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第十七話 不穏

 


 そうして一夜明け、三日目。

 昨日に引き続き大掃除をしていた私は、その後も色々と慌ただしく働き、なんとか昼過ぎには、全てを終わらせることが出来た。


 だいぶ無理をして急いだけれど、それでもやらなくてはならなかったのだ。


(明日の夕方には、カミルさんが帰ってくる)


 それまでに、どう伝えるのかを、考えておかなくてはならないから。



 自室に戻った私は、お茶をいれて椅子に座り、ふうと息を吐いた。

 胸に手を当ててみれば、不安に心臓が大きく脈打っている。


「もう、決めたんだから」


 それでも自分にそう言い聞かせて、私は考え始めた。


 ……どう伝えれば、良いのだろうか。

 この想いのこと、そして、私の秘密について。

 どうしたら信じてくれるだろうか──……いや、どうしたら、受け入れてくれるだろうか。


 もう一つ息をついて、手のひらを見る。

 目を閉じ、そこに意識を集中させて、再び目を開けた。


「……【光球(ライト)】」


 名を呟くのと同時、たちまち、淡く丸い光が手の上に現れた。


 これは、紡歌のアイテムでも、ましてや輝術道具によって生み出されたものでもない。

 間違いなく、私の輝力で生み出したものだ。


 ──そう。これこそが、私の唯一にして最大の秘密。ずっと抱えてきた、辛い秘密。


 なぜなら、私は。


白髪(いろなし)なのに、『色無し』じゃない……」


 この国の常識ではありえない存在。

 いるはずのない存在。

 だからこそ、異質な存在(モノ)──


「……どう伝えたら、いいんだろう」


 このことを、どう説明すれば良いのだろうか。自分でも、なぜ自分がこうなのか、分からないのに……


 深く息を吐いた私は、今度は両手のひらを上に向けた。

 そして、同じ術を発動させる。しかし、今度は先程とは違う。


「一つ」


 二つ、三つ、四つ五つ六つ──


 数を数えるごとに、その光が増えていく。溢れていく。

 そうしてそれは、いつしか私の手から零れ落ち──この部屋の、床全体に満ちるまでになった。


「……眩しいな」


 明るさは出来るだけ落としていたけれど、それでも何十という数の光球があるのだ。

 さすがに眩しく感じた私は、軽く手を振って、それら全てを消し去った。

 その後、前もって閉めていたカーテンを開け、もう一度椅子に座り直す。


「やっぱり、多い……よね……」


 自分の手のひらを見つめながら、ぽつりと呟いた。


 私は白髪だ。

 本来輝力を持つはずのない人間だ。

 それなのに、私には輝力がある。

 それも七属性全て、そして、その量も多い。


 量については、測ったことが無いので体感でしかないけれど……多分、普通の人よりずっと多いと思う。


「見せたら信じてはくれる……と、思うけど……」


 理解するのと、それを受け入れるということは、同じようで違う。

 そういう人がいると分かっていても、それを実際に自分の目で見たとしても、その存在を感情でも受け入れられるのかは、その人次第だ。


 そして私は未だ、受け入れてくれる(そういう)人に、出会ったことがない。


(……ずっと隠してるから、私のこれを見たことがある人は、ほんの数人だけど……)


 だから、この世界の全員が、そういう思いを持っている訳ではない……とは、分かっている。

 それでも、あの人たちは、皆──



 ──来るな、化け物……っ!



 よみがえった記憶に、咄嗟にきつく、目を閉じた。

 けれど、瞼の裏に鮮明に映し出される光景が、私を蝕んでいく。


「っ……!」


 それが苦しくて、胸の上で両手を固く握りしめた。


 カミルさんと、あの人たちは違う。

 そう分かってはいるけれど、この秘密を明かすと思った途端──過去の記憶がまとわりついて、私を苦しめるのだ。


「……カミルさん……」


 ぽつりと名が零れ落ちた。

 伝える。もう、そう決めたんだ。


 でも、もし彼が、同じように私に言うのだとしたら──?

