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第六話 どうしてこうなった

 


「えっ、もうこんな時間!?」


 書き上げたメモを手に、多種多様な素材とにらめっこしている内に、いつの間にか、窓の外が黄昏色に染まってしまっている。


 そんなに時間が過ぎていたなんて、全く気づいていなかった。

 朝からここにいたのに……どれだけ集中していたんだ、私。


(お昼ご飯も忘れてたなんて)


 そう思った途端、急にお腹が空いてきた。

 さっきまで意識すらしていなかったが、気づいてしまったがために、空腹感がどんどんと大きくなっていく。


 朝ご飯は食べて来ていたけれど、さすがに、そこから何時間も飲まず食わずでは、お腹がぺこぺこになるのも当然だ。


 まあ、ひとまず何か食べよう、と思った私は──ふと、カミルさんの姿が見当たらないことに気がついた。


(さっきまでは、何か書き物してたはずなんだけど)


 まあ、「さっき」とは言っても、それは私が集中し出す前の話なので、時間的にはだいぶ前のことなのだが、窓際の机──カミルさんの仕事机である──にはいないし、そもそも、声も音も何も聞こえない。

 ということは、アトリエの外にいるのだろう。


(どこに行ったのかな)


 というか、アトリエを出る前に声をかけて欲しかったなぁ。


 そんなことを考えながら、振り向いた私は──


「ひゃっ!?」


 ──また、驚くはめになった。


 てっきりいないものと思っていたカミルさんが、近くにいたのである。


 素材の棚の方、つまり部屋の左側を向いていた私に対し、カミルさんがいたのは、部屋の右側、立ち並ぶ本棚の近く。

 カミルさんは、あの座り心地の良さそうなソファに座って分厚い本を読んでいて──そして、その周りには、本の山が出来上がっていた。


 それらに囲まれながら、今もなお、黙々と本を読み進めているカミルさん。

 どうやら、先程の私の声にも気づいていないようである。


 その様子に、もしや、と考える。


(カミルさんも、何も食べてない、ってことは──)


 試しにと、本の山の間をすり抜けて、カミルさんの目の前まで近づいてみる。

 しかし、いくら近づいても、カミルさんが私に気づく様子は、全く無かった。


 カミルさんの意識は、完全に、手元の本のみに向いている。

 集中しているからなのか、カミルさんは身動き一つせずに、ただただ、視線だけで文字を追っているのだ。


 同じ位置で少し待ってみるが、本当に全く動かない。

 ページをめくることすらしないのである。


 そんなカミルさんの様子に、一体何の本なんだろう、と気になった私は、少し場所をずらし、その手元を覗き見てみた。


(うわぁ……凄い文字数……)


 すると、そこには、ひと目で気が遠くなるほどのたくさんの文字が、細かく、びっっしりと書き連ねられていた。


 文字が細かすぎて、ここからでは、何が書いてあるのか分からないけど……。

 なるほど、文字数が多すぎるから、ページもめくらないんだな。


(──って、感心している場合じゃない!)


 ふむふむ、と頷いたところで、はっとした。


 そうだ。私は、こんなところで感心している場合ではないのだ。

 カミルさんがちゃんと食事をとったかどうか、聞かなくてはならないのだから。


 もちろん、私も早く何か食べたいが、同じく何も食べていない可能性がある人を、放っておく訳にはいかない。

 いくら、「私的な部分は分ける」と決めたとはいえ、だ。


「あの、カミルさん」

「…………」

「すみません、聞きたいことがあるんですが」

「……………………」

「カミルさん? ……カミル、さーんっ!」


 だが、しかし。

 私が何度呼んでも、目の前でぶんぶんぶんぶん手を振りまくっても、カミルさんは全く反応を示さなかった。


 無視されている訳ではなく、そもそも、こちらに気づいていないのである。

 そんなカミルさんを見て、私の中の推測が、確信に変わる。


(これは……絶対、食べてないな)


 多分、集中し出すと周りが見えなくなるタイプなんだろうな、カミルさん。


 まあ、私も私でそうなっていた訳だけど、私の場合は、いつものことでは無い。

 むしろ、こういうことは珍しいくらいだ。


(どうしよう)


