。

 だが、最近は、そういうことは少なくなっていて、大抵は一人一つの依頼、それも、色紡師にしか作れないようなアイテムの依頼が主となっている。


 今カミルさんが作っているのも、そういう依頼の品で、火山へ行くという冒険者のために、熱と火耐性の防御アイテムを作っているのだ。


 輝術より格上の存在である紡歌で作ったアイテムは、輝術道具よりも効果が高い。

 だから、危険な場所へ赴くことの多い職業の人たちからは、特に人気なのだそうだ。

 まあ、効果が高い分、値段もそれなりにするけれど、命には変えられないからね。


(まあ、今はまず、仕事を進めなくちゃ。さて、書類を書こう──)


 そうして、私が自分の机に戻ろうとした、その時。


 ──リリーン、リリーン。


 部屋の中に、突然、ベルのような音が鳴った。


(あれ?)


 これは──来客を報せる音だ。


 ちなみに、これも紡歌(つむぎうた)のアイテムで、扉がノックされるのと同時に音を発し、どんなに離れた部屋にいても来客が分かる、という優れ物である。

 まあ、それはともかくとして。


 一体なんだろう? こんな時間に、お客さんだなんて。


 すると、紡歌を歌い始めていたカミルさんも、一度それを止めて、振り向いた。


「こんな時間に、なんだろう?」


 同じ疑問を口にして首を傾げるカミルさんに、私も首を傾げる。


「なんでしょうね? まあ、とりあえず行ってきます」

「うん、ありがとう」



 そうして、再び響き始めたカミルさんの歌声を後ろに聞きながら、アトリエを出た。


 依頼書が届く時間でもないし、他の郵便が届く時間でもない。

 本当に誰だろう? と首を傾げつつ、玄関へ向かう。


 そうして、扉を開けてみると──

 目に飛び込んできたのは、私のよく知った顔。


「え。ティナ?」


 そう。若草色の髪を持つ、友人のティナだった。


 驚く私に対し、ティナは私を見るなり、パァっと顔を輝かせる。


「フィー! ひっさしぶり〜! ここで働いてるっていうの、本当だったんだね」

「ああ、うん。ごめんね。なかなか会えなくて」


 転職したことと、引っ越したという手紙は出したけれど、それから忙しくて、実際には会えていなかった。

 だから、会うのも喋るのも、本当に久しぶりだ。


「いやいや、フィーが謝ることじゃないよ〜。それに──……っと! いけないいけない、仕事忘れるところだった」


 そう言ったティナは、浮かべていた笑みを苦笑に変えて、下げていた郵便鞄から、一通の手紙を取り出した。


「これ、カミル・リンデンさんにお手紙です。今日こっちに届いたんだけど、なるべく早く届けて欲しいってことだったから、持ってきたんだ。フィー、渡しておいてくれる?」

「そうなのね。分かった、ありがとう」


 なるほど。だから、いつもと違う時間に届いたのか。

 普段は他の地域を担当しているティナがここに来たのも、そういう理由があったから、なのだろう。


 そうして、綺麗な模様の入ったその封筒を受け取ると、ティナは、鞄の蓋を閉めながら、にやりと笑った。


「へへへ。そ〜れ〜で〜……カミルさんとフィーって、付き合ってるの?」

「うぇっ!? ……い、いやいや、そんな、何も無いわよ!」


 突然の質問に驚いて、変な声を出してしまった。

 けれど、その動揺も、ティナは違う方向に受け取ってしまったらしく、意味深な笑みを深めるばかり。


「えぇ〜? でも、何も無いってことも無さそうだけど? 顔、赤くなってるし〜!」

「だーかーらー、本当に、何も無いってば! ……全く、もう。ティナも、まだ仕事あるんでしょ?」


(いきなり何を言い出すのかと思ったら)


 「いいから、早く行ってらっしゃい!」とティナの背中を押す。

 だけど、ティナはなかなか進んでくれなかった。

 ぐいぐいぐいぐい力を込めて押しても、一向に去ってくれない。


(いや、なんでよ!?)


 仕事あるでしょうに!


 けれどティナは、そんな私にくすりと笑って、それからくるりと振り向いて、尋ねかけてきた。


「ねね、フィー、今度の週末空いてる?」

「え? 空いてるけど……」


 どうして今、そんなことを?

 疑問に思っていると、ティナが、にっと笑う。


「じゃあ、週末、久しぶりに遊びに行こうよ! エマとか、他の子も誘ってさ!」

「えっと、うん。それはいいけど……」


 だけど、なんでまた急に? しかも、なぜこんなところで誘う?

 まあ、久しぶりに友だちと会って遊べるのは嬉しいけれども……なんだろう、ティナのこの意味深な笑みは……?


 これはもしかすると、断った方がいいのか?