 そんな不安は、簡単には消えてくれそうになかった。


「……はあ」


 深くため息をついた。

 きっとこのまま一人、部屋で考え続けても、いい案は思いつかない。

 というよりも、考えるところまでいけないだろう。


「……。……気分転換に行こう」


 ふるふると首を振った私は、沈んだ気持ちを晴らすために、ゆっくりと立ち上がった。




 簡単に身支度をして、アトリエを出、新緑の森の中を歩いていく。

 外は暑いけれど、森の中は、木陰になっていていくらか涼しい。

 そのひんやりとした気温と、草と土と夏の花の匂いを感じていると、沈んでいた気分も少しずつ良くなってきた。


「どこに行こうかな」


 図書館は……うーん、ちょっとなぁ。

 最近あの絵本のことで色々調べていて、ほぼ通いつめている感じになっているので、「気分転換」というにはなんだか違う。


(カフェ……の気分でも無いし)


 公園……市場……


(……あ、露店街。久しぶりに行ってみようかな)


 最近行っていなかったし、それにあそこは──

 思い立った私は、そうしよう、と足を踏み出した。



 そうして、ヴェルデの露店街。

 その真っ直ぐな一本道の始点に立った私は、遠くまで続く景色を眺めながら、つい何ヶ月前かのことを思い返していた。


(あの日は、まさかあんなことになるなんて思わずに、ここに来たんだったな)


 懐かしさに微笑しつつ、歩を進める。


 あの後も何度かここに来たけれど、その日によってお店の位置や種類の入れ替わりが激しいここは、全く同じ景色を見せることはほとんど無い。

 だけど、人々の笑い声や話し声に満ちる、この騒がしくも好ましい雰囲気は、あの日と何も変わらなかった。


(そうだ、確かこの辺りで、カミルさんと出会って──)


 初めて紡歌(つむぎうた)を見た私が、ただその美しさと神秘性に呆然としていると、いつの間にか、彼のあの翠の瞳が、私を見つめていたんだ。


「……『綺麗な色』」


 そう言って……そして、自分を責めていた私に、大丈夫だよと優しく微笑みかけて。


(……そういえば、あの日以来、カミルさんのあの()は見たことが無いな……)


 あの、全てを見通したような──その上で包み込んでくれているような……不思議な目。

 普段と何が違うのかと問われたら、上手く答えられないけれど、それでも、なぜかふとそう思って。



 自分で首を傾げていると──

 ──そんな私の耳に、思いもよらない言葉が飛び込んできた。



「なぁ、そういえばさ、どうなんだろうな、あのアリーレでの事件……というか、なんというか」

「あぁ、あれか。急にモンスターが凶暴化したって……」


 聞こえてきたのは、横を通りすがった人たちの話し声。

 それが耳に入った瞬間は、よくある噂話だと流そうとしたけれど──


(……え?)


 その意味を理解した瞬間、嫌な予感が戦慄のように走った。立ち止まった私は、慌てて振り返り、その人たちの姿を探す。


(アリーレって……!)


 そこは、まさか。


 人ごみをかき分けながら必死に視線を巡らし、来た道を戻る。

 焦りと驚きとに汗を滲ませて歩いていると、少しして、その人たちを見つけた。

 駆け寄り、慌てて呼び止める。


「あの! すみません!」

「おわっ!?」

「あ、ごめんなさい! 驚かせてしまって……!」


 勢いよく話しかけたため、驚かせてしまった。

 慌てて頭を下げていると、私が話しかけたのとは別の男性が、微笑んで首を振った。


「いえ、俺たちは大丈夫ですよ。……ほら!」

「あ、ああ! あの、そんな、謝らなくて大丈夫ッスよ。こっちの方こそ、大きな声を出して申し訳ないッス。顔を上げてください」

「本当にすみません……」


 快く許してくれた彼らに感謝しつつ、顔を上げた。

 そうしてよく見てみると、その人たちは、それぞれ槍と双剣を持っていた。

 どうやら、冒険者の二人組のようだ──


(──っ、冒険者)