 カミルさんが私に気づくまで──つまり、何か食べるように、と言えるまで、声をかけ続けるべきか。

 それとも、きっと、同じようにお腹が空いているだろうカミルさんのために、私が食事を作っておくべきか。


 しかし、この様子だと、しばらく声をかけ続けなければ、気づいてはくれなさそうだ。

 それでは、私のお腹が待ちきれなくなる。


(仕方ない。作ってから、また来よう)


 カミルさんをこのまま放っておいては、日付が変わっても、全く気づかずに読書を続けていそうである。


 まあ、一度ぐらい、私が作ってもいいだろう──そう結論づけた私は、すぐにアトリエを出て、一階のキッチンへ向かった。



 そうして、キッチンのすぐ横にある食料庫を覗き、何を作るか考える。


 別に、二階の、私の部屋のキッチンで作っても良かったのだけど、食料庫は一階にしか無いと聞いていたので、ひとまずここに来たのだ。


 ちなみに、そもそも、私が「私的な部分は分けたい」と言った時、カミルさんは、「どちらでも良いよ」というような感じだったし、その後にも、「共有出来る部分を勝手に使うのは構わない」と言われているのである。


 しかし、食事など、カミルさんと仕事以外でも一緒に過ごす時間が増えてしまうと、ただの「助手」である以上の感情が、私に芽生えてしまいそうで、だからその提案をしたのだけど……まあ、こういう時くらいは、仕方がないか。


(玉ねぎが沢山あるな……じゃあ、あれにしよう)


 そうして、献立を決めた私は、テキパキと動き始めた。


(カミルさんのために、多めに作っておこう)


 カミルさんは男の人だから、きっと私よりたくさん食べるだろう。

 そう考えて、大体、三〜四人分くらいの量を作っていく。


 もし残っても、自分で食べればいいしね。


(なんだか、久しぶりだな。誰かのために作るのって)


 トントントン、と、包丁を動かしつつ、そんなことを考える。


 一人暮らしを始めてからは、自分の分しか作っていなかったので、こんなにたくさん作るのも、本当に久しぶりだ。


 私は孤児院の出身だから、このヴェルデの街に移り住む前までは、たくさんの兄弟たちと暮らしていて、その頃は、毎日、多人数分の料理を作っていたのだ。

 もちろん、私一人で全て作る訳ではなく、孤児院の先生や同じ年頃の女の子たちと一緒に、ではあったけれど。


(皆、元気かなぁ)


 そうして、切り終わった玉ねぎを飴色になるまで炒め、粗熱が取れたところで、ひき肉や調味料と合わせ、こねこねと混ぜ合わせていく。

 手を動かしつつも、私は、懐かしい顔を思い浮かべ、その人たちに思いを馳せていた。


 先生や、弟妹たちは、元気に過ごしているだろうか。

 私と一緒に孤児院を出た友だちは、今、どこで、何をしているのだろう。


 私と同じ時に孤児院を出た人は、冒険者になるという子がほとんどだった。

 これは、孤児だと雇って貰いにくいから、とかいう訳ではなく、単に、冒険者になるのが一番手っ取り早いし、実入りが良いからである。


 そのため、皆点々と旅を続けていて、特定の場所に居続けている人が、あまりいない。

 だから、連絡の取りようも無く、あそこを出た皆が、今どこにいるのか、私には分からないのである。


 孤児院の院長先生とは、たまに手紙でやり取りしているから、弟妹たちのことは分かるけれど。


「このくらいかな」


 そうこうしている内にこね終わった肉だねを丸く成型して、フライパンに並べ、蒸し焼きにしていく。

 そうして、それが焼けるのを待っている間に、スープを作り、サラダを作り、ソースを作る。

 ソースは、今日のメインメニューである、ハンバーグにかけるためのものだ。



 そうして、まだかまだかとせっついてくるお腹をなんとかたしなめながら、料理を進めていき、私はようやく、全ての料理を完成させた。


「よし、出来た!」


 目の前のテーブルに並べられているのは、葉野菜の緑が鮮やかな、見た目にもみずみずしいサラダと、これでもかと春野菜を入れた、具沢山のスープ、そして、とろりとしたチーズソースがかかった、大きめのハンバーグだ。


 添えるパンも、少しアレンジして、ガーリックトーストにしてみた。

 例えカミルさんが一緒になろうが、気にしない。

 私は、匂い云々より、断然、味優先派なのである。


 うん、我ながら上出来だ。


(さて、と)


 出来上がった料理を前に、腕を組んで考える。


 どうしよう。二階に持って行こうか?


