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第八話 けれどそれが羨ましくもあり

長めです。

 


 そうして、その後は、私も助手の仕事に戻って、依頼の納品書を書いたり、度々出されるカミルさんの指示に従って、素材や楽譜(レシピ)を取りに行ったり、使った素材の発注書を書いたりと、仕事に励んだ。

 まあ、元々の依頼が多すぎたため、最後の方はもう、疲れて、動くのも億劫なくらいへとへとになってしまったけれど……それでもなんとかやりきった私を、誰か褒めてほしい。

 と、そんなこんなで、カミルさんと二人、休む暇も無いほど慌ただしく働いて、あの山のような依頼の大半をなんとかこなし終えたところで、ようやく、今日の仕事は終わったのである。


「……つ、疲れたぁー……」


 疲れに疲れた私は、仕事が終わった後、そのまま机に突っ伏してしまっていた。


(ちょっと、依頼の量、凄すぎない……? あと、カミルさん、仕事早すぎるし速すぎる……)


 依頼の量も多かった。が、本気を出したカミルさんが仕事をこなすその速さも、本当にとてつもなかった。

 どうやら、紡歌というものは旋律(メロディ)さえ合っていれば、速度(テンポ)が違っても良いらしく、カミルさんは、もはや超絶技巧と言っていいほどのスピードで歌い続け、次々に依頼品を作っていったのだ。


 だから、途中からはもう、完成した依頼品の納品書を書く私の手が追いつかず、依頼品の山が私の隣に出来上がるほどで……いや、ほんとに、なんであんなに速いんだ……。


 まあ、だからこそ、私に紡歌を見せてくれる余裕があったんだなと、今では分かるのだけど。


 そんなことを考えながら、机の上でぐだっとしていると、仕事が終わってすぐにアトリエを出ていたカミルさんが、グラスを二つ持って帰ってきた。

 机に伏したまま、そちらの方に顔を向ける。


(……全然疲れてなさそうだなぁ)


 いや、全く疲れてない訳ではないのだろうけど……カミルさんの顔に、疲れの色はほとんど見えない。

 それどころか、爽やかな笑みを浮かべている。


 あんな激務の後でも、笑みを浮かべる余裕があるって……え、色紡師って、皆こうなの……?


 じいっとカミルさんを見ていると、それに気づいたカミルさんが、苦笑しつつ歩み寄ってきた。


「フィーリアさん、お疲れ様。大変だったね」


 労いの言葉と共に、持っていたグラスを一つ、私の横に置いてくれる。


「お茶、良かったらどうぞ」

「ありがとうございます……」


 ことりと置かれたのは、透き通った水色(すいしょく)のアイスティー。

 美しい夕焼け空のような紅茶の中に、カランと煌めく氷が、とても涼し気で綺麗だ。


 ただぼうっと眺めているだけでも、なんだか涼しくなってくる。


(……。……これにミルク入れたら、カミルさんの髪の色になるなぁ)


 カミルさんの髪色は、柔らかなミルクティーブラウンだ。

 彼の優しい性格をそのまま表したようなその色は、私も好きで──


(──って、何考えてるの、私!)


 そこで正気に戻った私は、斜め上の方向に走った思考を、必死に振り払った。

 本当に、何考えてるんだ。


(き、きっと、疲れてるからだ)


 だから、思考回路が正常ではなかったんだろう。うん。

 そうして私は、頭をしゃっきりさせようと、身体を起こしてアイスティーに口をつける。


「あぁー……美味しい……」


 こくりと一口飲むと、きりっと冷えた豊かな紅茶の風味が、疲れた身体に心地よく染み渡った。


「ふふ、それなら良かった」


 私の反応を見たカミルさんも、立ったまま、自分のグラスに口をつける。


「うん、美味しい」


 満足げな笑みを浮かべるカミルさん。

 それを見ながら、思う。


(こんなにお茶いれるの上手なら、料理も出来るはずなんだけど)


 そう。実はこのアイスティー、カミルさんがいれてくれたものなのだ。

 私が作り置きしていたとかそういう訳ではなく、本当に。


 カミルさんは、料理こそ出来ないが──なぜか、お茶をいれるのは、とても上手なのである。

 さらにいうと、お茶だけでなく、コーヒーをいれるのも上手い。

 普通にお店で出せるんじゃない? と思うくらいに上手い。


 それなのに、料理は出来ないって……なんでだろうね?


