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第三話 『色』

ブックマークありがとうございます!

嬉しいです……!

 


「はい、元通りになりましたよ。これで許して頂けますね?」

「へっ、あ、はい」


 いきなりのことに驚いて思考が停止してしまったらしい店主は、難癖をつけることもなく、素直に頷いた。


 青年は、その言葉に、またにっこり微笑んで、花瓶を渡す。


「ついでに、壊れないようにしておきましたから。こんなに高い物を、うっかり道端に置いてしまっても、大丈夫なように」


 そう話す青年は、微笑んだまま。

 だけど、先程とは違い、目が全く笑っていない。


(こ、怖っ!)


 いっそ怒ってくれた方がマシだとすら思える、凍えるような冷たい視線に、店主は縮み上がってしまった。


 あの青年から距離がある私が見ても、怖いと思うくらいなのだ。

 それを間近で受けているあの店主は、相当怖いのだろう。


 さあっと顔を青ざめさせ、声もなく、ただこくこくと頷く店主の男。


 それを見て満足したらしい青年は、今度は柔らかな笑みを浮かべ、少年の前にしゃがみ込んだ。

 そして、目線を合わせ、優しく話しかける。


「君も、今度から気をつけるんだよ。ここは人通りが多いから、怪我でもしたら大変だ」


 その言葉に、私は、はっとした。


(そうだ、怪我!)


 そうして、少年の手を見る。


 しかし──少年の手に、怪我は無かった。

 血の跡すら、見当たらない。


(え?)


 一瞬驚いたけれど、すぐにその理由を察した。


(あ、そうか……。さっきのあれで治したんだ)


 色紡師の歌というのは、簡単に言えば、輝術の格上の存在だ。

 だから、輝術に出来ないことも出来るし、輝術に出来ることは、もちろん出来る。


(色紡師って、凄いな……)



「じゃあ、気をつけて帰るんだよ」

「うん! 兄ちゃん、ありがとう!」


 そうして、私がその凄さに驚いているうちに、少年は泣き顔を満面の笑みに変え、去っていった。


「いやぁ、凄かったねぇ。まさか色紡師様を見られるとは」


 後ろから聞こえたその声に、またもやはっとする。

 何だか、さっきのあの光景に見とれすぎて、頭がぼうっとしているようだ。


 そうだそうだ、私、買い物してたんだった。

 しかも、もう結構いい時間になっている。


 ここから家までは遠いから、帰り始めないと、家に着く頃には暗くなっているかもしれない。


 そう思って、さっき見ていたアクセサリーを買ってから帰ろうと、振り向こうとした──その時。



 色紡師の青年と、目が合った。


 驚きに見開かれた新緑の瞳が、私を見つめる。



(えっ? わ、私、何か付いてる?)


 いきなりのことに、わたわたと服を確認する。

 けれど、特に汚れてもいなければ、糸がほつれたりもしていなかった。

 何か、驚かれるようなことがあっただろうか。


 最初は、私の髪を見て驚かれたのだと、そう思った。

 だが、彼の瞳に差別的な色は見えないし、そもそも、その視線が向く先は、私の髪ではなかった。


 彼は、真っ直ぐに、「私」を見つめているのだ。


(なんなの?)


 私が戸惑って動けずにいると、彼はつかつかとこちらに歩み寄ってきた。


「何か、ご用……でしょうか」


 立ち止まった彼と、私の間にある距離は、おおよそ一メテル──以下。


 近い、近すぎる!


 しかも、彼は、至近距離で見るには辛いほど整った顔立ちをしていた。


 人は見た目ではないとはいえ、私も年頃だ。

 こんな美形に見つめられて、平静でいられる訳がない。


 しかし、彼は、待てども待てども、一向に言葉を発しなかった。


(お願いだから、誰か何か言って!)


 しかも、目の前の青年のみならず、後ろにいる小物屋のおじさんも、何も言ってくれない。

 なんだか、にやにやと暖かい目で見守られているような気がしないでもないが、私からおじさんの表情は見えないので、実際のところは分からない。



 誰も、何も言わない。

 私は、どうすれば良いか分からず動けない。

 そして青年は、ずっと私を見つめている。


 そんな、訳の分からない状況を打ち破ったのは、なんと目の前の青年だった。


「驚いた──こんなに綺麗な色が、あるだなんて」

「えっ?」


 はい? 色?

 色ってなんだ、色って。


 さらに困惑する私に、青年は少し照れたように笑った。


「あぁ、ごめん、驚かせて。君があまりにも綺麗な色をしていたから、つい見つめてしまった」

「あ、ありがとう、ございます……?」


 なんだこれは。

 もしかして、私は口説かれているのか?


 いやいや、そんなことは無いだろう。

 こんな平凡な私に惚れる人がいる訳がない。うん。


 ……と、思っていたら。


「僕はカミル。良かったら、君の名前を教えてくれない?」


 にこにこ、にこにこ。

 輝くような笑みを浮かべて、青年──カミルさんはそう言った。


 対する私は、というと。


(えっ、えっ? これ、まさかのまさか!?)


 え、どうしたらいいんだこれ。

 話に聞いたことはあるけど、実際にそんな状況になったことは無いから、どう答えればいいか、全くもって分からない!


 た、尋ねられたし、とりあえず名前を言えばいいのか?