 いや、でも、それより早く食べたい。

 もう、一刻も早く食べたい。


 鼻をくすぐる、美味しそうな料理の香りに、既にお腹は悲鳴を上げつつある。

 ガーリックトーストにしたのが、余計悪かったかもしれない。

 ニンニクの、あの食欲をそそる香りが、私の胃を刺激し続けている。


(もう、ここでいいかな?)


 そして、カミルさんが来る前に、食べてしまおう。

 多分、声をかけに行っても、すぐには気づかないだろうしなぁ。



 そうして、私が席に座って、食べ始めると──程なくして、後ろから声がかかった。


「あれ、フィーリアさん?」


 振り向くと、そこには、不思議そうな顔をしたカミルさんが。

 テーブルの上の、明らかに私の分だけではないお皿の数に、首を傾げている。


(あー……。何というタイミング)


 さっきまで、私にも全く気づかずに読書してたでしょう……なんで、今気づくかなぁ。


 うーん……今からでも二階に持って行って食べるか?


 いや、でも、もう食べ始めちゃったしなぁ。

 それをわざわざ持っていくっていうのもなぁ……。


 仕方ない。今日だけ、今日だけだ。

 そう考えた私は、食べる手を止めた。


「すみません、カミルさんも何も食べていないかもしれないと思ったので、勝手に作ってしまいました。……なので、良かったら、どうぞ」


 そう言いながら、カミルさんの分として盛り付けておいた料理を手で指す。


「え、いいの?」


 驚くカミルさん。

 それはそうだろう。あの条件の言い出しっぺである私が、初日からそれを破ったのだから。


 しかし、今日ばかりは、仕方なかったのである。

 つまり、これは私の本意ではないのである。


 そんな思いと、少しの恥ずかしさで、私は目を逸らしながら、頷いた。


「はい。私の腕は至って平凡なので、お口に合わないかもしれませんが。あ、要らなかったら、自分で食べますので」


 羞恥心から、つい、つっけんどんな言い方になってしまった。

 なんとなく、顔が赤くなっているような気もする。


「要らないだなんて、とんでもない。すごく、嬉しい。ありがとう」


 しかし、カミルさんは、私のそんな言葉もものともせず、にこにこ笑顔で私の向かいの席に座り、食べ始めた。


 それを見た私も、目を落として、再び食べ始める。

 だが、カミルさんの反応が気になって、中々手が進まない。


(……どう、かな)


 味はどうだろうか。

 不味くはないだろうか。

 私にとっては美味しいけれど、好みは人それぞれだからなぁ。


 どきどきしながら、カミルさんの反応を待つ。


 だが──カミルさんは、カチャカチャと食器同士があたる音を響かせ続けながらも、全く、何も、一言も、言ってこなかった。


(……。……食べてるってことは、全く口に合わない訳じゃないんだろうけど……)


 でも、カミルさんが我慢して食べている、という可能性もある。


(……はぁ、仕方ない。こっそり見てみよう)


 そうして、カミルさんの反応を待ちきれなくなった私は、意を決して、そろりと顔を上げてみた。


 うるさく鳴り響く心臓を、どうにか抑え込みつつ、カミルさんに目を向ける。


 すると──


(えっ)


 そこには、予想外の光景が広がっていた。


 カミルさんが、とても嬉しそうな──いや、むしろ、感動しているような、そんな表情をしていたのである。


 幸せそうな顔で、ハンバーグをひと口ずつ小さく切り分け、しみじみと味わって食べているカミルさん。

 とても美味しそうに、そして大切そうに食べ進めているその姿に、私は、嬉しさよりも驚きの方が勝って、固まってしまった。


 切り分けるサイズも小さい上に、そのひと口を、何度も何度も咀嚼して、噛み締めて食べているのである。

 それも、とっても、嬉しそうに。


(…………なんだか、久しぶりにものを食べた人のような……)