 以前にも同じ疑問を持った私は、カミルさんに料理を手伝ってもらったことがあるのだが──……結果は……まあ、もう二度と頼むまい、と固く決意するくらいには、悲惨だった。


 別に、カミルさんが不器用とかいう訳でもなく、むしろ手先は器用な方だと思うのだが……全くもって謎である。


 ちなみに、以前のカミルさんは、料理だとは思えないそれすらも、「食材を無駄にするのはもったいないから」と、残さず食べていたらしい。

 お腹が壊れても薬で治せるしね、と笑顔で話すカミルさんに戦慄したのは、余談である。



 そんなことを考えつつ、アイスティーを味わっていると、カミルさんがふと、何かを思い出したように机に向かい、丸い小瓶を持って帰ってきた。


「フィーリアさん。これ、良かったらどうぞ」


 そうして渡されたのは、小さな飴玉。

 カミルさんは、小瓶からもう一つ飴を取り出しながら言葉を続ける。


「これね、紡歌で作った飴なんだ。治癒効果があるから、少しは疲れもとれるよ」

「治癒効果の飴、ですか?」

「そう。薬草を何種類か使って作ってるんだ。でも、味は普通に甘いだけだから、安心して」

「へえ……。じゃあ……いただきます」


 薬草の飴と聞いて、少しどきどきしながら口に入れる。

 けれど、その心配は杞憂だった。カミルさんの言う通り、味も普通の飴と変わりない。


(甘くて美味しい。でも、治癒効果……?)


 そんな感じはしないけどな、と思いつつ、カリリと飴を噛み砕き、飲み込む。


 すると──

 ──その瞬間、いきなり、ふっと体が軽くなった。


「あっ。……え?」


 その急な効果に、驚きに声を出して、また驚いて、喉を抑えた。


 なんだか、声が変わっている。

 いや、正確に言えば、音が変わってしまったというよりも、声の質が良くなっているというか、声が出しやすくなっているというか……


 驚いている私に、カミルさんが、ふふっと笑う。


「効いたかな? これは、色紡師──というか、僕にとっての必需品でね。歌を歌い続けるために、喉を治癒する飴なんだ。その作用の一つに、軽い疲労回復効果もある。僕は、治癒属性をほとんど持っていないからね」

「喉を……。なるほど、そうだったんですね」


 確かに、回復も無しに一日中歌っていたら、声が枯れてしまうだろう。

 色紡師にとって、声が出ないというのは死活問題だ。だから、この飴が必要なんだな。


「うん。治癒属性が多ければ、そのまま輝術で回復出来るんだけど……。あいにく、僕は、軽い傷を治すくらいしか持っていなくて。毎回紡歌で回復するのは、輝力がもったいないしね」


 そう言って、カミルさんは苦笑を浮かべた。


(紡歌には、輝力がたくさん要るって言ってたもんなぁ)


 輝術と同じく、紡歌を歌うのにも、輝力を必要とする。

 しかも、輝術の格上の存在なだけあって、紡歌に必要とする輝力は、一般的な輝術よりも多いそうだ。


 けれど、紡歌であれば、持っているのがどの属性の輝力であっても、全ての紡歌を歌える。

 つまり、例え火属性の輝力しか持っていなくても、紡歌を使えば、火属性以外の効果──水を出したり、風をおこしたり、傷の治癒だって出来る、ということである。


「でも、これならまとめて作れるからね。いちいち輝力を消費しなくて済む」


 カミルさんが、手に持っていた飴の小瓶を揺らし、カラコロと軽やかな音を鳴らす。


 その中の飴をもう一度見てみる。

 けれど、やはり、見た目も普通の飴だ。

 あの小さな飴に、凄い効果が秘められているだなんて、誰が思うだろうか。


(……ん? ちょっと待てよ)


 でも、カミルさんがこれを食べてるところ、今まで見たことないような……?

