第二十話 同じ
ダイニングに行った私は、お茶をいれながら、カミルさんを待っていた。
すると、程なくして、着替えたカミルさんが部屋に入ってきた。
「あの、カミルさん。カモミールティーをいれたんですけど……」
「ああ、ありがとう。いただくよ」
笑顔で返してくれたので、内心ホッとしつつ、カップに注ぎ分けた。
一応、身体に負担がかからないようにと選んだお茶だけど……こればかりは、本人に聞いてみないと分からなかったから。
その後、お腹が空いていないかも尋ねてみたが、あまり空いていないとのことだったので、ひとまず先に話をすることになった。
そうしてソファのところで、角を挟むように、斜めに向かい合わせに座ったところで──カミルさんが先に口を開いた。
「さて。フィーリアさんが聞きたいことから話そうと思うんだけど……何から話そうか」
その問いかけに、私は少し考えてから、カミルさんを見る。
「まずは、カミルさんがどうしてあんな大怪我をしたのか……それが、知りたいです」
あなたをあんな目にあわせたのは、一体誰?
どうして、あんなことになったの?
すると、その答えが思いもよらないことだったのか──カミルさんはきょとんとした顔になって、それから小さく笑みを零した。
「……な、なんで笑うんですか!」
肩を震わせるカミルさんに抗議すると、彼はなおも笑う。
「いや、ごめんね。本当に君は、優しい人だなぁと思って……嬉しくて」
最後、ふわりと笑んだカミルさんに、どきりと心臓が鳴った。
しかし、今はそんな場合ではないと、自分を叱責する。
「……それで! カミルさんはどうしてあんな、酷い、怪我を……」
言っている間に、ボロボロになったカミルさんの姿が思い出されて、語気が弱まった。
また泣きそうになるのをこらえていると、カミルさんが、優しく頭を撫でる。
「ごめんね。もう大丈夫だから、泣かないで」
「…………泣いてませんっ」
慌てて目元を拭って、前を向いた。
微笑んだカミルさんは、ゆっくりと口を開く。
「そうだね、どこから話そうか……。この四日は、本当に順調な旅路だったんだ。いくつか冒険者として依頼をこなしながら、アルダに着いて、樹海に入って、目的の素材も無事採取出来た」
「採取、出来たんですか?」
そのモンスターにやられたのだとばかり思っていたので、びっくりして尋ね返してしまった。
「うん、採取は何ごともなく済んだよ。そもそも、討伐しづらいモンスターでもなかったし」
そこから聞いた話によると、当初の目的としていたモンスターの素材というのは、討伐が難しくて入手しづらい訳ではなく、擬態したり何だりと色々な手段で隠れてしまう上に逃げ足が速いため、発見するのが難しくて入手しづらい、というものだったらしい。
「まあそれも、紡歌の力の前では無力なんだけど」
「それは、確かに……」
そうだろうな、と思う。
色紡師であるカミルさんは、多種多様なアイテムを作れるから、擬態を見破ったりする物くらい、簡単に作れるだろう。
そう考えていると、カミルさんが声を落として呟いた。
「……でもそれは、事前に準備が出来ていた場合の話だ。瞬間的な判断が求められる場面では、紡歌はその能力を発揮できない……」
零された言葉に、どくんと心臓が鳴った。
その言葉の意味は──……考える私に、カミルさんがハッとしたように笑いかける。
「ごめん、話が逸れちゃったね。それで……四日目の夕方、一通り採取が終わった僕は、『帰還の鈴』を使おうとしたんだ」
使おうとした。
黙り込んだ私に、カミルさんが話を続ける。
「だけどそれを取り出そうとした瞬間、凄まじい気配を感じて……振り向いたら、直後にブラックワイバーンが降りてきた。それも二頭──番で」
その言葉に、息を呑んだ。
ブラックワイバーン──それは、漆黒の鱗に覆われた頑強な巨躯を持ち、夜のような翼で風をきって空を飛ぶ、残忍な捕食者。
このモンスターは、防御力もさることながら、攻撃力が非常に高く……また、その身体に見合わぬほど俊敏性も高いために、一度遭ってしまったら、逃げることすら適わないという。
その、Aランク冒険者ですら討伐が難しいというそれが、しかも二頭、さらに凶暴性が増すという、番で。
倒れたカミルさんの姿が思い出され、ゾッと背筋が粟立った。
あれだけ使われていたポーション。
それなのに治らなかった傷。