 その姿に、ざわりと嫌な不安が膨らんでいく。そうとは知らない槍使いの男性が、笑って尋ねかけてきた。


「いえいえ。それで、俺たちに何かご用ですか?」


 その言葉にハッと我に返った私は、なるべく動揺を表に出さないようにとつとめながら、口を開く。


「先程、アリーレでモンスターが凶暴化したとお話しされていたのが、たまたま耳に入って。それで少し、気になってしまって……」

「ああ、そのことですか……。……すみません。俺たちも人づてに聞いたので、詳しいことは分からないんですが……それでも大丈夫ですか?」

「はい。それで構いません」


 間髪入れず答えた私に、二人は一度顔を見合わせて話し始めた。


「俺たち、普段は王都近辺にいるんですが、今回は護衛依頼でここまで来たんです」

「それで、色々町とか村とかを経由しながら来たんスけど……あれどこだったかな、ブラン?」

「そうだ、ブランの街道だったな。……別の護衛依頼をしていた冒険者から、アリーレの近辺で、いつもは見ないモンスターを見たとか、低ランクのはずのモンスターがやたら強かったとか、そういう話を聞いたんです」

「そうなんですね……」


 アリーレは、カミルさんが今行っているアルダの先にある街だ。

 そしてブランの街道は、王都からこのヴェルデに向かってくる場合、アリーレ・アルダ方面とこの街との分岐点になる。


 ということは……。

 そこまで考え、ぞくりと背筋に寒気がはしる。

 押し寄せる恐怖を表に出さないよう、必死に顔を作っていると、双剣使いの男性が困ったように眉を寄せた。


「んー……でも、あいつらも他から聞いた感じだったんスよね……。だから、本当のことなのかどうかって感じで」

「それ以外ではこの話を聞かなかったから、これ以上のことは俺たちにも分からなくて……申し訳ないです」


 ぺこりと頭を下げる二人に、ハッと慌てて首と両手を振った。


「お二人が謝るようなことは何もないですよ! むしろ、お話を聞かせていただけて良かったです。お忙しいところを引き止めてしまって、申し訳ありませんでした」


 そう言いながら、内心安堵の息を吐いた。ブランの冒険者の話が、実際にその目で見たものではなく他から聞いた話なら──少しは安心出来る。


「いえ。あの時、もっと詳しく聞いておけば良かったんですが……でも他に話を聞かないので、多分、噂話に尾ヒレがついたんだと思います」

「そうッスよ! 冒険者の間じゃあ、こういう噂はよくあるもんですから!」


 そう言って笑う二人は、私の様子に何かを察して、元気づけてくれているようで。

 そのことに慰められながら、二人に何度もお礼を言って、私はその場をあとにした。



 そうしてまた一人歩き出し、考える。


(アリーレとアルダは、少し距離があるけど……)


 でも、もし本当にそういう話があるのだとしたら、アルダには、少なくともこちらよりたくさんの情報が共有されていることだろう。


(それに、カミルさんはAランク冒険者なんだから)


 冒険者たちの頂点に立てる実力を持ち、さらには万能な色紡師(いろつむぎし)でもある。


「だから、きっと、大丈夫」


 そう言ってもこの嫌な予感が消えないのは、きっと、私がカミルさんを心配しているからだ。


 だから、これは悪い知らせなんかじゃない。そんな事実は無い。

 絶対に、カミルさんは大丈夫だから──



 それでも、時を増すごとに、不安はどんどんと膨らんで、止まらなくて。

 何かを考えるどころではなくなってしまった私は、絶えず内に起こるざわめきを、必死に抑え込んで過ごした。

 手が止まると、それに呑み込まれてしまいそうで……もう十分綺麗なのに、もう一回掃除をし直したり、訳もなく森の中を歩いてみたり。



 そうして、中々眠れない夜が明けた次の日──


 ──カミルさんが帰ってくることは、なかった。



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