 どういうことだろう、と私が尋ねようとすると、それより先にカミルさんが話し出した。


「……まあ、でも、今はこれがあるから、あんまり使わなくなったんだけどね」


 そうして、カミルさんは自分の喉元をとんとんと指で叩いた。

 そこには、真ん中に小さな石がついた、シンプルなチョーカーがある。


「そういえば、いつも着けてますよね、それ」

「うん。実は、このチョーカーも、紡歌で作った物でね。常に喉を治癒してくれてるんだ。この飴よりも効果が高いし、他の効果もついてるから……まあ、頑張れば、数日くらいはずっと歌っていられるんじゃないかな?」

「そんなに!?」


 目を見張る私に、カミルさんが、くすりと笑う。


「もの凄く頑張れば、の話だけどね。だから、実際にやろうと思っても、そう簡単にはいかない」

「でも、不可能ではないってことですよね」

「まあ、そうだね」


 ……紡歌というものは、どこまで凄いものなのだろうか。


(そして、その紡歌を歌えるカミルさんも、凄いんだよなぁ)


 紡歌は、この国でも、ほんの一握りの人しか歌えない。

 それは、この歌を歌うのがとても難しく、紡歌を歌う適性がある人が、とても少ないからだ。

 だから、限られた人しかなれない色紡師という職業は、その有用性も相まって、どこに行っても重用されるのである。


 ……と、そこまで考えて、思い出した。


「じゃあ、そのチョーカーにも、疲労回復効果があるんですか?」


 だから、カミルさんは疲れていなかったのだろうか。


「いや、これにはついてないよ。他の効果をつけたから、そこまでつけられなくて」

「そう、ですか……」


 にこにこと微笑むカミルさん。

 その笑顔を見て──私は、つい、遠い目をしてしまった。


(……カミルさんの体力が凄まじいのか、それとも、好きな仕事だから疲れないのか……どっちだろう)


 まあ、どちらにせよ、あの激務の後でも余裕の笑みを浮かべられていたのは、カミルさん自身の力だということだ。

 うん、本当に凄いね……。



 そうして、その後。

 飴のおかげでだいぶ疲れがとれた私は、ささっと晩ご飯を作り上げ──その間にまた本の世界に入り込んでしまっていたカミルさんをどうにか呼び戻して、一緒に食事を済ませた。


 そして、今は、食後のお茶──カミルさんがいれてくれたもの──を二人で飲んでいるところである。

 ……なんだか、食後のお茶まで一緒に飲むのが習慣になっているような気がするけど……気のせいだ。うん。


(そうそう、気のせいだ、気のせい。……あ。そういえば)


 そこで思い出したのは、今日ずっと考えていた疑問。

 ちょうどいい機会だと、聞いてみることにした。


「カミルさん、ちょっと質問してもいいですか」

「ん? うん、いいよ」


 いきなり尋ねかけられたカミルさんは、少しだけ驚いたようだったけど、快く承諾してくれたので、それでは、と話し出す。


「今日、カミルさんの紡歌を見させてもらって、改めて思ったんですけど……。紡歌の『絵』って、どういう役割を持っているんですか? なんで、紡歌を歌うと色々な『もの』が作れるんでしょう? というか、紡歌って、どういう歌なんでしょう……?」


 紡歌の仕組みはまだ完全には解明されていないと言っていたけれど。

 それでも、この紡歌というものが、凄く気になってしまって。


 すると、私の立て続けの質問に、カミルさんは目を瞬いて、そして、少し考えてから話し出した。


「……まず、紡歌にとっての『絵』の役割というのは、出来上がるものがどういうものなのかを示す、指標であり、縮図なんだ。あの『絵』の世界は、紡歌で出来上がるもののイメージが、全て落とし込まれて出来ている。まあ、簡単に言えば、輝術陣のようなものだね」


 「輝術陣」というのは、輝術道具に欠かせないもので、輝術の術式の構築を、特殊な陣形に落とし込んだものである。

 輝術道具は、その陣に輝力を流して蓄えさせ、様々な輝術の効果を再現するものなのだ。


「そうなんですか。でも、同じような依頼品を作る時も、『絵』はそれぞれ違っていますよね?」


 輝術陣であっても、本来の輝術の構築であっても、同じ技は、同じ陣形や術式でないと、絶対に発動させられない。そして、その陣形や術式は、属性によってそれぞれ決まった形がある。

 だが、カミルさんの紡歌は、例え同じようなものを作る時でも、その絵が全く違う時があるのだ。

 まあしかし、仕事が忙しく、合間にちらっと見ただけなので、絶対に合っているかと言われれば、自信は無いのだけど。


 けれど、カミルさんは、正解、という風に微笑んだ。


「うん。そこが、輝術と紡歌の違うところなんだ。輝術は、同じ技を出すには、全く同じように手順を真似なければいけないけれど、紡歌は違う。少しくらい過程が違っても、同じものを作り出せるんだ」