 それは例えるならば、長らくサバイバル生活をしていた人が、帰ってきて初めて食べた料理に感動して泣きそうになっているような、そんな表情である。


 いや、カミルさんは、泣きそうにはなっていないのだけど、雰囲気が、なぜかとても似ているのだ。


 え、いや、ええ……? 

 そんなにお腹空いてたの?

 まさか、朝も何も食べていなかったとか?

 でも、それにしたって、ここまでの反応は、凄すぎやしないか……?



 びっくりした私は、つい、食べる手も止めて、ガン見してしまっていた。

 少しして、その視線に気がついたカミルさんが、恥ずかしそうに頬をかく。


「あ、ごめんね。すごく美味しくて……つい」

「い、いえ、喜んで貰えたなら、良かったです、けど……」


 でも、そんなに?


 そんな私の心の声が、聞こえたのだろう。

 カミルさんが、苦笑を零す。


「いやあ、実は最近、パンとハムくらいしか食べてなかったんだ。だから、ちゃんとした料理を口にするの、久しぶりで」

「それは……。どうして、そんなことに?」


 なぜ、そんなに極端な食生活になっていたんだろう。

 というか、いつからそんな生活を続けていたのだろうか。


 聞くのは少し怖かったが、勇気を出して聞いてみた。

 すると、カミルさんが苦笑を深める。


「僕、元々料理が苦手でね。だから、ここに来る前までは、ほとんど外食してたんだけど……。アトリエを移す事にしてから、しばらく、忙しかったのとか色々あって、作るのも食べに行くのも面倒になっちゃって。でもやっぱり、ちゃんと食べなきゃいけなかったかなぁ?」


 と言って、また嬉しそうに食べ始めたカミルさん。


 それを聞いた私は、というと──今のその話だけで、事の重大性を察してしまい、また、固まってしまっていた。


 そう。私は──


 気づいて、しまったのだ。


(やばい! これ、放っておいたらダメなやつだ!)


 ……と。


 いや、ちゃんと食べなきゃいけなかったかなぁ、って!

 食べなきゃいけないでしょう!

 なんで、疑問形なんだ!


 まあ、なんだか、食料庫にある食材の偏り具合が著しいな、とは思っていたけれども!

 パンとかハムとかチーズとか、そのまま食べられる食材の棚が、やたら多いなとも思ったけれど!


(もしかして、玉ねぎがいっぱいあったのは、買ってはみたものの、使わずに残ってたから……?)


 他にも、肉の塊やら、小麦粉やら、何かしら「調理」しないといけない物は、ほとんど手をつけられていなかったのだ。

 先程までは、買ったばかりなのだろう、としか、思っていなかったのだけど……。


(食料庫も、ほぼ丸ごと氷冷庫だったもんな……)


 氷冷庫とは、輝術を使った道具──輝術道具の一つで、その名の通り、食材を冷やしたり凍らせたりすることにより、長持ちさせる道具である。

 つまり、あの食材たちは、私が思っていたよりも前に購入された可能性がある。


(えええ……まさかのまさか……)


 しかも、だ。

 カミルさんは、集中し出すと周りが見えなくなる性質(たち)である。

 ということは、例え再び外食するようになっても、毎食きちんとは食べないかもしれない。


(一番ダメじゃん、それ……)


 にこにこ笑顔でハンバーグを食べているカミルさんを見ながら、私は、内心頭を抱えた。


 まだカミルさんに聞いた訳ではないから、ただの予測に過ぎないけれど……いや、でもこれはちょっと、様子を見ておく必要がありそうだ。




 そうして、その後、何日か様子を見た結果、やはり私の推測は正しかったということが分かり──悩んだ末に結局放っておけなかった私は、毎食カミルさんの分まで作ることになったのである。


 ……本当に、どうしてこうなった…………。



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