いや──もしかすると、あれは、治す度に負ったものだったのかもしれない。
(もし、そうなら…………)
一体、どれだけの苦痛が彼に降り注いだのか。言葉を失った私に、話は続く。
「それで……目が合った瞬間、どうやら二頭共に僕を獲物認定したらしくてね。その時点で、戦うしか選択肢が無くなってしまった」
「……っ、でもその時、『帰還の鈴』を使っていれば──!」
逃げられたのではないか。
そんな問いに、彼は首を振る。
「それは出来ない。『帰還の鈴』は、使用者だけでなく、ある程度周りも巻き込んで転移出来るようになっているんだ。だから不用意に使うと、ここにブラックワイバーンを連れてきてしまう可能性があった。あいつは速いから、巻き込まないという確証が持てなかった」
「……。それで……一人で、戦ったんですか」
その事実に、両手を固く握った。
帰る間際に遭遇してしまったということは、そこはアルダの樹海の奥地だったはず。
(つまり、救援は期待出来なかったということ……)
これは、カミルさんが帰ってこなかった間に調べて知ったことだが、あの樹海に入る冒険者は、ほとんど奥まで行かないのだそうだ。
それは、手前の方で十分依頼をこなせるのと、奥まで行き過ぎると、万が一の時に帰れなくなる恐れがあるから。
樹海という土地柄、あそこには背の高い木々がうっそうと生い茂り、さらには同じような景色が延々と続くらしく──緊急事態だと知らせるのも、それを見つけるのも助けに行くのも、難しいのだそうだ。
「……うん。それがどれだけ無謀なことか分かっていても、相手はこちらの事情なんてお構いなしだからね。逃げてもすぐに追いつかれるのは分かっていたし、戦わなかったらいずれにしろ死んでいた」
淡々と話すカミルさんに、胸がつまる思いがした。
その時、彼はどんな思いで、どれだけの覚悟で、立ち向かっていったのだろうか。
死がすぐそこにまで来た、極限状態で。
たった一人、知らぬ土地で、戦い続けなければならなかった彼は。
何も言えない私に──カミルさんが、ふ、と微笑む。
「でも、フィーリアさんがたくさんポーションを入れてくれたから、なんとか帰ってこられた。きっと、自分ではあんなに持って行かなかっただろうから……フィーリアさんのおかげだよ。ありがとう」
その笑顔に、また胸がつまった。
「……私は何も、していません。あなたが戦っている時……私は、何も出来なかったっ……!」
ただ心配するだけで、何一つ、出来なかった。涙を流す私の頬に、カミルさんが触れる。
「そんなことはないよ。……正直、何度ももうダメだと思ったけれど……その度に君の顔が浮かんで、絶対に帰るんだと、そう思えたから。だから、今僕はここにいるんだ」
ね? と笑うカミルさんに、また涙が流れる。
「それに、君は助けてくれたでしょう。辛い思いをしてまで、こんな僕を」
「……っ」
まただ。私の涙を拭う彼は、私よりも辛い思いをしたはずなのに、私に謝るのだ。
(……どうして……)
どうしてあなたが、申し訳なさそうな顔をするの?
あなたが怪我をしたのは、あなたのせいじゃないのに。
あなたは、何一つ悪いことなんてしていないのに──
そのことが、無性に悲しくなって、そんな顔をさせる自分が、悔しくて。
添えられた手を握った私は、力いっぱい叫んでいた。
「そんなこと言わないでください! 私は何よりもあなたを失いたくなかった! だから力を使った! でも……それなのに。それなのに、早く動かなかった自分が、嫌で、嫌で、恨めしくてたまらない……っ」
過去の言葉に囚われて、動かなかった私。
そんな私を動かしてくれたのは、他ならぬあなたなんだ。
「謝るのは、私の方なんです! 私はっ……あんな状態のあなたを、見捨ててしまうかもしれなかった……!」
あの時、もし動かなかったら。
術をかけるのが、遅くなっていたら。
そうしたら、あなたは──
「ごめんなさい。ごめんなさい……!」
「──フィーリアさん」
謝り続ける私を止めたのは、力強い声だった。
おそるおそる顔を上げると、カミルさんはいつも通り、優しく微笑んでいて。
「そんな風に言わないで。さっきも言ったけれど、君は勇気のある人だよ。僕を助けてくれた、優しい人だ」
それに、胸が締めつけられるようだった。
どこまでも優しいあなたは──どうして私に、そこまでしてくれるの?