 とは、思ったものの。

 何しろ生まれて初めての状況に、混乱して、緊張して、喉がからからになって声が出なかった。


 そうして私が何も答えられずにいると、後ろから声がかかる。


「おい、兄ちゃん。口説くならこんな人の多い所じゃなく、もっと静かな場所が良いと思うぜ? 注目されすぎて、お嬢ちゃん困ってるぞ」

「おっと、本当だ。すみません、ご助言ありがとうございます」

「いーや。こっちも良いもん見させて貰えたし、ちょっとした礼だよ。あっちの方に公園があるから、そこに行ったらどうだ?」

「向こうですね。分かりました。ありがとうございます」


 ……カミルさんとおじさんが、何か話し合っているようだ。

 だが、私の耳に、それは入ってこなかった。


 それよりも──確認しなければならないことがあると、気づいたからだ。


 実際に確認するのは非常に嫌だったが、そろり、と、周囲に視線を向けてみる。


 すると──


(わあぁぁぁ! 皆こっち見てるぅぅ!)


 やはりと言うべきか、皆、買い物客から店の人まで、揃いも揃って私たちを見ていた。


 ま、まあ、そうだよね!

 さっきまで皆の注目を一身に集めていた色紡師様がここにいるんだからね!


 恥ずかしさと、こんな私まで注目されているといういたたまれなさで、逃げ出したくなる。

 だが、カミルさんはそれを許さなかった。


「ちょっと、時間を貰ってもいいかな。向こうで話さない?」


 にっこり。

 破壊力抜群の笑みが、私に向けられる。


(う、至近距離で、そんな顔されたら──!)


 ──当然、私が断れる訳もなく。


「は、はい……」

「ありがとう。じゃあ、行こう」

「兄ちゃん、頑張ってなー。お嬢ちゃん、また来てくれよ!」


 おじさんのその声にただ頷いて、私はカミルさんについていった。



 そうして、カミルさんと二人、近くの公園に行き、ベンチに腰掛ける。


「じゃあ、改めまして。僕はカミル。さっき君も見てたと思うけど、色紡師なんだ。君の名前は?」

「ふぃ、フィーリア、です……」


 座っているのは四人がけのベンチなので、一応、カミルさんとの間に、スペースは、ある。


 しかし、あるにはある、けど……


 やっぱり、近い!  近すぎるっ!


 つまり何が言いたいかというと、普通に会話するだけでも緊張する!

 一体何がどうしてこうなった!?


(は、早く帰りたい……)


 そう思っていると、私の名前を聞いたカミルさんが、なぜかまた驚いたような顔になる。


「フィー、リア? 君の名前、フィーリアっていうの?」

「はい、そうですけど……。何か?」


 確かにちょっと珍しい名前だとは思うけれど、そんなに驚かれるようなことだろうか。


 私が首を傾げると、カミルさんは、はっとして、そして首を振った。


「ううん、なんでもないよ。ただ、素敵な名前だなと思って」

「はぁ……」


 それにしては反応が大きかったけど。

 と、そんなことを思っていると、カミルさんがにこにこと笑いだした。


 その笑みに、またもや、うっ、となるが、それでも、最初よりはダメージが減っている。


 よし、慣れてきた。慣れてきたぞ。

 このまま行けば、きっと普通に喋れるようになるはず……!


 そうして私が気合いを入れている間に、カミルさんが口を開いた。


「ふふ、君って、本当に良い子だね」

「……そんな事は、ないです」


 思いもよらなかった突然の言葉に驚いて、そして、つい、目を逸らしてしまう。

 今までの会話のどこでそう思われたのかは分からないが──私は決して、良い子では無い。


 もし、本当に私が「良い人」だったのなら、きっと、先程の少年を見て、すぐに助けに行ったことだろう。

 少なくとも、怪我をしている少年をそのまま放置することは無かったはずだ。


「いいや、君は良い人だよ。だって、こんなに綺麗な色を持っている人を、僕は見たことが無い」


 そう言って、カミルさんは私の手を取る。


「それに、さっきも、こんな風になるまで、何か出来ないか考えていたんでしょう?」

「あ……」


 そうして見た私の手のひらには、乾き始めた血が付いていた。

 さっき、爪が当たっていた所だ。


 何も出来なくて、それでも何かしてあげたくて、自分の弱さに嘆いていた時の傷。


 カミルさんは、その傷にそっと触れて、こう言った。


「『良い人』ってね、何がなんでも考え無しに助けに行く人のことじゃ無いんだよ。何も考えずに助けに行っては、何も救えないまま共倒れしてしまう。でも、君は()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それでもなお、助ける方法を必死に探した。そうでしょう?」


 私を真っ直ぐに見つめる、全てを見透かしたような翠の瞳に、心臓がどきりと跳ねる。


 だけど、それと同時に──「それでもいいんだよ」と、認めてもらえたような気がして。


 私は、溢れだそうとする涙を、必死に堪えた。


 そうして俯いた私の手を、カミルさんの手が包み込む。

 すると、その手の中から、暖かな金色の光が零れ出た。


「だから、そんなに悩まなくて大丈夫だよ」


 カミルさんの手が、離れていく。

 それに合わせて現れた私の手には、もう、傷は無かった。







※ 一メテル=一メートル

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