「過程が違っても、同じものを……?」


 そんなこと、ありえるのだろうか。

 首を傾げる私に、カミルさんが笑う。


「うん。フィーリアさんも知っていると思うけど、紡歌は『歌詞』と『旋律』で出来ているよね」


 こくりと頷くと、カミルさんはにこりと笑う。


「それで、あの『絵』は、歌詞と旋律、両方の影響を受けて描かれるんだけど……うーん、そうだね。例えば、『火』という言葉には、他にも、『炎』だったり『火炎』だったり、色々と違う言い方があるでしょう? それと同じで、同じ意味を持つ紡歌を使えば、それぞれ違う歌詞や旋律であっても、同じものが作れるんだ。だから、色紡師はそれぞれ、自分にとって歌いやすい紡歌で仕事をしてるんだよ」

「なるほど……。それじゃあ、あの『絵』も、色紡師でそれぞれ傾向が違ったりするんですか?」


 カミルさんの紡歌は、動植物や、自然の風景を描くものが多いけれど、今の話を聞く限り、それは、カミルさんが得意とする紡歌がそういう歌詞や旋律だから、なのだろう。


「うん。僕の友人で言うと、やたら極彩色の『絵』を好む人とか、抽象的な『絵』を得意とする人とか……本当に、色々な人がいるよ。歌詞も、人それぞれの個性が出て、聞いていて面白い」

「へぇ……。……私もいつか、見てみたいなぁ」


 私は、カミルさんの紡歌しか見たことがないから、他の紡歌というのも、見てみたいし、聞いてみたい。


 それは、一体、どんな色なのだろうか。

 どんな音がするんだろうか。

 どんな世界が、そこにあるのだろうか──


 考えるだけで、わくわくしてくる。


 すると、その好奇心が顔に出ていたのか、カミルさんがくすりと笑った。


「今度、違う紡歌も、歌ってみようか。得意じゃないというだけで、歌えるのは歌えるから」

「ぜひ、お願いします!」


 前のめりになってそう言った後、カミルさんの驚いた顔に、ふと我に返る。


(はっ。何してるんだ、私!)


 柄にもなく、はしゃいでしまった。


「す、すみません……」


 顔を赤くしつつ、しずしずと座り直す。

 けれど、カミルさんは嬉しそうに微笑んだ。


「ううん、大丈夫だよ。そんな風に言ってもらえるのは、凄く嬉しい。色紡師としても、僕個人としても、紡歌に興味を持ってくれるのは、とても嬉しいことだから」

「……それなら、良かったです」


 カミルさんのその言葉に、ほっと息を吐く。

 よかった。とりあえず、変な人とは思われていなさそうだ。


 気持ちを落ち着けようと、こくりとお茶を飲む。

 だけど──私の心の中では、()()疑問が浮かび上がってきて。


(……どうしてだろう)