(……。……もう一つ……聞かなきゃ)
流れ続ける涙を飲み込んで、口を開く。聞かないと、私は進めない。
「カミルさんは……どうして、そう言ってくれるんですか? どうして私の力を、受け入れてくれるんですか……?」
その問いに、彼はまた私の涙を拭いながら答える。
「そうだね、それも話さないとね……。……フィーリアさん。君にも“秘密”があったようにね、僕にも、“秘密”があるんだ」
「秘密……?」
ぱちりと目を瞬くと、彼は肯定するように笑う。
「そう、秘密。僕の秘密は──」
カミルさんは、自分の瞳を指差した。
「──この目。フィーリアさん、覚えてるかな。君に初めて出会った日、僕が言ったこと」
「……『綺麗な色』?」
呟くと、「正解」とカミルさんが笑う。
「それこそが、僕の“秘密”。僕の目にはね、人やものの持つ『色』が視えるんだ。──例えば、その『もの』がどんな風に出来ているか、素材はなんなのか。『人』なら、その人がどんな人なのか、今どんな気持ちなのか……そういったことが、色覚として視える。その色の持つ意味を読みといていくと、自然と色んなことが分かる」
告げられたことが、すぐには理解出来なかった。
けれど、ゆっくりと理解していき──驚愕に目をみはる。
(それって……)
にわかには信じられないようなことだ。
けれど、彼が嘘を言っているように見えない。
それに、そうと考えれば、色々なことに辻褄が合う。
「それじゃあ、カミルさんは……最初から、全部知っていたんですか?」
私が、強い輝力を持っていることも、それを隠していたことも。尋ねると、カミルさんは小さく頷いた。
「……うん、知ってたよ。とはいっても、詳しいところまでは分からないから、なんとなくそうなんじゃないか、というぐらいだったけど」
「……。……どこまで、知ってたんですか?」
私の問いかけに、彼は少し目を伏せる。
「……信じて貰えないかもしれないけど、『色』が視えると言っても、ものより人の方が視えづらいんだ。人は複雑だから、視えたとしても読みときづらいし、そもそも隠しているものは、ほんの少ししか視えない……」
こくりと頷くと、彼はためらいがちに言葉を続ける。
「その上で言うと、僕が知っていたのは、君が全ての属性で強い輝力を持っていること、そしてそれに関係することで何か深い悲しみを持っていること……この二つだけだ。それに、普段は全部視ないようにしてるから、あの日以降、君の『色』を視たことは無い」
全部、“視ないように”。
その言葉に、以前のことが思い起こされた。
(あの、全てを見通しているかのような目……)
あれ以来見ていないと思ったそれは、そういうことだったのか──
──その瞬間、なんだか色んなことが、すとんと腑に落ちて。
(ああ、そうか)
ふっ、と自然に笑みが零れていた。同時に、するりと言葉が飛び出す。
「ありがとう」
「……え?」
聞き取れなかったのか、きょとんとしている彼に、笑いかけた。
「ありがとうございます。今までの全て──そして、話してくれたこと」
笑って言う私に、カミルさんは驚きの目を向ける。
「今、全部分かりました。あなたはずっと……分かっていて、私を守っていてくれたんですね」
人々の噂からも、何からも。
そうして彼は、ずっとずっと、他の何者でもない「私」を見てくれていた。
遠征に行く前、彼が自分の過去を話してくれたのも……もしかすると、私のためだったのかもしれない。
それに、きっと彼も、自らが抱く“秘密”によって、私と同じような思いをしていたんだ。
似ているんじゃない。同じだから、分かってくれていた。
(今は、私のようには思っていないみたいだけど……)
それでも、その秘密を明かすのに、なんの苦しみも無かった訳ではないだろう。
──だから。
「ありがとうございます。私のために話してくれて。そして……私と、出会ってくれて」
めいっぱいの感謝を込めて笑う。
あの時出会ったのがあなたじゃなかったら……きっと、私はまだ、笑えていない。
誰にも認めてもらえず、受け入れてもらえずに、重荷を抱えたままだった。
それを、あなたが取り除いてくれた。
私が持つもの、全部ひっくるめて、「私」を受け入れてくれた。
今度はそっと、カミルさんの手を握る。心臓が高鳴って止まらないのは、夜という時間のせいか、それとも別の何かか。
──でも。
この気持ちは、本物だから。
(だから、言わせて)
こんな時に言うことじゃないかもしれない。でも、あなただから、伝えたい。
私のために、たくさんのことをしてくれたあなたに。
目を合わせる。丸くなった翠の瞳が、私を見ている。
その目をまっすぐに見て──呼ぶ。
「カミルさん」
握った手が熱いのは、私だけだろうか?
いや、これはきっと。
「あなたが好きです。この世界の誰よりも──何よりも、あなたが」
すると、彼の顔は、みるみる赤くなっていって。
ああやっぱり同じだったと、私は嬉しさに笑ったのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
ようやくくっつきました……!(長かった!)
そして、ここまででひとまずお話も一区切り、次回から一応、新章入ります。
とはいっても相変わらずの遅筆のため(すみません汗)、少し間が開くかもしれませんが、気長にお待ちいただけますと幸いです。