 と、悩んでいるうちに、私の目の前で、ティナがふわりと宙に浮かんだ。


「じゃ、決まりね! 時間とかは、また連絡するからー!」

「えっ、あっ……」


 そのまま、満面の笑みを浮かべて、ひゅうっと風のように飛んでいってしまったティナ。

 遠ざかる後ろ姿を見ながら、私は首を傾げる。


「……なんだったんだろう」


 と、呟いたところで、我に返った。


「いけない、私も仕事!」


 カミルさん宛の手紙も、早く渡さなければならないのに。

 ティナに言っておきながら、自分も忘れていたなんて。なんてこった。



 そうして、慌ててアトリエに戻ると、カミルさんは、お茶を片手にくつろいでいた。

 どうやら、ちょうど休憩時間になったようだ。


 そのことに内心ほっとしていると、カミルさんがくるりと振り向く。


「あ、フィーリアさん。なんだった?」


 その声に近寄っていくと、先に「これ、フィーリアさんの分ね」とお茶を渡されたので、ありがたく受け取りながら、私も手紙を渡す。


「カミルさん宛のお手紙でした」

「僕宛? 誰からだろう」


 そう言いながら、封筒を裏返したカミルさんは、ああ、と笑みを浮かべた。


「家からだ。多分、あのことだろうな……さて、どうなったか」


 と、ひとりごとを言いながら手紙を読み始めるカミルさん。

 近くに椅子があったので、私もそこに座り、お茶を飲み始める。



 そうして、手紙を読むカミルさんの横顔を見ながら──ふと、思った。


(そういえば、カミルさんって……ここに来る前は、どこにいたんだろう)


 私は世情に疎いから、この街以外のことはあまり知らないけれど、色紡師の人たちは、ほとんどが王都にいるらしいから……カミルさんも、王都にいたんだろうか?


(確か、色紡師のほとんどは、王宮勤めなんだよね)


 もしかして、カミルさんも王宮に勤めてたんだったりして。

 と、王宮で働くカミルさんを想像しようとしてみたけれど──……上手く想像出来なくて、すぐに断念した。


 というか、想像しようにも、出来なかった。

 私は、“今ここにいるカミルさん”以外の姿を、知らないから。


(……。そう思うと、私……カミルさんのこと、ほとんど知らないんだなぁ)


 お茶を啜りながら、考えてみる。


 カミルさんについて、私が知っているのは……名前と、職業と、だいたいの性格。……あ、あと年齢。そのくらいだろうか?


 改めて数えてみると、本当に知っていることが少なくて。

 なぜか、少し寂しいような──そんな気持ちになった。


 カミルさんが、今まで、どこで何をしてきたのか。

 なぜ、王都から離れた──言ってしまえば「地方」である、この街にやって来たのか。

 そして、どうして、私を助手にしたのか。


 私は、何も知らない。

 カミルさんは、自分のことをあまり話さないから。


 だけど、それは──私にも、言えることで。


(……私は……何も、話せないからなぁ……)


 もちろん、話せることもあるけれど、話せないことの方が、圧倒的に多いから。

 だから、そんな私が、カミルさんのことを知りたいと思うだなんて、おこがましいことなのだ。



 そうして、しばらくの間思案にふけっていると、手紙を読み終えたらしいカミルさんが、私の方を見て、くすりと笑った。


「手紙、気になる?」

「えっ? あ、いえ。……すみません、じっと見てしまって」


 カミルさんの方を見ながら考え事をしていたせいで、勘違いされてしまったようだ。

 けれど、カミルさんは「別に謝らなくていいよ」と笑って、話し始めた。


「僕の実家は、王都でちょっとした商会をやっていてね。だから、ここら辺では流通していない素材を送ってくれるよう頼んでいたんだ。素材が届くのはもう少し後みたいだけど、とりあえず、『確保出来た』という手紙を送ってくれたみたい」

「そうだったんですね」


(……ということは、カミルさんは、やっぱり王都にいたんだな)


 と、思いもかけず得られた情報に、じわりと嬉しさを感じていると──次の瞬間、カミルさんの口から、驚きの言葉が飛び出してきた。


「うん。でも、一つだけ、入手出来なかった素材があるみたいだから……自分で採りに行かなくちゃいけないかな。まあ、待っててもいいんだけど……自分で倒すのが一番確実だしなぁ……」

「……()()()()()?」


 え、採りに行くって。

 しかも、倒すって……まさか……?


 驚きと疑問に目を丸くする私に、カミルさんはからりと笑った。


「あれ、言ってなかったっけ? 僕、色紡師でもあるけど、Aランク冒険者でもあるんだ」

「……え。は、はいぃっ!?」


 衝撃の事実に、先ほどまで考えていたことも、全て吹き飛んでしまった。


 まさかとは思ったけど……冒険者で、しかもAランクっ!?


 この国の冒険者は、上から順に、S、A、B、C、D、Eの六つの階級に分かれている。

 そして、Sランクというのは、冒険者の中でも類まれなる功績を挙げた人物に、ギルドではなく国から与えられる、特別なものなのだ。

 つまり、Aランクの称号を持つということは──実質的に冒険者の頂点である、ということで。


「全く、知りませんでした……」

「ごめんごめん、驚かせちゃったね」

「いえ……」


 いやしかし、貴重な色紡師で、しかもAランク冒険者って……もしや、私はとんでもない人の助手になってしまったのでは……?


 遠い目になってしまった私を見て、カミルさんは苦笑を浮かべたが、すぐにそれを微笑みに変えて、口を開いた。


「まあ、それはともかく。もう少し仕事が落ち着いてきたら、僕も素材採取に行こうと思うから……フィーリアさんも、その時に帰省してきたらどうかな? これまで、ずっと忙しかったしね。数日はアトリエを閉めると思うから、ゆっくりしてきていいよ」



 屈託のない笑みで、明るく言われた、その言葉。

 それは、至って普通の、自然な流れでの言葉。



 けれど、それを聞いた瞬間──私の身体は、時が止まったかのように、固まってしまった。



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