 この、紡歌というものに、どうしようもなく惹かれてしまう自分がいるのは。

 そして、その感情のもっと奥、深い深い心の奥底で、ひと言では言い表せないような、複雑な気持ちが沸き起こるのは──



 そうして、私が考え込んでいる間に、お茶を飲み終えたらしいカミルさんは、ティーカップを置いて、また話し始めた。


「ええと、あとは……ああ。紡歌を歌うとなぜ『もの』が作れるのか、だったね。これは、紡歌がどういう歌なのか、という質問にも関係することだ」


 そこで言葉を区切ったカミルさんは、にっこりと笑みを浮かべた。

 まるで、とっておきの秘密を教えるみたいに。


「紡歌はね──今あるものを、別の何かに“紡ぎ変える”歌なんだ」

「別の何かに、紡ぎ変える歌……」


 カミルさんの言葉を反芻して、思い出す。

 そういえば、今日、紡歌を見せてもらった時にも、そんなことを言っていたような……。


「紡歌は、今あるものを、別の何かに紡ぎ変える歌だ」


 そう言うと、カミルさんはにこりと微笑み、指先に光を灯す。

 輝術で作り出されたそれは、カミルさんの手の動きに従って、ふわりと宙に浮かんだ。


 驚きながらそれを見ていると、カミルさんが、まるで物語を語るように話し始める。


「綿や繭は、紡がれて『糸』になり──その糸が織られて、『布』になる」


 カミルさんの言葉に合わせて、宙に浮かぶ光の幻影が、ふわりふわりと形を変えていく。

 綿のようだった光はするりと解け、光り輝く布を織りなしていった。


「そうして、その布を縫って『服』に仕立て上げるように──」


 カミルさんがパチンと指を鳴らす。

 すると、光の布は、たちまち、美しいドレスに姿を変えた。


「──元の素材が持つもの、そして、()()()()()()すらも引き出して、別の形に作り変えてしまう歌。今あるものから、新たなものを作り出す歌。それが──紡歌という、歌なんだ」

「……。……それが、紡歌……」


 煌めくドレスを見ながら、ぽつりと呟いた私に、カミルさんは、少し恥ずかしそうに頭をかいた。


「……ちょっと、大げさすぎたかな? 分かりやすくしようと思ったんだけど」

「あ、いえ! とても分かりやすくて、良かったです」

「そう? それならいいけど」


 私が慌てて言うと、カミルさんはほっとしたように表情を緩めた。


 カミルさんが、ついと横に視線を向けたので、つられて、私もまた、そちらを見る。

 そこには、カミルさんの輝術で生み出された、光のドレスがあった。


(小さな綿や繭が──)


 ──様々な過程を経て、美しいドレスに仕立て上げられるように。


「色々なものを、まるで糸を紡いでいくように……全く別のものに変えてしまう歌。だからこそ、『紡歌』と言うんですね」


 今あるものを──別の形に。

 そして、元となったものよりも、より良いものに。

 そうやって、様々なものを“紡ぎ変える”。

 新たなものを、作り出す。

 だからこその──紡歌。


「そう。フィーリアさんの言う通り。だから、この名前がついたんだ。そして……紡歌で何かを作る時に、『素材』が要るのは、作り出すものの『もと』が必要だから。今の話で言うと、繭や綿が無いと、服どころか、糸すら作れないでしょう? それと同じことなんだ」


 なるほど、と頷く私に、カミルさんはいたずらっぽい笑みを浮かべる。


「でもね。紡歌に使う素材というのは、実は、どんなものでも構わないんだ。薬を作るにしても──極端な話、薬草ではなく、ただの石ころを使っても、薬は作れる」

「えっ。……本当ですか?」


 本当に、そんなことが出来るの?

 目を瞬かせる私に、カミルさんはくすりと笑う。


「紡歌はそもそも、あらゆるものを、根本から作り変えてしまう歌だからね。薬を作るのに薬草を使っているのは、『それを使った方がやりやすい』というだけで、『それでなくてはならない』ということではない」

「本当に……凄い可能性を秘めた歌なんですね。紡歌って」


 ……なんだか、紡歌というものの可能性(スケール)が大きすぎて、もう「凄い」としか言いようがない。


 けれど、そんな私とは反対に、カミルさんはなぜか表情を曇らせた。


「まあ、でも、そういうことを出来る人は、今の色紡師にはいなくて……この話は、半分おとぎ話みたいになってしまっているんだけどね」


 その声色には、悔しさが滲んでいた。


「理論上は出来るはずなんだけど……どうにも、難しすぎて」

「そうなんですね」


 うん、とカミルさんが苦笑を浮かべる。


 だけど──


(……。それでも、カミルさんは……諦めていない)


 表情は曇っているけれど、その瞳はいつもと変わらず──いや、むしろ、いつも以上に輝いている。

 きっと、今出来なくても、いつか絶対にやってみせる、ということだろう。


 例え──それが、どんなに困難なことでも。


(……カミルさんらしいな)


 好きなことをどこまでも突きつめ、ただひたすらに、目標に向かって努力を重ねる。

 その熱意は、それこそ、寝食を忘れてしまうほどに、強く燃え続けている。



 でも、私には──その輝きが、そう出来るカミルさんが……少しだけ、羨ましかった。




一話ごとの文字数が増えていく謎現象発生中……どうすればいいんだ……(訳:読みづらくてすみません>_<;)

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[良い点] 全部です [気になる点] なし [一言] 雰囲気がまず好きです!紡ぎ歌の描写、本当に綺麗…… 主人公がいい人なのが伝わってきて、カミルさんとの出会いのシーンが暖かくて、とっても好きでした。…
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